111日目 銀河坑道(6)

 異変は背後から生じた。キング幻獣モグマ様がいつの間にか椅子から立ち上がっており、ぷんすかと煙のようなアイコンを頭上に立ち上らせている。


 ええっ、敵対モードになっちゃってる! おまけにモグマ様の体は赤く発光しており、[状態異常:発狂]にかかっているようだ。

 こうなるとモグマキングは[力]が強化されると共に、攻撃対象が無差別となる。

 当然、近くにいる私達パーティが一番危ない。けど、ディルカちゃんが身動き取れないからここを離れることができない……!


 パーティの子達に急いで指示をだし、私も必死に応戦するんだけど、敵対モードに入ったキング幻獣は最早ボス級なんだよね。

 銀河坑道ここで普通の敵対モブにすら苦戦していた私がまともに張り合えるわけもなく、戦況は非常に不利である。


「ひゃははっ、さーあ見せてくれよおまえの本当のジツリョクってやつをさ。しかとカメラに収めて、あの裏切り者どもに自慢してやらあ」


 ヨシヲは後方に陣取って、こちらに指で作った四角形を向けている。すっかり観客気分らしい。

 うわむかつくー!


 さすがの私も、これは腹に据えかねた。即行ブロックしてやりたいところだけど、今はモグマの相手をするのに精一杯で設定をいじる余裕はない。


 いやでも、幾ら足掻いたところでこの窮地を抜け出せないのは、もう確定なんだよね。だったら寧ろ、これ以上あのガキんちょに私の醜態を記録させるよか、潔く無抵抗に散ってくほうがよいまである。

 撮れ高与えて堪るかってところ。よって私はコマンド操作する手と喉から力を抜き、目を閉じた――――――瞬間。


「【メリー・ゴー・ラウンド】」


 どこからか、声が響いた。私のものでもヨシヲのものでも、勿論モグマのものでもない、ケロケロ気味な女声である。

 直後、今度は音楽が流れる。ちょっとノスタルジックで可愛らしい、オルゴールメロディだ。


 何かと思って目を開けたけれど、状況に変化は見られない。モグマは相変わらず暴れていて、きょろきょろと辺りを見回しているヨシヲも相変わらずそこにいる。

 ……いや、待って。やっと凍傷状態の解けたディルカちゃんが、かと思えばいつの間にか眠り込んでいる!?

 それと、モグマから入るダメージがさっきよか大分少ない。半減してると言ってもいいくらいじゃなかろうか。

 どういうことかと思案してる間に、突然、ヨシヲを炎のエフェクトが襲った。


「な……っ!」


 困惑する私とヨシヲの前に、それは姿を現した。大いに既視感のある存在だったけれど、それは明らか、人ではなかった。


 鈍く光を反射する、赤銅色の金属の肌。

 目や鼻、口といったパーツの存在しない、のっぺりとした何もない顔。

 膝や指から露出している、球体の関節。

 とはいえ豊かなハニーブロンドや丸みを帯びたしなやかな体躯は、確かに人間の女性を象っている。顔がなくても、体が金属でも、それは私の目にとても“美人”に映った。


 そして何を措いても注目せざるを得ないのが、彼女の着ている服である。


 見覚えのあるカーキ色。

 ゴーグルの付いたシルクハット。

 クリノリンに、コグマベルト。


 【スチームレディの衣装セット】。


 数日前に完成させたあの衣装は、まだ一般販売を開始していない。ということは。

 あの衣装を着ている彼女は、誰の、何なのか。答えはもう、明白だった。


「クー君の、機械人形……?」


 彼女のターゲットはヨシヲ、ただ一人に絞られているようだ。肩に提げたロケットランチャーのような小型砲を巧みに使いつつ、彼女はヨシヲに猛攻を繰り出す。

 ……いや、砲から発射される煙は目晦ましっぽい?

 実際にダメージを与えているのは、時折彼女が投げ付ける薬品のほうみたい。爆薬のようで、何かに接触すると炎が弾ける仕組みらしい。


 ヨシヲも応戦しているが、突然の襲撃者に戸惑いを隠せず、やや押され気味だ。彼は私と機械人形スチームレディを頻りに見比べては、苦々しげに、且つ驚愕混じりに吐き捨てる。


「なんだ、こいつ……!? おまえにまさかこんな隠し兵器が……!? 馬鹿な……! っていうか、これはまるで、」


 ――――――のりきゅう……。


 そんな呟きを最後に、ヨシヲは部屋の外へ追いやられていった。

 追撃するスチームレディも、扉の向こうへ駆けて行く。けれど最後にもう一度入り口からこっちを覗き見て、ケロケロと捨て台詞。


「【メリー・ゴー・ラウンド】」


 再びあの懐かしい音楽が始まり、周囲を可愛らしい羊達が回る。さっきは目を瞑ってたから見てなかったけど、なるほどこういうエフェクトだったのか。


 ……って、あれ、なんか急に視界がぼやけだした!? あ、私自身[眠り]状態に陥っちゃったのか!

 これじゃ何もできないし、周りの状況も分からない。ある程度時間が経つか、ダメージを受けることによって解除されるはずだけど……うーんヨシヲのほうはあの娘が何とかしてくれるとしても、モグマのほうが心配。

 大分攻撃力は衰えていたものの、それでも私達にとってそこそこ強敵であるのは変わらない。これはやっぱりゲームオーバーかなあ。


 などと思っていたら、ふいに視界が元通りになった。

 へたり込んでいた私の目の前では、ぐっすり眠るディルカちゃんにミコト君にコナーに、そしてモグマ……。え、全員寝ちゃったんだ。


 メリゴって確か、周囲を心属性に変換&確率で眠り状態にする、みたいなスキル内容だったよね。

 さっきはディルカちゃんだけにしか眠り効果なかったくらいだから、『確率』ってあんま高くないイメージだったけど、今回はこの場にいた全員に効いちゃったんだ。偶然、なのかな?


 よく分からないが、モグマまで寝ちゃってるのはほんとのほんとにラッキー。

 だってボスとかキングみたいな強い相手には、こういう状態異常って得てして効きにくいはずなんだよね。[無効]の性質持ってる奴も結構いるっぽいし。

 けど何はともあれ、助かったー。


 ほう、と安堵の吐息を漏らす私の体を、影が覆う。背後に、人の気配。


「やめるのか」


 簡潔ではっきりとした、男の声。

 振り返るとそこに、小柄な青年が立っていた。黒いマントに黒いロングブーツの、物語に出てくる騎士みたいな格好の子だ。

 そして彼の横には、モグマと同じくらい大きなでっぷりサイズのメカと、逆に彼の膝くらいまでしか背丈がない小さなオモチャみたいなメカが並んでいる。


「……えっと、やめるって?」

「きまくら。、やめるのか」


 うーん、これが今時の子のコミュニケーションなのかしら。

 付いて行けないのは、私が歳を取ったってこと? ヤダなあ。

 けど、この子が質問に対する回答のそれ以上もそれ以下も求めていないことくらいは、私にも分かった。この子が誰なのかということも分かっているから、尚更ね。

 だから私ははっきりと、首を横に振る。


「やめないよ」


 彼は「そうか」と言って、小さく頷いた。そしてマントを翻し、一人と二体は去って行く。

 私はその背中に言葉を投げた。


「クー君! ありがとうね!」

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