67日目 価値(2)
最低価格でも今までの250万を大きく上回る350万で、最高価格なんて850万……!? 3倍以上の値段とか、インフレやば過ぎィ!
しかもどのアイテムの価格提案にも『~キマ
最低価格と最高価格に500万もの差が付いていることも、よく分からない。
フルブルーム・ドレスの[持久+1400]は一見凄そうに感じるけど、消費型エネルギーであるこの値は、他の[力]だとか[集中]だとかのステータスと比べて元々の数字も大きい。
だから今回送った作品達は“ソーダ+小ミラクリ+スキル付き”という点においては、どれも内容は同じはずなんだけど……。
うーん、困った。ほんとにこの意見を当てにしていいものだろうか。それにもも君がこういった評価を下した理由が不明な以上、今後の参考にもならないよ……。
そんなわけで、私は彼に疑問を記したメッセージを返した。すると一分と経たずに、今度は断続的な着信メロディが響く。
軽快なポップサウンドに設定しているこの合図は、音声トークを求められていることを示すものだった。
ゲーム内ですら顔を見たことのない人物と声で会話をするのは、当然緊張するけれど――――――私は思いきって、通話ボタンに手を触れた。彼がこのタイミングでメッセージのやり取りではなくボイスチャットを求めてきた意味は、分からなくもないのだ。
「どうも」
耳元で、やや幼くも感じる青年の声が響く。
「突然すみませんね、ボイチャで。ちょっと説明がややこしいんで、こっちのほうが手っ取り早いかと思って」
「あ、はい。ですよね。こちらこそすみません、色々聞いちゃって。この価格、俄かには信じられなかったもので」
「そうですか。では改めて確認も込めて、査定した金額を読み上げますね」
言ってもも君は、先のメッセージと
……うん、やっぱりとってもビジネスライクで無駄がない、イメージ通りのもも太郎氏である。
ついでに言うと、声も結構私の勝手な想像に近いものがある。ほんとのところどうなのかは分からないけど、何となく年下っぽいなあって思ってたんだよね。
ぶっちゃけ、会話から読み取れる知識量と頭の回転の速さの割に、喋り方に隙があるなあ、なんて。有り体に言うとすれば、敬語と社会人的気遣いに欠けたところが若干ちらつくのよね、彼。
無論私はこの子のそういう勿体ぶらないところを高く評価しているし、これは遊びの場なのだから、それを否定するつもりはない。
さらに言うとすれば、私より上の大人だったとしても言葉遣いと気遣いがちゃんとしていない人は沢山いる。私自身も含めてね。
大人って案外と大人じゃないから。
なのに彼の言動がどことなく引っかかるのは、ここが遊びの場だからこそ、なんだと思う。
普通はさ、ゲームに社会におけるアレコレなんて持ち込みたくないものなのよ。オトナであれば尚更ね。
寧ろそういったしがらみから束の間逃れるための娯楽場なんだから。現実逃避の世界なわけ、ここは。
もっとも、そうは知りつつどうしても普段の社畜癖やら何やらが板に付いてしまい、こんな場所でもそれが話し方や態度に出る人はいるだろう。
けどもも君の完璧でない言動は、彼がその手の人間ではないことを示している。
導きだされる結論。多分彼、背伸びしてるんだろうなあ、って。
いや何ていうかね、平凡な人が平凡な話をする分には別に後ろにいる人の年齢なんて気にしないんだろうけど、彼、話の内容がやたら頭いいからさ。逆にそれ以外のところで隙があるのが目立っちゃって、ちぐはぐ感というか、違和感あるんだろうね。
そこにむず痒さのような、微笑ましさのようなものを感じてしまうというか。
「……さん……、ブティックさん?」
「あ、はい」
「以上の内容が僕の提示した価格です。大丈夫ですか? 聞いてました?」
「はい、大丈夫です」
後半聞いてませんでしたけど、多分大丈夫だと思います。
自信満々に頷きつつも、実は適当。実は何とかなるだろ理論。
当然先に述べたもも太郎氏に対する考察も、私の適当な想像です。
大事なことなのでもう一度言いますね。大人って案外大人じゃないんですよ、皆さん。
そんな私の偏見に塗れた思考は露知らず、もも君は事務的な口調で続ける。
「ではまず、なぜこの値段を付けたのか、各アイテムに対する僕の個人的な評価を簡単に説明します。基準値として分かりやすいと思うので、最初にフルブルーム・ドレスの話をしますね。一番高い数字を付けたこちらのアイテムですが、あなたの作るものとしてはデータ的に完璧と言えます」
「ほ、ほう。そうなんですか」
「ポイントは、二つの付属効果とスキルの種類に汎用性があること、また遠征向けとして一貫しているところ。特にビビアさんの製作物はスキルが最重要項目だと思うのですが、この【精神統一】は誰でも使用可能、誰にとっても有用という点で、非常に価値の高い能力となっています。皆が欲しがる、人気最上位に入るアイテムと言っていいでしょう」
はえー、そうなんだ……。
確かに、スキルの精度を上げる精神統一は、遠征職にも生産職にも対応する能力だ。
もも君の話はゲームに疎い私には難しくて、すぐには噛み砕けないところもある。けどとりあえず、どれほど多くの人がこのアイテムを欲しがるか、という観点で語っているのだということは何となく分かった。
「加えてもう一つ要素を付け加えると、これがセットアップでなく単品アイテムであるということは、多くのプレイヤーにとって魅力的に映るかと思います」
え? そんなことが? と、私は目を瞬かせる。
確かにセットアップにすると、アイテム単体の効果はやや落ちる。でも私からするとそれって誤差程度だし、セット物はボーナス効果が付くしで、能力値的にはトントンかと思ってたんだけど……。
「そういった考え方は捨てたほうがいいかと。上に行けば行くほど、その“誤差”が重要視される世界になるので」
「あ、はい。すみません……」
「もっとも効果の点ではビビアさんのアイテムは未だトップクラスとは言い難い。今意識してほしいのはそれよりも、セットアイテムは特装スロットの枠を圧迫する、という点です。使い勝手、という見地から考えると、これはボーナス効果よりも優先されるべき問題です」
へ~、知らなかった。まあでも言われてみるとそうか。
セット物に含まれてるアイテムって主役以外のものだと結構能力値ザコだったりするものね。……っていうか私自身そこら辺あんま注意してなかったから、余計その
上級者のフィールドとなると装備一つたりとも気を抜けないみたいだし、もも君が言う『誤差が重要視される世界』というのが本当なら、尚更これは由々しき問題なのだろう。
でも私から一つ言わせてもらうと、セット物って単品よりも時間かけられるから、ミラクリ付けやすいのよね。
よってこの事実を知ったからといって単品アイテムの製作を安易に増やせるかというと、そういうわけでもない。セットアイテムに匹敵する手間と時間をかけてでも作りたい単品アイテムっていうのも、そうそう思いつくものじゃないからさ。
まあ、だからこそレアってことで価値が高くなる、とも言えるかもしれない。そう思えば、私視点から見ても納得と言えば納得である。
「とはいえ、こうした要素はスキル付きであるか否か、有用なスキルであるか否か、という要素に比べれば些末な点ですがね。そのスキルというのも、一度習得してしまえば装備に拘わらず自由に使えます。言ってしまえば上級者であればある程、その時点でこのアイテムは意味を成さなくなるでしょう。気を悪くしたらすみません。メッセージでも伝えたように僕は今、完全に性能面での話をしています」
「うん。そこは心得てるのでお気遣いなく」
「と同時に上級者であればある程、誤差を重視するとも僕は言いました。例えば、スキルを習得するがためにこのアイテムをスロットにセットしなければならないその一時的な期間ですら、快適であればあるだけいいんです。つまり、効果や必要スロットなどにおける性能もいいに越したことはない、ということ。それら細かなポイントもすべてクリアしている故、何より付属しているスキルが非常に強力である故に、このフルブルーム・ドレスには最低850万の価値を付けました」
上級者の世界なんて知らないだけに、もも君の話は付いて行くのが精一杯……というか若干付いて行けてない感もあるのだけれど、それにしても彼の言うことには説得力がある気がした。理解はできないものの、なんか信じてよさそう。
「最初から長くなってしまいましたが、ではこうしたファクターを基準にして他のアイテムも分析していきます。次、麗糸の羽織。これに付いたスキル【夜目】も有用で人気の見込める能力と思われます。しかしこのアイテムは、先のドレスの価値にまでは届かない理由が三つあります。一つはもう分かってると思いますが、セット物であること。二つ目は魅力的なスキルとはいえ、精神統一よりは若干汎用性が劣るであろうこと。そして三つ目、効果とスキルの用途がちぐはぐであること」
「ああ、生産目的の効果なのに、遠征目的のスキル、っていう?」
「うん。[技術]上昇と[手際]上昇っていう時点で既に完成度は高いんですけどね。この二つは生産プレイヤーにとっては鉄板受け間違いなしの組み合わせなので。ただ欲を言えば、スキルも生産系であってほしかったといったところです。以上を総合して、最低価格650万キマとなります」
成る程なあ。単にスキルが強かったり効果の数字が大きければそれでいいわけではなく、それぞれの組み合わせ、用途も大事なのかあ。
「次に冷息の靴の話をすると、【馬の目】、これ非常に評判の悪いスキルです」
「えっ、そうなの!?」
「視界を広げるということで一見遠征に役立ちそうなんですが、使い勝手が滅茶苦茶悪いんですよね。世間じゃ『3D酔い必至のクソスキル』なんて呼ばれてます」
そ、そうかあ。まあ冷静に考えてみれば、いきなり視界を350度に広げられていつも通りの動きができるわけがないものね。
ただそこら辺はプログラム的なカバーがなされてどうにかなるもんだと、勝手に思っていたんだけれど……。流石きまくら。どうにもならないらしい。
とはいえ、だとしても350万の値札が付くんだ?
「集荷装備自体稀少である以上、一つ一つのサブスキルも極レアですからね。馬の目とて、その例に漏れない。はっきり言ってスキルの評判を知らずに欲しがる人間は少なくないだろうし、例え知っていたとしても、欲しがる人間はいると思う」
「知ってても欲しいの? 役に立たないって分かってるのに?」
「コレクターなり、金を余らせた資産家なり、役に立たずとも稀少であれば欲しいという人間が世の中には一定数いるんですよ。まあ、価値がないとは言わない。少なくとも“話の種”にはなるから。因みに酷評しているようですけれども、スキル以外の効果はこの靴、優秀です。今最も盛り上がっている新フィールド【
よって、最低でも350万、と。
ふーん、ファッションに流行があるように、性能面でも流行があるのか。これは盲点だった。
もっともその存在に気付けたとて、そっち方面のトレンドに付いて行くことは私には不可能だろうけど。
「最後に【有閑令嬢のサマードレス】なんですが……」
もも君はそう切り出して、しばし口籠った。今までつらつら淡々と査定の説明をしていたので、間があるのは少しどぎまぎしてしまう。
「……一応最低550万との評価は付けましたが、これが一番、振れ幅が未知数なんだよな」
「ええ?」
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