第58話 せっかくだから美味ぇモン喰おうぜ


(以前来た時は気づかなかったけど、これ――枯れ木じゃねーな)


 休憩点にある小屋。そのすぐ近くに生えている大きな木を見ながらショークリアはそんなことを思った。

 葉が褐色だった為に枯れているのだと勝手に思っていたが、恐らくは褐色地の影響を受けているだけなのだろう。


 それどころか――


(……これ、アルカスって名前の前世の桜に近い木だったよな?

 この世界じゃ晩春に満開になって冬には葉っぱも散るって話だったけど、この木は今の時期でも元気なんだな)


 褐色地の色合いが、魔力源泉カラーパレットの影響なのだとすれば、むしろ潤沢に魔力を得て、木々が元気なのかもしれない。


 周囲を見渡すと、褐色ながら元気な草花が点在している。

 褐色地から距離の離れているこの休憩点においては、影響を受けているものといないものがあるようだ。

 影響が強かったのであれば、この辺りにも褐色の草木が生い茂っていただろう。


(桜……桜か。

 前世で見た奴やりてぇな……板にして調理に使う奴。

 ちょいと折れたら小屋に影響出そうな危ねぇ枝もあるし……団長にちと相談してみっか)

 

 それに、色のせいで分かりづらいが、面白い食材も採れるかもしれない。

 そう思ったら、楽しくなってきた。


「ねぇ、団長」

「ん? どうしたお嬢?」

「夕飯はわたしが作っていい?」

「期待していいんなら、欲しいモンを言ってくれ、何とかしてみるぜ?」


 笑いながら了承してくれたザハルに、ショークリアはいくつかの頼みごとをしてみるのだった。





「……手際がいいな……」


 ショークリア、マスカフォネ、カロマがテキパキと即席かまどの準備をしているのを見ながら、ボンボが思わずそう言った。


 正直言ってしまえば、お綺麗な騎士様と貴族の親子だと思って、侮っていたところがあったが、これを見せられれば、考えを修正せざるをえない。


「アタシも奥様も、一時期は何でも屋ショルディナーなどをしていましたから、野営も初めてではありません」

「じゃあ嬢ちゃんはどうなんだ?」


 言われてみんなの視線が集まってくるが、本人はいたってふつうに――


「え? わたしも初めてじゃないから」


 前世でやったことがある――というのもあるが、すでに一度、褐色地へとついてきている。その時に、多少は手伝ったのを覚えていただけだ。


「そうなのか?」


 ボンボが首を傾げながらザハルへと視線を向けると、ザハルも首肯してみせた。


「…………」


 そのことに驚きながらも、ボンボは再びショークリアへと視線を向ける。


「お嬢様、この石でよろしいですか?」

「うん。ありがとう」


 カロマが用意していたのは、上部が平らになっている岩だ。


「お嬢、お持ちしましたぜ」

「ありがとう。ツォーリオ」


 続けて、ツォーリオが近くで狩ってきたらしい褐色ウサギを持ってきた。血抜きは終わっているようだが――


「嬢ちゃん、それをどうするんだ?」

「ふふふ……それはね」


 笑いながら、ショークリアは包丁を取り出す。


「ふつうの貴族は、我が子の料理なんて口にする機会がないから、楽しみね」

「そもそも自ら料理する貴族というのも、ふつうはおりませんから」


 ニコニコしているマスカフォネに、カロマがツッコミを入れている。

 つまり――これから、ショークリアが料理をするのだろう。


「シュガール直伝ッ、ってね!」


 そう言って、平らな岩の上にウサギを置くと――かなりの速度で動き出す。


彩技アーツによる身体強化と、包丁の切れ味強化……ッ!? 料理に彩技を使うなんて聞いたコトねぇぞッ!?)


 ボンボはショークリアが始めたことに驚愕する。

 あっという間に肉を切り出したショークリアは、剥いだ毛皮を示してザハルに訊ねた。


「ザハル。毛皮は使う?」

「いや、特には必要ないんで、どっかに捨てとけばハラペコの魔獣が持ってくでしょ」

「はーい」


 ショークリアが返事をしてカロマを見ると、彼女は一つうなずいて毛皮を手に小屋の裏手へと向かっていった。


「本気で馴れてんだな」


 自分が呆れているのか驚いているのかも分からないまま、ボンボがうめく。


 そんなボンボに気にした様子無く、ショークリアは横長の平たい石を手に持って、石を積み上げて作った簡易かまどの元へ行くと、それをかまどの上に置いた。

 さらに平たい石の上に、ぐっしょり濡らした木の板を置く。 


 それを見ながら、ボンボが訊ねる。


「その板は?」

「アルカスの木の板。褐色地の影響なのか、葉っぱの色は褐色だったけど、小屋のそばの大きな木はアルカスだったから、ちょっと失敬して板にしてみたんだ」

「なんで濡れてんだ?」

「板にしたあとで、水に漬け込んでおいたの。

 小屋にあったバケツに、お母様に頼んで水の魔術を使ってもらって」


 偉いでしょ――とでも言わんばかりのショークリアだが、その行為の意味がまったく分からずボンボは首を傾げる。

 母親であるマスカフォネに視線を向けるが、彼女も分からなかったのか首を横に振った。


 その間にも、ショークリアはウサギの肉を切り分けていく。


 切り分けた肉に格子状の切り込みを入れていったあと、自分の鞄から塩らしきものと、何かの粉末を取り出して肉にまぶしてもみ込む。


 大きな褐色の葉っぱを板の上に敷き、その上に肉を並べていく。

 その肉は板の上に均等ではなく、小さな班を作るように置かれていた。


 それから、休憩点の小屋の中から小さなクロッシュのようなものを持ってくると、肉の班ごとにそれを被せていく。


「これでよし、と」


 かまどに火を付ける。


「ショコラ、肉の下に置いたあの葉は?」


 その様子を見ていたマスカフォネが訊ねると、ショークリアは何てこともなく答えた。 


「団長たちに採ってきてもらった柑橘類ニラダナムの一種で――確か、エノミルって木の葉っぱ」

「どこから持ってきたの?」

「小屋からすぐ北のところ。

 褐色地の入り口は確かに馬車でもう少し進んだところだけど、褐色地だけなら外側から覗ける場所が近くにあるから」


 褐色地は確かに様々な植物が生えた森だ。

 だが、色が全て褐色の為、どれも同じ植物に見えてしまうのが欠点のような場所だが――


「褐色地へ定期的に来てるザハルやツォーリオなら、要望通りの葉っぱを採ってきてくれそうだなと思って頼んでみたんだ」


 どうやら、ショークリアは人の使い方も心得ているようだ。


「板の上ではなく、葉っぱの上に乗せた理由はあるのかしら?」

柑橘類ニラダナムは葉っぱにもほんの少し香りがあるから。

 強すぎると困るけど、ほんの僅かだけなら、肉の味を変えずに臭みだけを消してくれるかな、て」

「そこまで考えていたのね……」


 感心したようなマスカフォネ。

 だが、感心していたのはボンボも同じだ。


 この少女は、下手な冒険者などよりも、知識を持っているように思える。しかも、知識だけの頭でっかちなどではなく、それを利用し応用できるようだ。


「おい、嬢ちゃん。かなりの煙と湯気が出てるみたいだが、いいのか?」

「うん。あの湯気と煙で、蓋の内側を熱してるから」

「湯気と煙で……熱する?」

「そうそう。湯気や煙からアルカスの木の香りもするでしょ?」


 言われて、ボンボが鼻に意識を向ける。

 クンクンと煙を嗅ぐと、確かに甘く華やかな香りを感じた。


「いやまて、香りは分かったが、煙なんかで料理ができるのか?」

「それはできてからのお楽しみ」


 そう言って屈託のない笑みを浮かべられると、ボンボも追求がしづらい。


 やがて、それぞれの仕事を終えてザハルやツォーリオ、カロマもかまどのところへと集まってきた。


「お、良い香りしてるでないの」

「みんなが集めてくれた材料のおかげかな」


 ザハルの言葉にショークリアがそう告げながら、かまどへと近づいた。


「んー……そろそろいいかな?」


 そして、濡れた布をクロッシュの上に乗せてそれを開く。


 瞬間――ボンボの視界の中に、どこにも咲いていないはずのアルカスの花が見えた気がした。

 仄かにピンクみがかった五枚の花弁の小さな花。春の終わりと夏の始まりを告げるその花の香りが確かにしたのだ。


 だが、僅かな時間のあと、その香りに混じって胃袋を刺激する火の通った肉の香りが立ち上る。


「うん。中にも火が通ってるみたい」


 ショークリアはひとつ頷くと、熱々の肉に包丁を走らせる。

 あっという間に一口ほどの大きさに切りわけると、長い木串を刺していく。


 一つの串に、肉片を三つから四つ刺したのをこちらへと見せながら、ショークリアは笑う。


「ショークリア特製! ウサギ肉のアルカス板焼き! 完成!」


 どうぞ――と串を手渡され、ボンボはそれを受け取る。

 手渡された串以外は、手早く皿に移し、簡易テーブルの上に置く。


「おかわりは各自で取ってね」


 それに全員がうなずいたところで、食の子女神への祈りを捧げる。


「ショコラ、これ……ほのかに赤みが残ってるようだけど?」


 やや不安げなマスカフォネに、ショークリアはしっかりと答えた。


「ミディアム・レアという焼き方です。見た目は生っぽいですが、火はちゃんと通してあるんで、安心して食べて。お母様」


 するとマスカフォネはそれで納得したのか、貴族らしからぬ大口をあけて串肉にかじり付く。それにならって、ボンボもかじり付いた。


「……あ」


 思わず小さな声が漏れる。

 噛みしめると同時に溢れる野ウサギの野味やみ。その肉汁から感じるのは、ウサギの旨味と晩春を思わせるほのかな花の香り。

 肉の臭みは一切なく、喉を通る直前に思い出したかのように柑橘類ニラダナムの風味があった。


 それはまるでウサギの味とともに、口の中で春と夏の季節が移り変わっていくかのようだ。


 キーチン領特有の減塩料理だからだろう。

 もみ込まれた塩と調味料も程良く、肉の味と柔らかな花の香りがしっかりと楽しめる。


 塩や調味料が強すぎてもダメだっただろうし、柑橘類ニラダナムの香りが強すぎてもダメだろう。


 アルカスの板の上で焼いたことで、その香りが肉に移っているのだ。

 ただ移っているだけでなく、柑橘類ニラダナムの葉の香りが仄かに移ることで肉の臭みを爽やかに消し去っている。


 火の通り具合もいい。

 ミディアム・レアと言っていたか――この部分から肉汁が滴り落ちてくる。香りのせいで上品なものを食べているような心地ではあるが、肉を噛みしめるごとに口の中で弾ける肉の旨味のおかげで、豪快に肉を頬張っているんだという気分になってくるから不思議だ。


 すべてを絶妙な具合で仕上げている。

 よもや子供ができる料理ではなく、しかも下町の料理屋で味わえる次元のものではない。


「これは……こんな野営で食べられる味ではありませんね……。

 中央で王族の方とご一緒させていただいた時の食事よりも……」


 王族が口にする料理よりも美味いかもしれない――と、カロマが呟いているのを聞いて驚愕する。


 だとしたら、この料理は――


「この味付けだけなら宮廷料理でも味わえるでしょうが……。

 でもこれは――この香りの付け方は……香りが美味しいと感じる料理は初めてです」

「ええ。私もそう思います。本当にショコラには驚かされるわ」


 マスカフォネまで太鼓判を押している。


(つまり、俺は下手な宮廷料理よりも美味いモンを喰ってるってコトか……?)


 ボンボが驚愕しているうちに、ザハル、ツォーリオ、カロマがおかわりしようとしているのが視界に入った。


(おいおい、こんな美味ぇもん……食い尽くさせるわけにはいかねぇなッ!)


 味わいながら食べている場合ではないのだと気が付いたボンボは、三人を追いかけるように、かぶりと手元の肉を頬張るのだった。

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