191日目 ふゆっこ(3)

 アンゼローラ、クリフェウス、テファーナ、と順繰りに旧友を訪ねるごとに、俯きがちだったマグダラの顔が少しずつ上向いてくる。その瞳から寂しげな色が綺麗さっぱり無くなったと言えば嘘になるけれど、そこには確かに、覚悟を宿した光が在った。


「皆それぞれ、新しい居場所を見つけて励んでおるのだな。昔のように、何をするにも一緒ということはもうない。旧き里はもうない。でも……会えばいつでも、私達の心は、あの場所に戻ることができるのだな……。皆、それを知っていたんだ……。知っていたから怖がらずに、……いや、たとえ怖さを感じたとしても、外へ、新しい世界へ、漕ぎ出すことができたのか……」


 旧友達の変わったところ、変わらないところを見るにつけ、マグダラも現実を受け入れる力が湧いてきたのだろう。さあ最後に、彼女をギルトアのもとに送り届けないとね。


 ――――――と、それはいいとして、ところで。

 私の横で発生している“イベント”がもう一つありまして。


 いやまあ、ゲーム上のものじゃないから『イベント』って言うのもどうかとは思うけど、とにかくもう一つ、変な事象が脇で発生してるんだよね。

 ご想像の通り、それはふゆっこさんに関するものだ。


 彼女は本当にただ付いて来ているだけで、マグダライベントの最中はすっかり気配を消している。

 はじめちょぴっとアドバイスしてくれたのを最後に、何かプレーイングについて口出ししてくることも全くない。

 私がテファーナ様の家を間違えて別の家に入れば一緒に間違えて入ってくるし、ついでにクエスト確認しとこーとギルドに寄れば、黙って待っててくれる。


 ちょっと失礼な例えだけど、何ていうか、ペットを連れて歩いているような感覚だ。二人で連れ立って歩いてるのは確かなのに、一人で行動してるのとまるで変わらないの。

 私この二、三時間の内で、「あれ……? この人ほんとに中身ある? もしかしてNPC?」って、何度思ったことだろう。

 でもそんな彼女も、存在感を放つ瞬間が時々あった。


 一回目は、レスティンのギルドでのこと。

 用事を済ませて、ロビーで待つふゆっこさんのもとに向かったのね。

 そしたら彼女、ふいに虚空を見つめてぱっと顔を輝かせたの。そして立ち上がって数歩あるいたのち、虚空と談笑し始めたのだ。

 薄々感じてはいたんだけど、この人色々大丈夫……? そう思う一方でもう一個、ふゆっこさんが急におかしくなりだした原因には心当たりがありまして。


 脳裏に過ぎるのは、先日の都遠征でのパーティ顔合わせの際、戸惑いを見せていたクー君の姿だ。

 そう、全ブロックしているプレイヤーは、自分の視界スクリーンには映らない。ということはふゆっこさんは今、私がブロックしている相手とお喋りに興じている可能性もワンチャン……?


 まあ正直、私としてはどちらにせよ複雑な感情を抱かざるを得ない。

 だって私がブロックしてるってことは、絶対碌な人間じゃないもん。となると当然、そんな人と仲良く談笑しているふゆっこさんも?って、若干警戒しちゃうよね。

 ただこれに関しては私、クー君に対して同じことやらかしてるんで、全く他人のこと言えた身じゃないんだけどね。頭の中では、『友達は選んだほうがいい』とのたまうクー君の真顔と、ヒャッハーなゾエクドの顔がぐるぐる回っている。


 しばらくしたら話は終わったのか、ふゆっこさんはすんといつものぼんやり顔に戻って、てこてこ私のもとにやって来た。

 その一件について彼女は何も言わなかったし、私も何も聞いていない。だから結局あれがどういうことだったのかは、未だによく分かっていない。

 けどその後同じようなことがもう一度、今度は【沈黙の都】へ向かう街道の途上で起きたのだ。


 ふと気付いたらそばにふゆっこさんの姿がなくなってて、見回したら離れた場所でまた、見えない誰かと談笑していたのだ。

 ギルドのときもそうだったけど、その顔は普段の曇りがちな表情が嘘みたいな、綺麗な笑みを浮かべてるんだ。私が魅せられたあの顔。


 でもその時に関しては私、気付いちゃった。

 あ! この人絶対私がブロックしてるプレイヤーと話してる!

 ……って。


 なぜかというと、虚空とお話するふゆっこさんのそばにもう一人、見覚えのある女の子が立っていたから。プラチナブロンドのロングウェーブヘアに、黒ずくめの【星影姉妹の衣装セット】――――――環奈さんだ。

 と、いうことは。彼女に身近な人間で私がブロックしているプレイヤーに一人、心当たりがなかっただろうか……?

 私がそのことに気付いて背筋を冷やしたのと、環奈さんの顔がちらとこちらを向くのは同時だった。彼女は私に気付いて会釈するように僅かに顔を傾けたけど、すぐにすっと目を逸らす。


 多分私に配慮してくれたんだと思う。

 何の配慮かって? それは勿論、ユカさんが私に気付かないようにするための配慮でしょうとも。

 即ち、ふゆっこさんがにこやかな笑顔を向けているあの虚空には、ユカさんが存在するに違いないということ。ふゆっこさああーーん、友達は選んだほうがいいですよおーーーー!


 なんて言えるはずもなく、すん顔で戻ってきたふゆっこさんを引き連れて旅は続く。

 そうしてテファーナの屋敷を訪ね終え、レンドルシュカの門までやって来た今この時。三度目のふゆっこさん笑顔イベントが発生したではないか……!


 私、言うて店舗ブロックならともかくとして、全ブロックしてるプレイヤーはそんなに多くもないんだけどな。

 大丈夫? このままこのイベントが繰り返されるようなら、そろそろブロック相手のネタが尽きそうだよ?


 などと妙な心配が頭を掠めたのも束の間のこと。

 ふわっと微笑んでててててっと歩いて行ったふゆっこさんの目線の先には、今回ちゃんと、視認できるプレイヤーの姿がそこにあった。しかも、私もよく見知った顔である。


「あれ? ヨシヲ?」

「ん? ああ、eeんとこの……、げ。ブティック」


 ふゆっこさんが嬉しそうに近付いていったのは、捩じれた角と長い白金髪を持つ残念美男子――――ヨシヲであった。

 彼はふゆっこさんを見て小首を傾げ、その後ろにいる私を見て顔を歪ませる。相変わらず礼儀のなってない奴である。


「ここにいるってことは……おまえまさか、またタコ狩りに……?」

「え? 違うけど。ああそうそう、君、交通事故には気を付けたまえよ。車は急には停まれないんだから」

「はあ? てめえ見てるとリンリンがマジで健気に思えてくるわ」


 それはこちらの台詞である。まるで会話が成立しないんだから。

 けどまあそれは兎も角として、ふゆっこさんと私の共通の知人らしき人間に出会えたのはよかった。あまり喜ばしい相手ではないとはいえ、これで少しは彼女の事情が分かるかもしれない。


 そんな私の心配の種ふゆっこさんはというと、まるで可愛い動物の癒し動画を観ているようなほっこり顔で、私達のやり取りを眺めている。

 もしかしたらふゆっこさんの目にはヨシヲがポメラニアンにでも見えるのかもしれない。そのモッド私も欲しいかも。


「あんたら知り合いだったのか」

「いや、それがそういうわけでもなくて……」

「野良パ?」

「えーっと」


 ふゆっこさんの手前何と説明したらよいかも分からず、私は当の彼女に視線を投げかける。ふゆっこさんはそれに応えて、ふわっと甘い笑みを浮かべた。


「帰り方が分からなくて迷っていたところを、ブティックさんに助けてもらってるんです。今日はササさん、ユカさん、そしてヨシヲさんに会えました。そろそろ私も、お家に帰れそうです」


 えっ、代わって説明してくれたのはいいとして、ますます意味が分からないんですけど。

 そして一番最初に出会っていた虚空の誰かさん、ササだったのか。色々衝撃の事実だよ。


 と、私が彼女の発言に目を白黒させていると、ヨシヲは何かを汲み取ったらしい。「あー。こいつ頭おかしんだわ」とすっぱり言った。

 ちょっとちょっとヨシヲー!? 奴のデリカシーの無さにばたばた慌てる私だったが、ふゆっこさんは何も気にしていないふうでくすくす笑っている。


「でも悪い奴じゃないから。少なくともこれの相方の二万倍はマシ」

「いやマシとか言われましても……」

「要は纏わり付かれてんだろ」

「えーっとえっとあのその」

「eeに連絡しとくわ。引き取りに来いって。あ、でもそういやあいつフレじゃねんだよな。……ま、談話室監視してるだろうし、何とかなるだろ」

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