187日目 沈黙の都(6)

 よかったー、ほんとにいた! ほんとにいたよ!

 と、一先ず安堵と共に喜ぶ私。

 ここまで念入りに準備してきたんだもん。これで見つかりませんでしたーじゃ、萎えるなんてもんじゃないからね。


 さて、巨大なタコ型幻獣クラーケンは管理塔に絡みつく。

 そして早速ご挨拶。周囲に勢いよく、大量のタコ墨を撒き散らかした。

 視界は真っ黒に塗り潰される。[盲目]の状態異常効果に侵されたようだ。


 でもご安心。タコと言えばタコ墨は定番攻撃だろうなあと思って、ちゃんと盲目回復薬の【目薬】、用意してきました。

 一応他のメンバーにも渡してあるし、うん、大丈夫そうだね。


 って、あら、うちのパーティはいいとして、余所の人達はこの洗礼に結構苦しんでるみたい。

 割と近くにいたおねーさん、私ブランドの服着てたこともあって、ついでにぽいっと目薬投げてあげた。

「え、あ、あざーす」と、お姉さんは戸惑いながらも綺麗なお辞儀。いいことした気分。

 しかし、なぜかクドウさんはその行動に苦言を呈す。


「ブティックさん、そーゆーのあんま、意味ないから」


 ええ、なんてこと言うんです! 思いやりは大事ですよクドウさん。

 勿論この場にいる全員分の目薬なんかはないけど、こーゆー小さな気遣いをみんなが心がけることにより、世界は平和になるのです。言うて気まぐれですけど。

 最後の私情は飲み込みつつ、彼に世界平和と社会貢献について説く私。


 あ、なんか冗談とはいえ今の私ユカさんみたい。ちょっとヤだなと思ったので、私はすんと黙る。

 クドウさんは目を泳がせつつ、「いや……まあ、いいけど……」ともごもご言った。


「それより早速作戦、実行するよ。準備はいい?」

「任せてください! いつでもいけます!」

「生きるも死ぬもブティックさん次第だ! 頼みましたよ! 行くぞ!」


 クドウさんの掛け声を合図に、私達は顔を引き締め隊形を整える。そして盲目効果で右往左往しているプレイヤー達を尻目に、クラーケン目がけ泳いでいった。

 さあここで、私の奥義が火を吹く時間がやってまいりました!


「【氷柱雲母つららきらら】!」


 四人の体を透明な結晶が覆い、消えていく。これで私達自身に感電ダメージや雷のフレンドリーファイアは通らない。

 因みにドールは特装アイテムに分類されるので、使い手に無効シールドが張られていれば同じくドールも守られるとのことだ。そっちの心配はいらないっぽいね。


「【八方美人オルサイズビューティ】」


 私達がクラーケンのすぐそばまで来たところで、クドウさんが八方美人をかけてくれた。パーティメンバー四人に、桃色の光の筋が絡みつく。

 これで以降、発動するスキルの対象範囲がさらに拡大されることになる。

 ふふふ、クラーケン君、きみはもう逃げられないってことよ。大人しくタコさんウインナーにおなりなさい。


 何でもスキルを打つタイミング、そして順番が肝とのことで、この点は特に口を酸っぱくしてご教授いただいている。

 エンジョイ勢な私は正直そこらへんの詳しい根拠だとかはよく分かってないんだけど、理解はできずとも暗記はできるのでね。とりあえず皆から教わった表面上の知識に則って打っていくよ。

 そうして私は次のスキルを発動する。


「【マグネティック・フィールド】!」


 私を中心に、黄色い光の筋が幾重もの輪っかとなって放たれた。光線はむわわわー……ん、と遠く広く水中を侵食していって、やがてノイズとなって消え去る。

 これでフィールド優勢属性は雷、威力はましまし、準備は整った。


 気配を察してか、前に出てヘイトを稼いでくれていたゾエ君が、クラーケンから距離を取る。氷柱雲母の効果があるから避ける必要もないんだけど、多分私の必殺技がいかなるものか、目に収めたいんだろう。

 振り返りざま、にっと笑った彼に頷きを返して、私はこの場のテンションのままに大きく息を吸った。


 その時だった。

 視界の端に、ひらりと飛来する黒いシルエットを捉える。それは白金色の長髪を振り乱しながら、勢いよくこちらへ突っ込んできているようだった。


「ぶ~~てぃ~~っく~~……! なぜ俺を……なぜ俺を誘わなかった~~~~っ……!」


 え……、ヨシヲ……!?


 クラーケンとスキルの発動に意識を集中する一方で、私の思考は確かにその乱入者が誰なのかを的確に突き止めていた。

 彼は何事かを恨めしげに喚き散らしながら、いつもの大鎌えものを振りかざす。


 気付いていた。けど――――――。


「――――――【レオニドブリッツ】!」


 ――――――車は急には、停まれない……!


 カッ、と頭上から稲妻が降り注ぐ。私はスキル習得の際に使ってるから知ってるけど、このエフェクト、めっちゃかっこいいんだよね~。

 他の三人が息を呑んで見守る中、稲妻は雷光迸る獅子の群れに形を変える。そして私達の周囲を円を描くように、猛烈な勢いで駆け抜けていった。


 バチバチと飛び散る火花の音はやがて遠のき、静かに揺蕩う青い世界が戻ってくる。周りを見回して、私は目を瞠った。

 すごーい! うようよ泳いでたクラゲやらイカやら沢山いた幻獣、纏めていなくなっちゃった!

 代わりにドロップ報酬を示すスカルのアイコンが、ふよふよとそこら中を漂っている。


 私からすればこういった幻獣達も雑魚なんてもんじゃないよ。っていうかそれはゾエ君達にしてもそうだと思う。

 実際深層に来てからは、襲い来る幻獣一体一体にかける時間が中層までのそれよりずっと長かった。クラーケン目がけて進行するのだって、クラーケンそのもののみならず、こういった幻獣達の襲撃に対処するのに油断できない状況だったのだ。

 それがまさか、私の放ったスキル一発で、こんなに綺麗すっきりお掃除できてしまうとは……!


 けど、感動の余韻に浸るのはまだ早い。肝心のクラーケンはさすがに一発ダウンということはなく、変わらず管理塔に絡みついてうねうねしている。

 問題は、どれだけダメージを与えられたかということ。私は【森羅知見チェック】持ちのクドウさんに視線を送った。

 森羅知見はざっくり言うと、「色んなことを知れる、見られる」っていうハイスキルであり、その中には対象の耐久ゲージを可視化できるという能力も含まれる。


 クドウさんは私と目が合うと、呆然とした顔で呟いた。


「ブティックさん……凄いよ。ゲージの十分の一くらい、削れてる」

「じゅうぶんのいち……十分の一、かあ~~……!」

「いやいやいや、ここ、残念がるところじゃないから。だって考えてみて。あのデカさだよ。で、ラッシュ限定で深層に出現する幻獣っていったら、他のフィールドでいうミュータントタイプと同じなんだ。一人とか、一つのパーティで対応できるものとしてそもそも設定されていないはず。普通は何十人、何百人のプレイヤーが協力して、やっとクリアできるような相手だよ。そんな強敵の耐久ゲージを、一発のスキルで1割も削ったんだ……!」

「属性ダメージを活用しにくい環境にしてる分耐久値は低めに設定されてるだろうけど、間違いなく快挙」


 クドウさんとクー君にそう諭されて、一時萎みかけた高揚感が再び膨らんでいく。

 そっか、確かに……確かにそうだよね……! これってつまり、クールタイム上がり次第今の手順で10回レオニドブリッツ打ってったら、私一人でもハントできるってことだもんね!

 勿論そんな都合よくいくわけないってことは分かるけど、理論上は私、百人力ってわけだ。


 要するにそれだけ、感電を恐れずに繰り出せる雷ダメージが、このフィールドにおいて刺さるということ。

 そして、と、いうことは――――――。


「――――――【ダイナモチャージ】」


 クラーケン一匹にのみ注意を集中すればよい今、私以上に最強のプレイヤーがいる、ということでもある。


 あとはもう、雷を纏ったゾエ君の独壇場であった。

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