第19話 何か大事になってきてねぇか?(後)


 シュガールはワゴンの中段に入っていたトレイを、上に乗っているものごと取り出して、ワゴンの上段へと移動させる。


 それから、シュガールはトレイに乗っているクロッシュを取った。


 クロッシュの下から出てきたものに、全員が息を飲む。


「光り輝く……ダエルブ……?」

「そのようだが……」


 驚くマスカフォネとフォガードの前に、それが置かれる。

 一口サイズよりやや大きく切られたダエルブが乗っているのだが――それは、黄金色の光沢に包まれているのだ。


 中央に寝かされたダエルブに、そこへ寄りかかるように二つのダエルブが置かれている。

 寝かされたダエルブの上に、半分に切られたエニーブが乗せられており、寄りかかっているダエルブの足下には、先ほどの蜂蜜エニーブジャムと、蜂蜜マーマレードと思われるソースが、それぞれに掛けてあった。

 さらに、寄りかかっているダエルブの片方……その頂上に、トニムという前世でいうところのミントに似た葉っぱが乗せてある。


 それを全員分、テーブルに置いたところで、シュガールが告げる。


「これが、今回の試食会の本命です。

 お嬢考案の甘味料理、サヴァラン。是非とも味の感想を聞かせてくだせぇや。

 ああ、トニムの葉は飾り付けなんで、残してくれて構いません」


(……まぁ正確にはなんちゃってサヴァランなんだが……。

 まぁこの世界で本物もクソもねぇから、まあいいか……)


 大げさに紹介するシュガールに、ショークリアは胸中でツッコミをいれるが、口には出さない。


 シュガールの言葉を受けみんながすぐに食べ始めるかというと、そうでもなかった。

 ミローナを除く三人の従者は、まず最初に皿を軽く持ち上げたのだ。


「シュガールさん。これはすぐに倒れたりは?」

「今回はちと、エニーブが怪しいな。傾けると倒れちまうかもしれねぇ。

 運ぶときに崩れにくく見た目も良い盛りつけってやつを、今は考え中だ」


 モンドーアが三人を代表して訊ねる。

 それに対するシュガールの答えに三人はうなずいた。


「足下のジャムも見目は良いですが、傾けると流れてしまい、このままだと運ぶときに注意が必要そうですな」

「ソル爺。ソースを別に添えて、いざ食うって時に、運んだ従者に掛けさせるってのは現実的か?」

「微妙ですな……私たち三人であれば、教えて頂ければできそうですが……」

「客人が多い場合とかだと現実的とは言えないか」

「ええ」


 そんなやりとりを従者たちがやっている傍らで、マスカフォネとフォガードも、サヴァランを見ながらやりとりをしていた。


「甘味料理……か」

「ええ。ですが、先ほどの蜂蜜ジャムの味を考えると、中央で食べるものほど、甘くはないかと」

「そいつはありがたい話だ」

「ふふ。あなたは、中央の砂糖料理、得意ではありませんものね」

「ああ。あれはもう料理ではなく砂糖の暴力に思える――……」


 そこまで口にしてフォガードは何かに気づいたような顔をする。


「そうか、ショークリアにとって普段の食事が、塩花トルースの暴力に感じていたのかもしれないな」

「食の細い子――などと勝手に思っていましたけど、そのように感じながら食べていたのでは、食が細くもなりますね」


 どれだけの我慢をさせてたのだろう――二人は、そんなことを思う。

 だが、彼女は食事中笑っていたし、今も真剣にサヴァランを見つめている。


「……ザハルの計画、本格的に採用するべきか」


 そんな娘の横顔をみながら、フォガードは独りごちた。



 サヴァランに手をつけない大人たちを見ながら、ガノンナッシュとミローナはそわそわとしている。

 はやく食べたくて仕方がないのだが、大人たちが手をつけないのだから、自分たちが手をつけるわけにはいかないのだ。


 ショークリアが何か言ってくれればみんなも食べるだろうに、彼女も彼女でサヴァランを真剣な顔で眺めている。


(この黄金の光沢……エニーブの果実酒じゃねーな。

 何か別の酒で、シロップを作ったんだと思うが……)


 見てるだけではわからないので、そろそろ口に入れたいところだ。そう思ってショークリアが周囲を見渡してみると、みんな手をつけていない。


 その時、ショークリアとガノンナッシュの目が合った。


(ショコラッ、兄ははやくサヴァランを食べたいぞ……ッ!!)

(なんて熱い視線なんだアニキ……ッ! そんなに食べたいって思ってくれるのか……ッ!!)


 アイコンタクト。以心伝心。兄妹の絆。

 ――そんな大げさなものでもないが、ともあれ、二人の心は通じ合った。


「さて、みんなそろそろいただきましょう?

 食べずにずっと空気にさらし続けると、味が落ちちゃうものだし」


 実際、そこまですぐに落ちたりはしないだろうが、こうでも言わないとみんな動かない気がしたので、ショークリアは少し大げさに言ってみる。


「そうね。綺麗に輝いているから、もっと見ていたいけれど、ショコラがそう言うのならそうなのでしょうね。

 みんな、いただくとしましょう」


 マスカフォネが笑いながらうなずき、ナイフで切りフォークで口に運ぶ。

 それを皮切りに、みなも思い思いに口に運びはじめた。



 ショークリアはまずは何も掛かってない部分を切り出し、口に運ぶ。


 シロップを吸ったダエルブは柔らかく、噛みしめるとじわっと口の中にシロップを広げる。

 酒精は飛ばされているようだが、風味の中に仄かな苦みは残っている。だがそれに嫌味はない。

 昨日の試作品では、シロップの味に対してダエルブの塩気が強すぎたが、今回は塩気の少ないダエルブを使っている為、それもない。


(おお……やっぱ果実酒じゃねぇな……。

 ブランデー……いやウイスキーに近いモンか?

 さすがに酒はそこまで詳しくねぇからなぁ……)


 黄金の光沢に使われている酒を、ショークリアはわからない。

 前世も未成年だったのだ。母親に付き合わされて多少は口にしたり、料理に使うのに味見などをしたことがある程度で、本格的に味わったことはない。


(……いや、でもこれは……。

 ビールに近いのか? 確か、前世のお袋が時々飲んでた……バーレイワインに近いモンをシロップに使ったのかもしれねぇな)


 前世の酒とどこまで近いのかまでは分からないが、シロップに含まれる風味の中に、小麦ミルツに近いものを感じたのだ。


「……シュガール。これ、小麦ミルツ大麦ギィブルツのお酒を使ったの?」

「おう。さすがお嬢。分かるか」

「お酒のコトは詳しくないけど、何となくシロップからもそういう味がしたから」


 ショークリアの発言に、他の面々は驚愕する。


(え? ショコラ、何で分かるの……ッ!?)

食の子女神クォークル・トーンの舌でも持ってるのかしら?)

(我が娘の才能が怖いな……)


 驚いているみんなを余所に、ショークリアとシュガールは言葉を交わす。


白小麦エティフ・ミルツの――熟成小麦酒ミルツェールを使ってみたんだ。酒精の強いやつをな」


 その言葉に、ショークリアは合点がいった。


(なるほど。ウィートワインに近いモンを使ったのか)


 とはいえウィートワインそのものは前世で飲んだことがないので、ショークリアは味の比べようがないのだが。


「果実酒でシロップを作って果実のジャムを使うと、少し飽きやすい味になっちまった気がしてな。

 だから、風味がよくダエルブや果物の味を邪魔しない酒を探して色々試したらこれだってな。

 白の熟成小麦酒ミルツェールの独特の香気は果実感もあって、生の果実やジャムの香りと喧嘩せずにまとまってくれる。風味も悪くないだろ?」

「うんッ! あんな少ない情報でここまで作れるって、シュガールはやっぱりすごい料理人なのねッ!」


 掛けなしの賞賛をすると、なぜかシュガールは感極まった顔をする。


「俺は今……料理人として最高の充実感を得ている……ッ!!」

「どうしたの、急に?」


 こてり……と首を傾げるショークリアに答えたのは、モンドーアだ。


「どんな努力をし結果を出そうが『認められない』という呪縛から、お嬢様はシュガールを解き放ったのですよ」


 やっぱりよく分からずに首を傾げるが、モンドーアは柔らかな笑みを浮かべて、付け加える。


「お嬢様自身のご自覚がなくとも構いません。

 ただ、これまでシュガールがどう足掻いても手に入れるコトが出来なかったモノを、今この瞬間に手が届いたのだというコトだけは、理解していただければ、と」


 モンドーアの言葉には不思議な実感が籠もっている。

 きっと、彼もまた何らかのそういう経験をしたことがあるのだろう。


(よく分からねぇが、喜んでんのは確かか……。

 なら、変に水を差す必要はねぇよな)


 ショークリアはそう考えて――


「ええ。分かったわ」


 ――素直にうなずくのだった。




 そうして、和気藹々とみんながサヴァランを完食したタイミングで、シュガールが少し意地の悪い顔をした。


「さて……お嬢や坊ちゃん、ミロには悪いんだが……。

 大人限定でもう一品ありましてね」


 その言葉に、ガノンナッシュとミローナの表情が露骨に変わる。


 一方のショークリアは、なにが出てくるか――何となくだが予想できたので、さして驚かない。


「……ショコラは何で平然としてるの?」

「予想通りのモノが出てくるなら、確かに大人限定かなって」


 ガノンナッシュの言葉にショークリアはそう答える。

 それは、ある意味で本式のサヴァランに近いものだろう。


「味も試作段階なんで飾り付け何もしてないんで、見てくれは悪いんですがね」


 言いながら、シュガールは大人たちの前に一口サイズのサヴァランを置いていく。


「一応、お子様たちの分もあるにはあるぜ」


 気を利かせて用意してくれていたらしいシュガールは、ショークリアたちの前にも置いてくれた。

 こちらは、大人たちのモノよりもさらに半分くらいのサイズだった。


「これだけー?」

「おう。大人用だからな。

 真面目な話、これを子供に出すと、俺は大人に怒られる」

「うちの国だと十七歳にならないと口にしちゃダメだものね」

「お? お嬢はこれが何か分かったのか?」

「うん」


 うなずきながら、大人たちからのツッコミが来る前に口に運んだ。


(うおおお……酒の味がしっかりするな。

 前世で初めてウィスキーボンボンを食った時のコト思い出すぜ……)


 じわっと染み出してくるシロップの味は、甘いだけでなく強い苦みを持つ。

 それでいて喉の奥へと流れた時、カッと熱を伴う。そしてその熱はゆっくりと胃の中へと落ちていった。これはまさしくアルコールの熱だ。


 ショークリアが正しく酒を嗜めるようになった時に食べたらまた違う感想が出てくるかもしれないが、今の段階では、あまり好みではない味だった。


「なにこれ……」

「うーん……」


 当然、ガノンナッシュとミローナからも不評のようだ。

 だからこそ、大人向けと言われているのだが。


「なんと……」

「これは良い……」


 逆に反応が良かったのは、フォガードとソルティスだ。


「先ほどの風味だけの熟成小麦酒ミルツェールではなく、そのものの味が柔らかいダエルブから広がっていく……。

 シロップとしての甘みの後に残る強い熟成小麦酒ミルツェールの余韻が心地よいな……」

「ええ。熟成小麦酒ミルツェールのキレのよい苦みと、ダエルブの持つ仄かな塩気が、シロップの甘みと風味を高めていて、芳醇な味わいとなっておりますな……」


 酒好きにはたまらない味だったのだろう。


「これはこれで良いですが……食べるのでしたら食後ですね。

 お茶会で食べるのでしたら、やはり通常のモノの方が好みです」

「酒精を強く感じてしまいますからね。お酒が得意ではない方にはお出しできないかと。

 お客様に出す場合は、お酒の好みなどを知っていなければ難しそうです」


 マスカフォネとココアーナの評価は、悪くない――程度のもののようだ。

 お酒よりも甘いモノが好きな場合は、通常のものの方がウケが良いのかもしれない。


 ショークリアとシュガールは心のメモ帳に今の大人たちの様子を記した。


 それからちらり――と、ショークリアが横を見ると、ガノンナッシュとミローナがやや気分が悪そうにしている。


「誰か、お兄さまとミロにお水を。

 酒精にアテられてしまっているようなので、果実水よりもお水で」


 サロン内で控えていた従者の一人がうなずき、足早にサロンを出ていった。


「ショコラは平気なのか?」

「ええ。わたしは特に何とも」


 今世は酒に強い身体で生まれたのかもしれない。




 そうして、食べ終わった皿を従者たちと共にシュガールが片づけて退室していく。


 ガノンナッシュとミローナも水を飲み人心地ついたところで――


「ソルティス、ココアーナ、モンドーア。片づけは他の者に任せ、お前たちは戻って席についてほしい。

 このまま少し、真面目な相談をさせてくれないか?」


 フォガードがそう切り出してきた。

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