295日目 類友(前編)
ログイン295日目
うるしださんは本当に『頻繁に』、っていうか毎日やって来た。そして毎日来てることを私が認識できてるってことはつまり、私が店頭に出ているときを狙って訪ねてきてるってことでもあり。
まあ、私が店先に出ているのは大体決まった時間であり、そう決めているというよりは自然そういう習慣が出来上がっているだけのことである。うるしださんのほうも同じで、自己都合でその時間帯に来てるって可能性も全然あるだろうね。
でも、私のことを憎からず思っているのは確かなようだ。だって毎回カウンターに近付いてきて、他愛もないことお喋りしてくんだもん。
そして私は私で、そんなふうに愛想よく懐いてくれる彼女のことを悪く思えるはずもなく。
ふふふ、まさかこの私に、カーストトップのモテ系ゆるふわ女子友達ができるとはね。
これは私自身がカーストトップぱーりーぴーぽーずの仲間入りを果たすときも、そう遠くないということなのでは? 近い内彼氏もできるのでは?
ただね、何ていうか、やっぱ彼女は日向の人間、正直
「スキル付きのお洋服作れるだなんて本当に凄いですー! いいなあ、私も一度でいいから、そういうの作ってみたいです」
「いいですね! 是非挑戦してみてください」
「でもお、この前も言った通り私もう【仕立屋】じゃなくってえ……」
「大丈夫です。スキル付き、つまりミラクリって、手作業いっぱいあってこそ付きやすいんで。もしかしたらジョブスキルがないっていう縛りプレーみたいな状態でこそ、成功しやすいんじゃないでしょうか」
「えっと……はい……」
みたいな。
「ブティックさんはクラン入らず、ずっとソロでやってるんですよね。なんか孤高ってかんじでかっこいいですー」
「いやいや、そんなかっこいいものじゃないです。ただ人見知りなだけです」
「えー、そうなんですかー? 意外ー。でもこういうゲームで一人で活動し続けるのって、寂しくなったりしません?」
「しません」
「えと……他の人達がクラン作って楽しくわいわいやってるの見ると、羨ましくなったりとかしますよね?」
「しません。私ゲームでまで他人に気を遣いたくないんですよね~。お友達の中には勿論クランやってる人もいるので、時々そっち方面の事情を耳にすることもあるんですけど、私としては聞いてるだけで胃が痛くなるっていうか。例えばリーダーと馬が合わなくって、指示厨だとか言われてクラン追い出されちゃったりだとか? あとクラン抜けた人と今も気まずい関係で、向こうめっちゃ避けてくる、とか? ……あ、なんかネガティブなこといっぱい喋っちゃってすみません。勿論クランに入る利点も沢山ありますよね。でも私みたいなコミュ障にはとことん合わないだろうな~。ひとり大好き! 今が滅茶苦茶幸せ! 天国! って、つくづく噛み締めてますよ~」
「………………あ……、はい」
みたいなみたいな。
……なんかこう、ふつっ、とね。ふつっと、会話が途切れるんですわ。
それも、社交辞令の挨拶とかじゃなくて、話の核心――――って言えるほど深い会話をしてるわけでもないけど――――に迫っているようなときに限って、変な空気になるんだよね。
……って、あれ? もしかしなくても、うるしださんが黙っちゃうのって、私が自分語りしてるとき……?
いや、いやいや、でもでもだって、私だって勝手に語って勝手に盛り上がってるわけじゃないんだからね! うるしださんが質問してきたりとか話の流れとかで、自分の気持ちとか意見伝えてるに過ぎないんだからね! 勘違いしないでよね!
……うん、この件をこれ以上考えるのは
それはそうとして、うるしださんについては他にも幾つか、気になる点がありまして。その一つ目が、毎回違う男の子を連れているということだ。
一度だけ、見覚えのある人を再び連れて来たかな? でもそれ以外は毎日全部違う男子である。
「どなたが本命なんですか?」って、正直聞きたい。聞きたいけど勿論黙ってるよ。
本人はそのことについて何とも思ってないようで、堂々としている。私が俗っぽい興味を抱いているだなんて、全然気付いてないみたい。
何なら「えー、何言ってるんですか、全員お友達ですよ~」なんて言われそう。
でもうるしださん、あなたがそう思ってても彼等はそう思ってなさそうですよ。大きなお世話だろうし、これも勿論言わないけどね。
それと、毎回『用事』を思い出して突然帰って行くという、これもうるしださんの不思議な点の一つである。
しかもその切っ掛けがね、いっつも店内にいる他のお客さんのようなんだ。そしてそれに反応するのはうるしださんだけじゃなく、お付きのパートナーってパターンもあるっていうね。
例えば、うるしださんが三回目お店にやって来たときのこと。
「あ、ホンモノビビアさんじゃないですか~。うっすうっす~。ビビアさーん、今日はこれ【修復】してほしいんですわ~」
陽気な調子で乱入してきたのはゾエ君だった。ゾエ君は私を認めると躊躇なく近付いてきて、以前私が作ってあげた靴や衣装をカウンター上に出現させた。
ふんふん、今日は修復依頼なのね。オッケー、今からちゃちゃっと作業しちゃうよ。
と、早速修復スキルを発動しようとしたのだが、「ひ……」という悲鳴に近い声が上がったもので、私は手を止めて顔を上げた。
見ると、うるしださんの彼氏候補Cさんが、目を剥いてゾエ君を凝視しているではないか。そして次の瞬間彼は、「きぃやあぁぁぁぁ」と乙女のような叫びを残して店を飛び出して行った。
「え、ちょ、ナオヤさん!? ……あ、すみません、ブティックさん、私用事を思い出したものでこれで!」
そうして、うるしださんもナオヤさんとやらを追いかけて店を去って行く。
因みに二人の背中を見送るゾエ君は、「ナオヤ……?」とその名前を呟いては頻りに首を傾げていたっけ。そしてふいに得心したようにぽんっと手を叩くと、一言。
「あ、『「やめる」って宣言しつつ絶対やめないタイプの構ってちゃん』」
……どゆこと?
え? え? なになに? ゾエ君、あの人と知り合いなの?
そう尋ねると、ゾエ君は口を噤んでしばし私を見つめる。そしてふと相好を崩したかと思えば、何やら訳知り顔でこう言うのだ。
「ふっ、我ながら完璧な仕事ぶりよ。推しの敵を滅し推しの障害を取り除き、その平穏な生活と純粋なる心そのものを守り抜く。そう、推しの記憶に一縷の陰も不安も残さぬほどに、鮮やかに、徹底的に。これが俺の美学、そして矜持」
……なんかよく分かんないけど、ナオヤさんとやらの顔面蒼白っぷりを見るに、あなたまたヤンチャしてるのね。
まったく、程々にしときなさいよー。いくらゲームったって、ゾエ君サイコパス成分盛り盛りなときあるから、迫られたら結構怖いこと自覚しなよね。
なんて一応忠告はしといたんだけど、案の定本人はどこ吹く風って態度だった。
それはそれとして次の日のこと。
うるしださんと私が喋っていると、またしても「ひっ」という悲鳴が。強張った顔の彼氏候補Aさんの視線の先を目で追うと、そこにあったのは名無し君の姿であった。
直後、Aさんは駆け出す。「ごめんなさいごめんなさい! まだ返済の目途は立っていないんですうううう!」という謎の言葉を残して。
そしてやはり用事を思い出したうるしださんが、彼を追って店を出て行く。忙しい人達だよほんと。
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