60日目 ご褒美(表編)

ログイン60日目


 ホームで生産作業をしていると、カランコロン、と軽快なベルが鳴った。プレイヤーの来店音は切ってあるので、これはNPC客がやって来た合図だ。

 出て行くと、私の最推しシエル&シャンタちゃんが店内を物色している。他に二人、プレイヤーの女の子がいたけれど、さすがにこういうシチュエーションにも慣れたもので、私は気にせずシエルちゃん達に意識を向けた。


 最初はねー、生のお客さんがいる中に出て行くの、結構緊張した。基本接客はコピーアバターに任せっきりなんだけど、お店の設定いじったりゲームキャラの相手をするときなんかは、どうしてもショップエリアに顔出しせざるを得ないんだよね。

 まだ実店舗を開放したばかりの頃は、お客さんがいない時間なんかも全然あった。でも最近は、少なくとも私がインしている間は客足が殆ど途絶えないもので、こういう状況にも順応せざるを得なくなっている。


 いや、とってもありがたいことではあるんだけどね。

 何せ、お店の外に列ができることも少なくないもんで。遠征行こ~、と思って裏のドア開けたらそこまで人が並んでることもあって、びっくりだったよ。

 そもそもの入店制限が二人まで、っていうのも大きな要因ではある。いずれはお店を拡張したいな~。


 幸い、今のところマナーのよいお客様ばかりで、私がキャライベをこなしてる最中に邪魔してくるような人はいない。

 それに、私にとってはどきどきな瞬間でも、お客さん側にとってはよくある出来事なんだろうね。みんなあんまり気にしてないみたい。

 今回の女子二人も私の入れ代わりに気付いて「あ、中の人だ~」みたいな顔はしたものの、すぐに服選びに専念しだした。


 だからこの頃は私のほうも、店内での人目をあまり意識せずにいられるようになっている。ショップでのイベントは個別モードにならないとはいえ、会話を聞かれることはないしね。


 さて、シエルちゃんズは私を見ると、迷いなくこちらへやって来た。


「はろー、ビビア。って、あら、何だか浮かない顔ね」


 めっちゃキラキラ笑顔のスタンプを押してはいるんだけれど、彼女には湿気た面に見えたらしい。いや、あるいは頭の隅に影を落としている『今日はまだ月曜日』という現実への憂鬱が透けて見えたのかも。

 要約するとシエルちゃんは今日も最強ってことです。


「なーに? 宿題でも溜め込んでるの? それとも好きな人にフられた?」


 と、シャンタちゃん。


「そういうときは楽しいこと、考えましょ。そうね、例えば」

「もうすぐ夏! 夏と言ったら」

『夏のバカンス!』


 声を揃えて叫ぶと、二人はきゃっきゃと笑い合った。エデンはここにあったらしい。


「ビビアは今年の夏、どこかお出掛けする予定はあるのかしら?」


 シエルちゃんがそう尋ねた後、選択パネルが現れた。



→・ダナマに行く

 ・シラハエに行く

 ・どこにも行かない



 うーん、そうね。この中から強いて選ぶとしたら、『シラハエ』かなあ。

 別に夏の旅行感覚で出かけるわけじゃないけど、万華鏡の件があるし近い内に行くのは間違いない。


「シラハエ! いいわね、涼しくて。避暑地にはぴったりだわ」

「私達も去年行ったわね。でも、私はあんまり好きじゃなーい。なんか陰気臭いんだもの」

「そんなこと言ってシャンタ、お宿の近くの花畑で、あなたはしゃぎ回ってたじゃない」

「ああ、あそこ、確かに綺麗だったわ。真っ赤なお花が一面に咲いてるの。でも陽が暮れるとちょっと不気味なのよね」


 へ~、そんなところがあるんだ。プレイヤーも行ける場所なのかな?

 なんてことを考えながらのんびり話を聞いていると、二人はふいに表情を消して互いに目配せをする。そして悪戯を考え付いたかのように、くす、と小さく笑った。

 二人は声を潜めて語る。


「そうだわ、私達の秘密の場所、ビビアにも教えてあげる。シラハエに行くって言うんなら、その花畑も訪れるといいわ」

「ビャクヤの街の外れにあるね、星月閣しょうげつかくっていう宿の、裏手にあるの。とっても素敵な場所よ。で・も、」

「夜になると、誰かの泣き声が聞こえるのよ。私達も聞いたの」

「噂で聞いて気になっちゃって、パパに内緒で宿を抜け出したのよね。そしたら本当に!」

「声が聞こえるの! うっ、うっ、っていう、押し殺したような泣き声! 低い声だったから、多分男の人なんじゃないかしら?」


 え、なになに。なんか話の方向性が怪しいかんじになってるんですけど。

 楽しい夏バカンスで盛り上がっていたはずが、いつの間にか怪談に……?


「街の人によるとね、よく聞こえるんですって。何かよからぬモノがいるって話よ」

「ねえビビア、シラハエに行くんだったらそこにも是非行ってみて。お勧めスポットよ」

「怖いの? 意気地なしだわ」

「私達、何も意地悪しようってんじゃないんだから。だって本当に綺麗な場所なんですもの」


 ねー、と二人は視線を交わし、微笑む。

 うん、めっちゃ意地悪な顔してる。でもそこがイイんだけどね!

 ビャクヤの星月閣かあ。怖い話は好きじゃないけど、まあ何かのイベントの伏線かもしれないし、頭の隅には置いておくとしよう。


 と、話の区切りが付いたところで、シエルちゃんがずいっと前に進み出てきた。


「ところでビビア、先の旅行の話もいいけれど、日々のちょっとした息抜き時間も大事じゃなくて?」


 あ、この流れってもしかして。


「バカンスの時期を待つ必要なんてないんだから。ね、二人で遊びに行きましょ。どうせ暇してるんでしょ? 空いてる日、教えなさいよ」


 やっちまった~~~~、デートイベ発動だ~~~~!

 なんてね。実は結構予期していたり。

 っていうのも、一週間くらい前だったかな? ついにシャンタちゃんにもプレゼントできるチャンスが訪れちゃってさ~。


 シエルちゃんへのプレゼントイベは最近ちょくちょく起こるようになってたんだけど、そのときチラッチラッてこちらに視線を送るシャンタちゃんに話しかけることができた日があってね。

「何よ、気でも遣ってるの? 別に物欲しそうな目なんてしてないんだから」なんて言われた直後、プレゼントの選択画面が開かれたらもうさ、選ばざるを得ないじゃん。大地の結晶。


 でもそんなちょろっちょろな私にも一応砂粒ほどの理性は残ってたわけで、ゾエ氏の顔が脳裏にちらつくのよ。

 だからせめてもの罪滅ぼしというか義理立てみたいなかんじで、それ以降シャンタちゃんにもプレゼントする代わりに、シエルちゃんには二倍の結晶、結晶が尽きてからは他のアイテムを二倍の量、贈ってたんだよね。こうすれば二人の好感度に差が付くから。


 確か週ごとのデートイベで、一人のプレイヤーが二人以上のキャラとのイベントを成立させることは不可能だった。これでシエルちゃんとのデートがほぼ確実になった以上、シャンタちゃんの初デートも奪うような不義理なことはせずに済むかなって。

 結果どこかにいるかもしれないシエルちゃん推しプレイヤーから今月のデートを剥奪することとなったわけだけれど、まあそれはそれ、これはこれということで。


 加えて後から知ったことなのだが、なんと最近デートイベントに“お任せモード”なんてものが実装されたらしいのだ。

 このモードは対象のキャラクターを連れて自由に行動できる従来のデート形式とは違って、相手キャラクターにデートプランを委ねる形の、一種のストーリーモードなんだそうな。


 さすがにそのストーリーをデート勝者だけしか楽しめないというのはヘイトが募ると判断したのだろう。初回のお任せデートが終了したのち、その内容は公式動画サイトでもダイジェスト版を視聴できるようになっている。

 だとしても、イベントを実際にVRで体験するというのはまた格別なことに違いない。何と今月からシエルちゃんのお任せデートも実装されるということで、図らずも超ラッキー!って思っちゃった。


 動画サイトにリル様デートの様子がアップされてたから視てみたんだけど、お約束の楽しいデートコース、というよりかは、キャラクターのバックボーンに触れることのできるストーリーツアーみたいなかんじで、結構手が込んでるんだよね。

 キャラクターによっては鬱っぽかったりハラハラドキドキな展開もあったりして、少し反応が荒れたところもあったみたい。でも大体においては評判がいいようだ。


 実際私もリル様の動画視て、例えばただランチとかお茶しに行くだとか、そういうのより全然楽しそうって思ったもん。

 リル様の場合は、体調を崩したメイドの代わりにプレイヤーが彼女のお供を一日務める、という流れだった。孤児院に慰労に行ったり、図書館で勉強したり、ダンスの練習したりと、彼女らしい真面目清楚な休日だったなあ。


 でもダンスの練習ではプレイヤーがお相手役になれたりして、そこはちゃんとロマンチックな場面も盛り込まれてるんだよね。

 動画の視点がダミーアバターの一人称でよかったよ、ほんと。どこの馬の骨とも知れないプレイヤーがリル様と踊ってるのを見せられるとか、コメ欄大荒れ待ったなしだもん。


 そんなわけでシエルちゃんの場合も、日付を指定したのち、モードを選択する画面が現れる。


「楽しみね。今度はどこに行こうかしら?」



→私に任せて!

 シエルに任せるよ



 選ぶのは勿論、後者である。

 因みにお任せモードでは、デート服を選んであげられるイベントは発生しないとのことだ。


 えへへ、シエルちゃんの特別ストーリー、どんなかんじなんだろ~~。休日デートをご褒美に、今週も仕事頑張ろ~。

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