290日目 うるしだみるく(表編)

ログイン290日目


 ログイン後、本日も店頭に出て商品の補充作業などを行っていると、扉のベルの音と共に聞き覚えのある声が入ってきた。


「……あっ、ブティックさあん! 今日も会えるだなんて凄いラッキー、嬉しい~~」


 顔を上げると、そこにはオレンジヘアーの女の子の姿が。昨日カップルで来てた可愛いお客さんが、どうやら今日も買い物に訪れてくれたらしい。

 彼女は小さく手を振ると、遠慮がちにこちらへ近付いてきた。

 着ている上着は、昨日購入してくれた水色のアウターだ。うん、ほんわり華やかな彼女の雰囲気にやはりよく似合っている。


 それはいいんだけど……どうしたって私は、目線が彼女の斜め後ろ、同伴しているパートナーに向いてしまうのをとどめることができなかった。


 ……なんか、昨日と違う男の子連れてるんですけど。


 しかし彼女は、私が不思議な気持ちになっていることにも全く気付かず、屈託なく笑う。


「えへへ、ブティックさんから選んでもらったお洋服、早速着てみました。どうですか?」

「とてもよくお似合いで……」

「ですよね! ふふ、こっちにしてだいせいかーい。……なんだけど、実はもう片方の柄のアウターにもまだ未練があって。っていうかこのお店、他にも沢山可愛いものあるから、目移りが止まらなくって~。そんなわけでまた来ちゃいました」

「ありがとうございます。どうぞ、ゆっくり見てってください」

「はい! あ、私、[うるしだみるく]って言います。ブティックさんのショップよく使わせてもらってて、これからも頻繁に来ますので、よろしくお願いしますね」


 どもども~、と挨拶する私。でもそんなやり取りの間にも、ひたすら気になるのは後方腕組み姿勢の彼のほうである。

 ……あっれー、昨日一緒に来てた彼は彼ピッピ的な彼というわけではなかったということなのだろうか。でも、滅茶苦茶甘々デレデレな雰囲気だったんだよなー。


 或いはこっちの彼が彼氏的立ち位置ではないという可能性も? いやでもやっぱなんか、甘々な雰囲気あるよなあ。

 うるしださんに向けられた彼の瞳ったらもう、ハートマークみたく見えるもん。「可愛いなー俺の彼女可愛いなー」って目が喋ってるように見えるもん。


 ……まあね、私、言ってもそんな人を見る目があるわけじゃなし、気のせいだったって可能性も全然あるけどね。

 恋愛慣れしてない私のことだ、道行く男女がカップルなのか兄妹なのかなんて、案外判別付いてなかったりするのかもね。ふふ……。


 なんてことを考えつつ、私は再び作業台に向かった。どうってことはない、商品補充の仕事に戻ろうとしただけのことだ。

 しかし――――――。


「………………」


 ――――――なんかね、うるしださんの影が、そこから動かないのよね。

 そして視線を感じる。じーーーーっと、視られている感覚がある。えっと、会話ってあれで終わりじゃなかったんだろうか。

 あの社交辞令代表みたいなやり取りをさらに発展させるだなんて高等テク、私には一切備わってないから、終わりと思ってさっさと切っちゃったよ。

 あれは間違いだったの? コミュ充はあんなところからもっと高みを目指せるって言うの?


 などと冷や汗を掻いているところで、うるしださんは口火を切った。


「実は私も、前【仕立屋】だったんです」

「え、あ、そうだったんですか」


 妙な沈黙から解放された私は、顔を上げる。自分からは発言しない癖して人一倍無言を怖がるの、コミュ障あるあるだと思います。


「事情があって最近ゲームリセットすることになって、今回は【採集師】取ったんですけど……でも、こうやってブティックさんのお店見てると、今になってプチ後悔かも~。やっぱ可愛いお洋服作れるスキルって、良いですよね」

「確かに、きまくら。って職業とか選択肢によって自分が触れないコンテンツもいっぱい出てきますもんね。私も隣の芝が青く見えちゃってぐぎぎぎ、ってなることよくあります。持ってないジョブスキルとか、いいなーって羨ましくなっちゃいます」

「ですよね! って言ってもまあ、私は仕立屋だったときもブティックさんみたいな凄腕だったわけじゃあないので、こんなこと言うのも烏滸がましい話なんですけど」

「いえそんな……」


 気遣いのお世辞と謙遜は軽く流しつつ、私はこの女の子に、やっと少しの共感を見出す。


「ほんと尊敬です。ブティックさんみたいな凄腕の仕立屋さんがうちのクランにもいたらいいのになーって、いっつも思います」

「あ、でも、その点きまくら。って、ジョブスキルがなくてもリアルみたいに手間かけることで大体のことが実現できちゃうとこが、良いですよね。だから私も、持ってないスキルは現実と同じ工程で作ることによって代用してます」

「え? ……あ、そうなんですかあ? えっと、それってつまりどういう?」

「そうですね、例えば……」


 何か良い具体例がなかったかなーと、私は店内を見渡す。あ、これなんか良さそう。

 ふと思いついて私が取り上げたのは、以前ミラクリ検証の時に作った木製のポシェットだ。


「このアイテムとか、スキルを手作業で代用して作ったものの一つですね。これ、主な材料は木じゃないですか。だからどちらかというと【工芸家】の専門になるんですよね。私一応【工芸】スキルは持ってるんですけど、それだけだと細かいアレンジが利かない部分も色々あって。そういう作業をカバーするスキルも勿論あるんですけど、そこまで取得してたら結晶が幾つあっても足りないじゃないですか。だからいつも、足りないスキルは手作業で補ってるんです。これで言うと、ネジ留めとかコバ処理とか? あ、コバ処理系は後で図書館で入手できたんですけど、これ作ってるときは持ってなかったもので」


 話している内に、段々興が乗ってきたワタクシ。

 凄い! 私今、絶対話が通じないと思っていたリア充ゆるふわモテ系ガールとも楽しくお喋りできてるよ!

 やっぱコミュニケーションに大事なのは共通の話題なんだね!


「だからうるしださんも、職業違くても服作り、楽しめますよ!」

「……あ……っと、あ、ありがとうございます。えと、でも私リアル服作りの知識なんて持ってなくって。だからどちらかというと自分にできない分野はお友達に頼めればいいな、なんて」

「それがきまくら。って良ゲーで、ふんわり知識だけでも結構形になるんですよ~。実際私も木工のリアルスキルとか全然ないんですけど、まあこれとこれ組み合わせればくっつくだろうなーくらいの感覚でやっちゃってます。初期は布の染色とかもやってましたねー。とりあえず材料お鍋に入れて煮込めば何とかなるやろーみたいな。勿論それで【ゴミ】ができることもいっぱいあったんですけど、意外と何とかなるやつもあるんですよ。だから物作りたい欲が高まってきたときは、アナログ生産、めっちゃオススメですよ。色々試してみるのも実験みたいで楽しいです」

「そう、ですか」

「はい」


 うるしださんはきまくら。にそんな自由度の高いシステムが搭載されているとは知らなかったようで、びっくりした顔をしている。私はにっこり笑って頷いた。

 同じ服作りスキー仲間として、お役に立てたようで何よりだ。


 ぽかんとしていたうるしださんは目を泳がせて、何を言おうか迷っているようだった。しかし次に沈黙を破ったのはうるしださんではなく、彼女の後方から漏れた「あ」という呟きであった。

 見ると、後方腕組み系なうるしださんの同伴者が、一点を見つめて顔を青くしている。つられて彼の視線の先を目で追うと、――――――あれ? [ゆうへい]さん……?

 と、思いかけたものの、ネームタグを表示してみたらば[きょうへい]とあった。ああ、また・・別の人か……。


 以前お世話になったゆうへいさんのクラン【情報屋】は、メンバーのほぼ全員が同じ格好同じ外見のアバターを使っているっていう珍妙な集団なんだよね。

 分けているのは男女の違いくらいなものだから、こうやって同じアバターを見かけることがしょっちゅうあるんだ。でもってゆうへいさんかな?とネームタグを表示すれば、似たような違う名前が浮かんでるっていうね。


 それにしても、コスチューム規定がこれ以上なく厳しそうなあのクランの人がこういう服飾系のショップにいるっていうのは、何だか不思議である。あーでも、オフの日なんかはさすがにお洒落を楽しんだりもするのかね。

 なんてことをのんびり考えていた私だったが、ふとうるしださんの顔を見てぎょっとする。彼女は、真っ白な顔をしてきょうへいさんとやらを見つめていた。

 あんまりにも具合の悪そうな様子だったもので、私は心配になる。


「えっと、うるしださん? 大丈夫ですか?」

「……あっ、す、すみません。ちょっと用事を思い出してしまいました。今日のところはこれで失礼しますね。また来ます!」


 早口でそう言って、うるしださん達は店を飛び出して行ったのだった。



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