175日目 手がかり(2)

 と、そんなふうに景色に見入っているところ、突然ぽんと肩を叩かれる。つい「わっ」と漫画みたいに叫んでしまった。

 振り返ると、いつの間にか背後に小柄な青年が立っていた。

 黒ずくめの騎士っぽい格好に、さらさらの金髪。クー君だ。


 しかし彼はやっと姿を現したはいいものの、紫色の瞳でじーっとこちらを見つめるばかりで、何も言わない。

 けど、何か言いたげではある。とっても。


 え? え?

 何だろう。私は今何を求められてるんだろう。


 そのときふっと、なぜか私の脳裏にきーちゃんの姿が過ぎった。

 別にアバターとか全然似てないんだけどね。それでもどこか姉弟として共通する何かを感じ取ったのかね。

 私の脳内に現れたきーちゃんは、新緑色の瞳の向こうに『(ʘ言ʘ#)』という顔文字を宿していて。そんなアーカイブきーちゃんを透かしてクー君を見たとき、私の目は彼の瞳もある表情を雄弁に物語っているのを確かに捉えた。

 言うなればそれは。


 (`・ω・´)


 みたいな。さらに分かりやすく日本語に訳すと。


「ドヤアァ」


 と、なります。


「あ、す、凄いねクー君、この拠点ホーム! こんな大きな空間をこんな作り込んでる人初めて見たよ! 私もスチームパンクめっちゃ好きだから興奮しちゃった! 表向きは静かな池の中に佇む小さな家なのに、地下にこんな工場があるっていうギミックも素敵! 機械が実際に動いてるのも凄いなあ。これみんな何か意味のあるメカなのかな。それとも飾り? 詳しくないからよく分かんないけど、何にせよ感激だよ~」


 ぜーはーぜーはー。

 彼の目力に謎のプレッシャーを感じてしまい、若干息切れ気味な私。いや、勿論この褒め言葉は本心ではあるんだけどね。

 ……ど、どう? ちらっとクー君の顔色を窺う。


 彼はうむ、と満足気に頷くと、近くにあったレバーやらスイッチやらを軒並み落としていった。音を立て揺れていた機械達は次々と静かになり、歯車も動きを止める。

 あ、これみんな私に見せるために無駄に動かしてくれてたんだね……。


 ……なんか、クー君ってこんなキャラだったんだね。

 意外と分かりやすい? っていうか、可愛い性格かも。

 ちょっとほのぼのするなあ。やっぱきーちゃんの弟なんだなあ。


 と、少し肩の力を緩めたところで、クー君は「ん」と何かの書類を突き出してくる。



【古代の設計図】を手に入れた!



「かすだけ」


 カスだけ?

 あ、「貸すだけ」、ね。はい。


 クー君から受け取ったアイテムを、私はまじまじと眺めてみる。

 年季の入った巻物スクロールだ。

 [使用]コマンドを実行すると、巻物はするすると紐解かれ、スクリーンにその内容が表示される。


 名前の通り、それは何か機械らしきものの設計図のようだった。羊皮紙と思しき黄ばんだ紙上に、図や文字が並んでいる。


 けど内容は全く理解できない。

 きまくら。ではよくアルファベットをもじった公用文字――――通称きまくら。語が使われてるんだけど、それとも違うみたい。普通のきまくら。文書なら大抵訳語もスクリーンに表示されるものなんだけど、それもない。


「【古代言語学】スキルが必要」

「そうなんだ。私じゃ読めないや。でもつまりこれって、ビニール素材に関係するもの?」


 期待を込めてそう問うと、クー君はこっくりと頷いた。


「【ビニルメイカー】……ビニール製造機の設計図」


 ええ!

『関係するもの』どころか、ジャストじゃん! ジャストで私が欲してるものじゃん!


 その後クー君に設計図を返すと、彼はそれを共有画面に表示し、説明してくれた。


「ここに材料も載ってる。【アースオイル】、【クラーケンの被膜】、【炎幻石】、【水幻石】、【氷幻石】……」

「へえ~。っていうかこれ、別に機械がなくても材料が揃えば手作りできるんじゃ? 製造機ってつまりあれだよね、作業工程をなるべく簡略化して、オートで生産するためのものだもんね。そんなに大量に要るわけじゃないから、このレシピがあれば私にも……」

「できると思う。ただしスキルが色々必要。【抽出】とか、【融解】とか、発明家のジョブスキル」

「うっ、それはきついな。じゃあいずれにせよやっぱり……」


 ちらっ。私はクー君に視線を送る。

 ち、力を貸してくれないかなあ、発明家君。ちらっちらっ。

 すると彼は意図を汲んでくれたようだ。


「作ってもいい」


 やたー!


「そもそも、ビニルメイカーは既に製作済み」


 言って何てことないように、設計図とよく似た大きなメカを出現させるクー君。神じゃない!

 じゃあじゃあ、あとはビニールの材料さえあればすぐにでも? 


「けど、それが問題」

「へ」


 クー君はスクロールの片隅、材料の一つを、とんとんと指で示した。


「【クラーケンの被膜】が、まだ見つかってない。きまくら。内のどこにも」

「あ、あ~~~~。なるほどね……?」


 ビニール素材未発見問題が解決したかと思ったら、今度はビニールの元素材未発見問題なんて壁にぶつかってしまった。こいつは困ったな。

 けど、最初の問題よりかは希望が持てそうなかんじがある。ビニール未発見問題のときはそもそもきまくら。に存在しない可能性さえあったけど、クラーケンの被膜のほうは少なくとも存在はしてるだろうから。

 レシピがあって、製造機があって、それでないってこたないでしょう。まあワンチャンまだ実装されてない説はあるけどね。


 そんなふうに考えたところで、さらにクー君の口から耳寄りな情報が。


「手がかりなら、ある」

「ほんと?」

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