#10 ~ 交わる家族

「――行くぞオラァ!」


 少女の叫びと同時。

 俺は周囲に展開する魔力の気配に、ぎょっと目を剥いた。


 四方八方を超えて虚空に展開される、魔力で作られた砲台の気配。

 その数、百を超える。

 そのすべてが火を噴いて俺に殺到した。


「いや多すぎでは!?」


「余裕で避けながら文句言ってんじゃねぇぞゴラァ!」


 音と光が全てを舐め尽くす只中を、避け、斬り払い、回避しながら、思わず悪態が漏れる。


「オォラオラオラオラオラァ!」


「殺す気か!?」


「死ねやぁクソがぁ!」


 殺す気マンマンじゃねぇか!!


「最近ッ! シルトちゃんはッ! 口を開けばお前のことばっか!!」


「まさかの理由!?」


 思わぬ殺意に身震いしつつ、術式の気配を逃さず捉えることに全神経を集中する。気を抜けば被弾しそうだ。


 ――さて、何をしているのかというと。

 うんまぁ、説明するまでもない、修行中である。


 隠された魔術の気配を察知すること。

 これは今の俺にとって最大の課題。

 蝋燭を使った訓練については、一日で大体のコツを掴んだ。

 その答えは、既に俺の中にあったのだ。


 遠くにある術式を感知できず、近くの術式は感知できた。

 それはなぜか。


 答えは、気だ。

 纏う錬気に魔力が触れることで、発動を感知していたのだ。


 ――斬形、千夜。

 この技の根幹は、気の網を広げて気配を察知することにある。

 薄く広げるように、錬気の網を広げ、微細な魔力の動きを察知する。


「そこ――ッ」


 背後に出現した魔力の砲撃を、振り向きざまに切り裂く。

 次いで頭上に出現した砲撃をステップでかわす。


「しぶてェなクソが!!」


「だから殺す気ヤメテ!!」


 なんか曲撃ちとかホーミング弾とかが混じり始めてるんですけど!?


 練習場の端で「おー」と手を叩きながら見物しているアイーゼさんの姿が見えた。

 いや、呑気に見物してないで止めてくれないかなぁ!?



「死ぬかと思った」


 俺の言葉に、アイーゼさんは「そう?」と首を傾げる。


 小一時間続いた特訓は、ステーリアさんの「チッ」という舌打ちと共に終わり、俺たちは帰路についていた。

 既に夜の帳が降りていて、閑静な住宅街を街灯が優しく照らしている。


「割と余裕に見えた」


「……いや、まぁ、あれで手加減はしてくれたみたいだから」


 彼女はまだ、全ての底を見せてはいない気がする。

 世の中には、思いもよらぬ強者が存在する。彼女はその中でも、紛うことなき強者の一人だろう。剣と魔術という分野こそ違えど。


「アイーゼさんの完成度も、相当上がってたな」


 一定距離の術式設置であれば、もう実戦でも使えそうな完成度だった。

 だがアイーゼさんは、かぶりを振る。


「まだまだ。ステーリアさんには遠く及ばない」


「それは比べる対象が悪いんじゃないか」


 あの人はなんというか、バケモノじみている。

 魔術とは極めればあそこまで行くのかと、恐ろしささえ感じる。


「先生は、術式は習わないの?」


「うーん、そのうちかな」


 正直なところ、このまま進めば術式そのものが視えそうな感じがする。

 そうなれば恐らく、真似をすることも出来そうだ。

 ……いや、さすがにそれはマズいか?


「……先生も同じぐらいバケモノだと思う」


 はは、と笑う。バケモノ扱いは、ちょっと慣れてしまった。

 自分の強さがどの程度の位置か、最近はもう理解しつつある。その一方で、俺が想像もつかないような強者も、きっとこの世界にはいると思う。……たとえばじいさんのような。


(あの人は、いったいどこで何してるんだろうな)


 ワシを見つけ出してみろ。

 そう残して姿を消したじいさんは、未だ影もつかめない。まあ、ろくに探してもいないんだが……。


 正直、まだ足りない気がするのだ。

 自力で技を開発したりはしたが、それだけではまだ、じいさんの元には辿り着けないような気がする。


(武の道は一日して成らず、生涯を賭しても成らぬもの、か)


 アイーゼさんに目線を向ける。


 士官学院の教官を始めるとき、修行の時間を潰してまで人に教えるのはどうかと思いはしたが――存外、人に教える中で、自分もまた学びを得ている。


 武の道、という言葉。道とは修行だけを指すのではない。きっと、人生そのものを指すのだろう。

 人として生きる中で、培われるもの。それもまた、きっと剣に必要なものなのだろうと、最近は思えている。


 そんなことを思いながら夜道を歩いていると、ふと――

 呟くようなアイーゼさんの言葉が、聞こえた。


「……父様……?」


 えっ、と前方を見る。

 そこには、灯りに照らされて立つ、褐色の肌をした男性の姿があった。


「父様、なんで――」


「アイーゼ、すまなかった」


 アイーゼさんと同じ、褐色の肌を持つ男性は、彼女に向かって頭を下げた。


「……どういう?」


 突然の謝罪に、彼女は唖然として首をひねる。

 俺も全く同感だった。アイーゼさんから聞く限り、謝罪なんてするようには思えなかったが――だが現実として俺たちの目の前で、彼は頭を垂れていた。


(イリアさんが言ってたのはこれか……)


 動きがあるとは言っていたが、まさか直接乗り込んでくるとは。


「お前の気持ちを無視して、婚約を結んでしまった。私は、貴族と結婚すれば何不自由なく暮らせると思っただけなんだ」


「……何をいまさら」


 それはアイーゼさんにとって、確かに今さらな言葉だろう。

 彼女にとって、『家族を捨てる』ことを決断させてしまうほど、それは重かったのだ。


「私は、武芸大会に優勝して貴族になる。貴方達とは、それで終わり」


 その言葉は冷徹で、しかし、いつもの彼女と違っていた。

 言葉に乗せられた熱は、彼女の中の怒りの表れなのだろう。


「そんなことを言うな。私たちは家族じゃないか――!」


「…………」


 沈黙したアイーゼさんの表情を伺う。

 その顔は、怒りよりも、どこか悲しそうだった。


「頼む! フェニアも来ているんだ! 家族で話し合いをさせてくれ!」


 アイーゼさんが、俺に視線を向ける。

 縋るような、答えを求めるような視線。だけど――


「…………」


 俺は、何も言えなかった。

 家族とどう向き合うかは、アイーゼさんの決めるべきことだ。どんな道を選び、どんな風に生きるのかも。


 それに……俺には、分からない。

 家族というものが、どういうものなのか。

 どんな風に向き合ったらいいかなんて、知らない。


 アイーゼさんは俺の沈黙を受け取って、しばし俯くと、顔を上げた。


「わかった」


「おお、そうか……! 近くのホテルを取っているんだ! さあ行こう!」


 男性は喜色を浮かべ、アイーゼさんを連れ立って、背を向ける。

 ふと。アイーゼさんが振り返った。


 交錯する視線。俺は頷いた。

 それは、いざとなれば頼れという、俺なりの意思表示。

 彼女もまた頷いて、そして男性の背を追った。


 二人を見送って……ふと、俺は思った。


(あの人、最後まで俺を見なかったな)


 まるで存在そのものが目に入っていなかったようだった。

 しばし黙考し、俺は携帯端末フィジフォンを手に取った。


 ――次の日。アイーゼさんは訓練を休んだ。

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