#37 ~ 情報交換

(さて……)


 押収された荷物を受け取り、警察署の入口をくぐったユキトは、深く息を吐いた。

 ぐるりと、周囲に視線を回す。

 ベンチに座り新聞紙を広げる男。足早に去っていくサラリーマン風の男。駐車した車の中で電話をしている二人組――。


(監視は四人、か)


 意外に少ない。

 少なくとも、容疑者と見られてはいないということだろうか。

 別に疑われていても関係ないが。


(これからどうするか)


 この日の空気は、意外なほど肌寒い。太陽は雲に隠れ、どこか薄暗くすらも感じていた。


「すまない、少しいいかな」


 警察署からストリートに出て、歩いて少し。

 唐突に、ユキトを呼び止める声があった。

 秋にしては分厚めのコートと、目元まで隠れそうな帽子を着こんだ、髭面の男だ。


「ユキト君だね? 少し話を聞きたいんだが」


「……あなたは?」


「失礼。自分はこういう者だ」


 懐から差し出された名刺。

 そこに書かれていたのは、ユキトの想像していない肩書だった。


「記者さん、ですか?」


 印字された社名はロックコリンズ新聞社。

 あのタイム・オン・ファイターズを刊行している新聞社だ。


「すみません。今は取材は――」


「まあ、そう言わずに。情報交換といかないか?」


「情報交換?」


 首を傾げるユキトに、彼はちらりと周囲に目線を走らせてから、そっと体を寄せて耳打ちした。


「今、帝都で起こっている事件について」


 ◆ ◇ ◆


 スヴェン・ローマイウス。

 手渡された名刺に書かれた名前をもう一度確認しつつ、カフェの一席に腰を下ろす。

 彼が案内したのは、恐らくチェーンストアなのだろう、古都でも見覚えがある大きなカフェだ。


「尾行は入ってこないよ。ありゃ警察サツじゃないねぇ」


 テーブルに置かれた灰皿を引き寄せ、紙巻煙草に火をつけながら、スヴェンと名乗った記者は小さく笑う。


「気づいてたんですね」


「元は報道部にいたんだ。そういうのには詳しい――昔取った杵柄というのかね。だから今でも、この帝都でのきな臭い話は大抵耳に入ってくる。……まあ、今じゃTOFの木っ端記事なんてやってるが」


 くゆる紫煙の向こう側で、男は目を細める。その沈黙は、過去の何かに向けられているように思えた――恐らくは、その杵柄に関する何かに。


「前置きはいい。話を聞かせてもらえますか」


 だが、そんなことはユキトには関係がない。踏み入るつもりもない。

 その言葉に、彼は小さく自嘲をこぼし、「そうだな」と煙草を灰皿に置いた。


「さっきも言ったが、こいつは情報交換だ。俺はアンタが欲しい情報を提供する。代わりに、アンタにも話を聞かせてもらいたい」


「……どんな話ですか?」


「アンタが巻き込まれた事件さ」


 懐からメモ帳を取り出した彼は、声を潜めつつテーブルに身を乗り出した。


「この事件、詳しい話はなかなか下りてこない。どうも相当な情報規制がかかってる」


「待ってください。俺はあなたから、事件に関する情報を聞かせてもらえると思ったんですが」


 ひょっとして自分が話す側なのかと眉根を寄せるユキトを、男は「まあ待て」と制止する。


「アンタ、帝都に来たばかりなんだろう? この街について、ロクに知りもしないんじゃないか」


「それは……まあ」


「その状況で、あんたは自分が巻き込まれた事件を、自分で何とかしたいと思ってる」


 思わず黙りこくるユキトに「だろうな」と男は笑う。


「武芸者ってのは、まあそういう人間が多い。特にアンタほど強ければ。濡れ衣を着せられたまま黙ってるなんて、やってらんないだろう」


 男の言葉は正鵠を射ているわけではない。

 たとえ濡れ衣を着せられたとして、それがただの事件なら、ユキトは気にもせずに通り過ぎることが出来た。他人が生きようが死のうが、本質的には他人ごとに過ぎない。

 だが、この事件。

 家族が――ジン・ライドウが関わっていると言われては。

 無視することなど、出来るはずもない。


「だが、情報ってのは、強ければ手に入るもんじゃない。このまま行ったって手詰まりだ」


 そこでだ、と、男は机を叩く。


「俺はこの街の表も裏も知ってる。この連続殺人事件に、アンタが巻き込まれたって嗅ぎ付けるぐらいのことは出来る」


 彼は机の上で握った手を開き、ユキトへと差し出した。


「どうだ? アンタ一人で事件を追うより、よっぽど利口だと思うが」


 ユキトは、その手を見つめて沈黙する。

 男の言葉は正しい。

 だがすぐ答えを出さなかった理由は――いつの間にか店の中に入り込んでいた、覚えのある気配。


「よう、ユキト。それとそこの記者さん」


 その巨体で、なんで気づかれなかったのか分からない。

 口元の傷を歪ませながら、男は笑う。


「その話、俺も混ぜてもらっていいか?」


 グラフィオスと名乗るA級ハンターが、そこに立っていた。

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