146日目 天体観測(表編)

ログイン146日目


 ラーユさんに【マルモアレジスタンスの衣装セット】を作ってから、一週間ほど経った日のこと。今日も今日とてミシンを動かす私のもとに、トークで連絡が入った。



[Ra-yu]

こんばんは、ブティックさん!


[Ra-yu]

今丁度お店に来ていたところだったのですが、ブティックさんはホームにいらっしゃいますか?


[Ra-yu]

よければ少しお話しませんか?

天体観測について分かったことがあるんです



 そんなメッセージを受け、私はホームに彼女を招き入れることに。裏口からやって来たラーユさんは、私の作った衣装をしっかりと着こなしてくれていた。


「お邪魔しまーす。えへへ~、どうですかどうですか、ブティックさん! 自分で言うのも何ですけど、似合ってるでしょ~」


 言って、優雅に広がる袖や裾のタッセルをひらひら舞わせ、くるくる回るラーユさん。

 うんうん、すっごく似合ってる。赤と金を基調とした派手もド派手なコスチュームなわけだけど、すらりとしたアジアン美女なラーユさんは服に着られることなく、見事にそれを着こなしていた。


「あのタペストリーが、ブティックさんの手にかかればこんなドラマチックなドレスになっちゃうんですね! 勿論期待はしてたけど、実際完成してみれば期待を遥かに超えたものが出来上がってて、私ほんとにびっくりしました。しかも付いてるスキルとかもめちゃめちゃ有能で~……って、そう、今日はそのスキルについて、ご報告に上がったんでした!」


 彼女は客間のソファにてぴしりと姿勢を正す。

 ラーユさん、表情豊かで可愛いな~。素直だし、無邪気だし、こんなエキゾチックな衣装着て足元はピンヒールキメてるのに性格がこれっていうね、ギャップが素晴らしいよね。

 グッジョブだよ、私。


 とまあそれはそれとして、スキル【天体観測アストロロギア】だね。うん、気になってた。

 ラーユさんには、「興味があるので何か分かったら教えて~」って頼んでおいたんだ。


「このスキル、確かにハイスキルって言われて納得かもです。凄い便利なんです。言うなれば、“廉価版ソーダ”ってところでしょうか」

「『ソーダ』! へええ?」


 そうしてラーユさんは、この一週間で色々試してみて分かったことを教えてくれた。


 何でもこのスキル、使用すると視界スクリーンの端に星が煌めくアイコンが表示されるんだって。それはまさにソーダを飲んだときに現れるアイコンと酷似していて、けれどソーダアイコンよりは若干地味らしい。

 で、もしやソーダと関連のある能力なんじゃないか?と生産スキルを試してみたところ、なんと予想通りの効果が表れた。本来のラーユさんの職業レベルでは失敗してしまうような高ランクの素材を使った料理――――――それが成功したそうな。


 けど何度か試行を繰り返したところ、成功率は100%とはいかなかったようだ。そこが、『廉価版ソーダ』の『廉価版』たる所以なんだって。


 今のところのラーユさんの体感では、天体観測を使用しての上級生産成功率は80%前後といったところらしい。大体五、六回に一度は失敗しちゃう模様。

 だからソーダが「アイテム生産の成功率を確実にする・・・・・飲み物」なんだとしたら、天体観測は「アイテム生産の成功率を上げる・・・能力」ってところなんだろうね。


 因みにミラクリのほうの成功率はどうなんだろう? と、興味を持ったものの、生憎ラーユさんはそちらのほうは生業としておらず、試してもいないようで……。

 まあでもそりゃそうか。そっちのほうにまで手を伸ばして実験してたら、一週間やそこらじゃ足りないもんね。


「それにしても、なんで“天体観測”なんだろ」


 素朴な疑問を口にすると、ラーユさんは「見せてあげます!」と言って、私の目の前でスキルを披露してくれた。

 彼女がシステムパネルに指を躍らせ、コマンドを実行すると、私達のいる客間がひと時暗くなる。

 そして天井や壁に、無数の星の光と、それを繋ぐ星座線が現れた。さながらプラネタリウムだ。

 星の光はラーユさんのもとに集約していき、部屋は明るさを取り戻す。

 きれーい! なるほど、こういうスキルエフェクトで“天体観測”ってわけなんだね。


 ――――――……だとしても、なぜに天体観測がモチーフでこの効果……?


 結局私の疑問が解消されることはなかったけれど、得意顔のラーユさんを前にしてはこれ以上野暮なことを突っ込めなかった。

 ま、いっか。ゲームとかマンガの技って、割とそんなもんだよね。


「というわけでこのスキル、とっても重宝してます。ソーダなんて基本イベントでしか手に入らないですし、特に最近は譲ってくれる人も少なくなってきてて、いたとしても高額吹っ掛けられるし……あ、勿論ブティックさんは悪くないですけどね!?」


 ん? と、一瞬なぜに勝手にフォローされたのかが分からなかった私だが、すぐ思い当たる。

 そっかもしかして、以前きーちゃん素材の宣伝用に公開した大ミラクリ付与講座? あれでソーダの真なる価値が認められて、需要が幾らか高まってるのかも。

 私の体感としてはうちの客足が減ったかんじもないし、結局みんな自分でミラクリ製作することには興味ないのかなーって思ってた。けど今のラーユさんの口ぶりからすると、私の出した動画、ちょっとはきまくら。生産界隈に影響を及ぼしていたのだろうか。


 だとしたら嬉しいな。それってあの動画本来の目的たるきーちゃんショップの宣伝になるし、生産勢が盛り上がるっていうのは一ユーザーとしても心躍ることだし。


 けど確かにラーユさんの立場になってみると、ソーダが市場に出回らないのは困りものだね。もも金さんでは今のところソーダ注文し放題だし、値段もずっと変わらないしで、世間がそんなことになっているとは全然知らなかったよ。

 やっぱもも金さんてすっごく良心的なクランなんだな。ラーユさんのようなソーダ難民には悪いけど、感謝感謝。


「だからスキルでばんばんソーダもどきが使えるの、ありがたいです。それにもう一つのスキル【ヒートヘイズサーキュラー】も! この二つのお陰で、生産も遠征も、クエストがめっちゃ捗るようになりました~」


「それでですね」と言い置いて、ラーユさんは瞳を輝かせる。その表情の明るさといったら、今日一番と言って差し支えないものだった。


「そうやってギルドで依頼されてるクエストを次々とこなしていってたら……私、とあるキャラクターに実力を認められて、『腹心』なんて称号貰っちゃったんです! ブティックさん、私ついに、運命の“推し”に出会えたんですよ! それもこれもブティックさんのお陰です!」


 え~~~~! そうなの~!?

 それは何ともめでたいことだと、私も一緒になって感激する。

 なるほどな。道理で今日のラーユさん、一段とテンションが高いわけだ。スキルについての報告でわざわざ会いに来てくれたのも、きっとそういった興奮があったからなんだろう。


 それでそれで? どんな子なの?

 身を乗り出して尋ねると、ラーユさんはスクショを共有して見せると言ってくれた。システムパネルを操作する彼女のふやけた顔といったら、さながら友達に彼氏のことで惚気る女子のようである。


「この方です。とっても綺麗な子でしょう?」


 送られてきた写真は、私が全く知らないキャラクターのものだった。

 でも確かに、とても美しい女の子だ。且つ個性的でもある。

 銀の髪に銀の瞳、白い肌。色素の薄さが儚げな印象を持たせる反面、その眼光は鋭く意志の強さがぎらついている。

 黒を基調とした衣装はジャケットにコルセットスカートと、かっちり禁欲的で厳格なイメージ。

 そして体に隠れて見えにくくはあるのだけれど、後ろで組んだ両手首に付いたこの金具って――――――……えっと、手錠?


「そうなんですよねえ。私も最初はびっくりしましたし、心配になりました。でも話を聞くと、何でも想い人に送られたもので、アクセサリーみたいなものなんですって。変わってますよね」


 えっと……変わってるどころか、それって大分ヤバめな人に聞こえるんだけど……。

 でもまあ、ゲームのキャラクターだしなあ。そういう尖ってるタイプがいるのも、そういうタイプが好きな人がいるのもおかしなことではない。

 ことラーユさんにおいては選択肢がないわけだし。


 そんな個性的な女の子の名前は、“ツェツィーリア”というらしい。ダナマで会えるとのことだから、私が知らないのも無理はなかった。


 そう、ダナマ。きまくら。ワールドに存在する三つの国の内の一つ、私が訪れたことのない最後の国。

 そろそろ行きたいなって、思ってたところだったんだよね。


 何にせよラーユさんが幸せそうなのはよかった。自分の作った衣装が多方面で活躍していることが嬉しくて、彼女の笑顔を見ていると自然私の顔も綻ぶのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る