#12 ~ ギレウス・マリオン

 ギレウス・マリオン。

 そう名乗った男は、意外にというか、かなり若い。

 おそらく年齢はそう違わないだろう。意外というか、アイーゼさんから聞いてイメージしていた人物とは違っていた。


「へえ……埋葬ねぇ」


 あの剣をどうするんだと問われ、返した言葉に、彼――ギレウスは首を傾げた。


「帝国じゃそんな風習はないが……そいつはどうして?」


「たとえ紛い物でも、あの剣は戦ってくれた。だからかな」


「なるほどなぁ。オレはただ、記念品として持って帰るつもりなのかと思ったよ」


 それであんなシーツを持ってきたのかと言うと、「アンタと話をしてみたかったんだ」と彼は笑った。


「武器は己の半身、か。確かに、弔いのひとつでもしてやらないと不義理ってものか」


 そう言って彼は、テラスの手摺に背中を預けながら、夜空を仰ぐ。

 古都に比べれば、見える星の数は少ない。それは消えることのない帝都の輝きがそうさせるのだろう。

 ふと思う。日本では、死者の魂は星に例えられる。この異世界でも、人は死ねば星になるのだろうか?


「ところで、質問なんだが。やっぱりアンタって極東イーストエンドの出身なのか?」


 夜空から俺に視線を戻したギレウスは、唐突にそんなことを言った。


「オレの肌を見ても、あんまり驚いた顔もしていない。こうして話していてもな。極東イーストエンドならそれが普通なのかと思ってさ」


 極東諸国。

 大陸の東側、海を越えた先、小大陸に存在する諸国のことだ。

 海はもとより大型の魔物の領域であり、それゆえに小大陸は閉ざされた存在であった。だが紫銀航路の発見によって、大陸との流通が開かれたらしい。


 小大陸は極めて強力な魔獣が跋扈する危険な地域だ。それゆえに、紫銀航路の発見以降、少なからぬ住民が大陸へと移住していったという。

 現在では帝国によってその権利を認められ、大陸東側に極東特区を構え、独特な文化を形成しているらしい。

 ゆえに帝国で極東イーストエンドと言えば、その特区のことを指す。


「俺は極東人じゃないですよ。まあ、生まれはどうか知らないですけど、育ったのは帝国です」


 たぶん日本っぽい文化があるようなので、個人的にはとても気になっているのだが。


「へえ?」


「驚いた顔をしてないっていうのも、俺が教えている生徒に、同じ肌の子もいますから」


「生徒? アンタ教師なのか?」


 ギレウスに、ヴィスキネルの士官学院で剣などを教えていることを説明すると、彼は琥珀色の目を見開いた。


「ヴィスキネルつったら、今年の学徒予選で賞を総ナメしたっていうアレか」


「ええ。とても優秀な生徒たちです」


「士官学院に通うなんて生徒はどいつも優秀さ。その中でも飛びぬけたってのは、教える側が良かったってのはあると思うぜ。ぜひとも、うちのガキどもにも教えて欲しいもんだ」


 うちのガキども?

 俺が首を傾げると、ギレウスはにっと笑って親指を立てた。


「俺も同じだよ。帝都の士官学院でたまに教官をやってる。あいつら行儀はいいんだが、どうも根っこのところで他人を見下す癖があるからな。ぜひとも、一度叩きのめして欲しいんだが」


「……それは自分でやればいいんじゃ?」


「俺はほら、ちょっとな」


 苦笑するギレウスに、思わず顔を歪める。

 帝国は、実力主義だ。良くも悪くも。その気風を、俺は何度となく肌で感じてきた。

 肌の色が違ったところで、実力者ならば――と思うのだが、それほどまでにこの差別は根深いのだろう。


「だとしても、大会中は無理ですよ」


「だよなぁ」


 いわゆる敵に塩を送るということになる。さすがにそれはちょっとな。


「……ところで、その敬語やめてくれ」


「え?」


「俺はアンタの剣に感動した。正直ビビった。帝国にまだこんなやつがいたのかってな。だから、そんなアンタに敬語を使われるとこう、疲れる」


 肩を鳴らしながら、本当に疲れた顔をするギレウスに、思わず苦笑する。

 まあ確かに、年も近そうだし、敬語もおかしいか。

 分かった、と頷くと、バンッと俺の背を叩いて「よろしくな」と彼は笑う。

 意外に爽やかな笑顔というか、むしろ犬っぽい感じがして――ちょっと笑いそうになったのは秘密だ。


 そこからは、互いの立場がなんとなく近いこともあって会話が弾んだ。

 特に話題になるのは生徒たち、そして講師というモノについてだ。誰かに何かを教えるということの大変さは、やはり共通のものらしい。


 そして話はいつしか、彼と同じユグライル人の生徒、アイーゼに関するものになっていった。


「へえ。次期女男爵っていうやつか」


「ああ。彼女から聞いてる。なんでも、在住ユグライル人の希望なんだとか」


「オイオイ、勘弁してくれ。俺はただ、自分のためにやっただけだ。同族のためになんて考えたこともない」


 軽く笑っているが、恐らく本音だろうなと直感で理解して、俺は苦笑した。


「それでいいんじゃないか」


「ん?」


「自分のために生きて、自分の大切なもののために戦う。その背中に、時に他人が何かを想い、縋ったりもする。でもそれを背負う必要なんてない」


 他人のために、生き方を曲げる必要なんてない。

 どうやって生きるか、選ぶのは自分だ。その責任を背負うのも。


「人が背負えるものなんて、自分と、自分の大切なものぐらいさ。それ以上は定員オーバーってやつだよ」


「ははっ、確かに。……アンタ、お人好しだな」


 そうだろうか。言いたいことを言っているだけだが。

 俺が首を傾げると、プッと彼は噴き出して、そして笑った。


 その時。ぱたぱたと、会場から小走りに駆けてくる気配がひとつ。

 イリアさんかと思ったが、どうやら別人。黒い髪の女性で――


「え?」


「もう、お兄ちゃん! こんなところに居たの? わたし一人じゃ、どうしたらいいかって探して――あれっ?」


 目線が合う。

 艶やかな黒髪をした美しい女性と。


「……スミアさん?」


「ユ、ユキトさんっ?」


 意外なその再会に。

 ギレウスが、隣で「あ?」と首を傾げる。


 ……一体どう説明したものか、一瞬迷う。

 というか、彼女の言う「兄」はギレウスのことだったのか。

 ちょっと予想できなかった展開に戸惑っていると、またもう一つ、駆け寄ってくる気配に振り向いた。


「ユキトさん、お待たせしまし、た……?」


 小走りに近寄ってきたイリアさんが、俺と、そしてスミアさんの姿を見て、ぱちくりと目を瞬かせる。

 その目は一瞬、警戒のようなものを宿したが――。


「すごい、綺麗……」


 その言葉は、まさしく思わず漏れたというようだった。

 俺たちに聞こえたことを察したのだろう。ごめんなさい、と頭を下げながら、スミアさんの顔がより赤く染まる。

 まるで毒気を抜かれたかのように、一瞬ぽかんとしたイリアさんは、「ありがとうございます」と微笑んだ。


「あのっ、はじめまして! スミア・マリオンと申します」


「――ご丁寧にありがとうございます。こちらこそ、初めまして。イリア・オーランドと申します」


 ぎこちなく礼をしたスミアさんは、イリアさんの完璧とも言えるカーテシーに、ぱっと頬を染める。


「スミア様こそ、とてもお綺麗ですよ。思わず見惚れてしまいそうです」


「いえっ、私なんて……っ。あの、ドレスは兄が用意してくれて、それで」


 互いを褒め合う絶世の美少女の二人。

 もし絵画にしたらとんでもない額がつきそうだ、と眼福に感謝していると、ガシッと肩を掴まれた。


「ユキトくぅん……ウチの妹とどういう関係か、説明してくれるよなァ?」


「ハイモチロンデス」


 やましいところはありません。これマジで。

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