◆03 ~ 生徒たち

「よろしく頼むぜ、シグルド班長!」


 バンッ、と背中を叩かれ、しおりに目を通していたシグルドは思わずたたらを踏む。

 振り向くと、そこに立っていたのは少し小柄な少年。その背には、彼の身長以上に巨大な槍が背負われている。


 槍術部門、本戦出場者――リオ・ランペルツ。

 いかにもなヤンチャ坊主といった印象の少年だが、実戦における彼の槍術は、まさに『神業』といえる。

 元々、身長差を埋めるために槍を始めたのだそうだが、その器用さ、そして発想力には、驚かされることがあまりに多い。


「班長と言われてもな。お前が問題を起こさなければ、俺のやることなど無いんだが」


「おい、最初っから問題を起こすみたいに言うな」


「下手に他の学院の奴に喧嘩を売るような真似をするなよ? 前みたいにな」


 その言葉に、彼は渋面をつくる。

 前、というのは――去年、他校と行われた交流戦の話だ。

 その時点でも注目株だった彼もまた参加したのだが、そこで他校の生徒と、あわや喧嘩かということがあったのだ。


「あれはアイツらが悪ィんだよ」


「まあ……連中はウチのライバルみたいなものだしな」


 ここ数年。戦技大会、それも学徒戦に出場する学校は増え続けている。

 そもそも、教育機関の数が年々爆発的に増えているのだ。士官学校や大学だけでなく、幼年学校や初等教育院デミスクールといったものも一般的になりつつある。

 これは帝国の施策によるところだ。

 人々に広く教育を浸透させる――新時代を担う新たな若人たちのために。先帝、獅子皇帝陛下の名のもと下されたその勅は、今もなお生き続けているのだ。


 分母が大きくなったがゆえか、年々、学徒戦のレベルは上がり続けている。

 中でも、ヴィスキネル士官学院は本戦出場の常連。過去には本戦優勝を何度となく果たしている。そのライバルと言えるのが、帝都大学練兵科である。


「まあ、集団戦じゃ二年連続で本戦出場を逃してるからな、うちは」


「だからってバカにしていいってわけじゃねぇだろ」


「まあな」


 リオは愛校心が強い。というかこの男は、もともとそういう気質だ。母校をバカにされて黙っていられる気質たちでないことを、長い付き合いの中でシグルドはよく知っていた。


「だが怒りなら、本戦で見せてやればいい。俺たちの強さを」


「……おう」


 掛け値なしに、今回は優勝を狙える。個人戦も、集団戦もだ。

 あるいは全勝もあるかもしれない。


「それで、さっきからしおりと睨めっこして、何してんだ? どこでナンパに繰り出すとかか?」


「そんなわけあるか」


 シグルドはしおりの開いていたページをリオに見せた。


「先生の試合の日だ。どうやって観戦するか考えていた」


「観戦っても……チケットなんてないだろ?」


「コネで全員分のチケットは確保済みだ」


 マジかよ、とリオが目を見開いた。

 ユグノール侯爵家は、帝国でも指折りの名家。しかもシグルドは次期当主としてほぼ確定している。それぐらいワケのないことだった。

 もっとも、シグルドの話を聞いたせいで父が興味を持ってしまい、家族全員で観戦に来るそうだが。友人を親に紹介することが、対価といえば対価だった。


「興味深い話をしてるな、シグルド」


 そう言って声を掛けてきたのは、爽やかな笑みを浮かべた少年――学友のベイリー・グレンデマンだ。

 学徒集団戦、そのリーダーと言える少年である。

 その後ろには、クマのような巨体の男も連れている。

 ゴドル・ヴォルド。彼もまた、集団戦のメンバーだ。

 二人ともシグルドたちの先輩にあたる。戦技大会に出場するのは今年が最後――それゆえに彼らが大会に賭ける想いは、人一倍のものがある。


「もしかしてそれ、俺たちの分もあるのか?」


「ええ、勿論」


「マジか! ありがとうな、シグルド!」


 この笑顔に、どれほどの女子生徒がノックダウンされてきたのだろう。そう思えるほどの爽やかさに、シグルドは苦笑を浮かべた。

 ゴドルもまた、ぺこりとシグルドに頭を下げた。彼は温厚な男だが、口下手で、滅多に口を開くことはない。

 それに手を挙げて応えつつも、シグルドは、ユキトに目線を向けた。


 戦技大会の本戦といえば、まさしく魔窟。誰も彼もが、到底想像もつかないバケモノばかり。

 その魔窟で、彼がどんな剣を見せるのか――。


「気になるな」

「ああ」

「おう」


 ◆ ◇ ◆


「男子たちは盛り上がってるわねぇ」


 そう言って、豊満な胸を見せつけるように腕を組んだ少女――ミリー・アレンセンの言葉に、傍らに立つそばかすの少女が「……うん」と頷いた。

 その横を、するりと銀髪の少女がすり抜ける。


「ちょっとアイーゼ? どこ行くのよ」


 これから修学旅行にまつわる色々を、女子で買い出しに行こうと話していた矢先だ。

 男子たちの元に歩み寄るアイーゼを呼び止めたミリーに、彼女は振り向いて、いつもの無表情で告げた。


「先生の試合の観戦チケット、もう確保済み。もったいないから」


「ふーん、あっそ」


 その言葉にミリーは顔をしかめた。

 全員分を用意したシグルドと違って、自分だけの分を確保していたのか、と言わんばかりの顔だ。

 だがアイーゼがそれに頓着するはずもなく、そのまま歩み去った。


「相変わらず協調性がないんだから。ねぇ、アルネラ」


「……う、うん」


 桃色髪の少女――アルネラ・ディルモントは、内心で「ミリーも人のことは言えない」などと思いつつも、頷いた。

 二人はともに集団戦の出場者だ。つまるところ同じチームメイト。だが、かといって相性はよろしくない。

 キツめの性格をしているミリーと、自己主張の乏しいアルネラではさもあらんという話だ。


 ミリーは魔術士であるが、中近距離の間合いを埋めるために鞭を武器として扱う。その性格も相まって、その姿はいかにも女王様か何かだ。――要するに、アルネラのもっとも苦手とするタイプである。


「――ねぇ、トーリも買い出しに行くって! 一緒に行っていいよね!?」


「フェイ。貴女ねぇ……」


 いかにも元気溌剌とした桃色髪の少女の言葉に、ミリーが呆れたように頭を振る。

 アルネラもまた、その顔色を蒼くした。

 もっとも、フェイの顔に全く邪気はなさそうだが……。


 トーリ・スズミヤ。魔術特待生の少女。

 彼女とミリーが往年のライバルであることを、知らない人間などほぼいない。しかも往年のライバルと言っても、去年までミリーはトーリに一度として模擬戦で勝てたことがない。

 魔術士としては、トーリの方が圧倒的に上。

 だが鞭を使った戦術で、初めてミリーはトーリに勝利し、集団戦の席をもぎ取った。


 しかもミリーの家は高位貴族。平民のトーリの後塵を拝していたこと――そして今なお魔術では及ばないこと――に、わだかまりがないはずがない。


「……まあ、いいわ。ちょうどその顔を拝んであげたかったところだし」


 ふん、と顔を背け、ミリーはアイーゼを呼ぶ。

 ……どう考えても楽しくはなりそうもない買い物だと、ミリーは思った。

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