52. 夏恋
朔を見ていた変なおじさんに警戒しながらフェスの参加を続ける。
あいつのせいでゆっくり楽しめない。
楓くんがスタッフの人に変な人がいることを伝え、警戒してもらった。
咲樹は去年の怪我から少し体力が落ちたみたいで、休み休み参加、という感じだ。
今日は気温が高くて蒸し暑い。
俺に「行ってきても良いよ?」と声をかけてくれる。
「俺が咲樹と一緒にいたいだけだから、気にしないで。いちゃダメ?」
「ダメな訳無いじゃん。ありがとう。」
優しく微笑んでくれる。可愛い。キスしたい。でもここでは出来ない。
行きの車中での話が話題になり、こっちはほぼ下ネタだったと言うと、楓くんいるしね、と笑った。
先生の車の中では、やはり恋バナをしていたらしい。好きなタイプとか、彼氏はいるのかとか。ねーちゃんが頭に浮かぶ。
「莉子の元カレの人数が二十人超えてるって言うからビックリした。よく聞くと、付き合った期間が一週間、っていう人もいるらしくて。それって、付き合ってるのか疑問になっちゃった。」
凄く分かる。そういう人いるよね、と共感すると、でしょ?と盛り上がった。
「俺たちってどうなのかな。周りに付き合っている人はいるのか聞かれると、説明が面倒くさくて『います』って答えてるけど。」
咲樹は少し考える。
「確かに私も香月と同じ対応をしてる。それに今は、結婚を前提にお付き合いしてるから、付き合ってるって言い切れるかも。」
顔が緩む。咲樹も、いつかは結婚する相手として俺を見てくれていることを、本当にさりげなく言葉にしてくれたことが嬉しい。
愛しさが込み上げ、悶える。
また、咲樹はいつもの無意識の発言だったみたいで、「え?どうしたの?」と、爆弾を投げたことに気付いていない。
抱えた膝に埋めていた顔を少しだけ出して、ちらっと咲樹を見ると、優しい笑顔で見つめる視線とぶつかり、また顔を埋める。
あー、もう。早く受験終わらないかな。
琥太郎が「よく我慢できますね。」って言ってたけど、俺も切実にそう思う。
咲樹が回りを警戒しながらこそこそ話に移行する。
俺にしか言える人がいないから内緒にしてほしいと前置きをして、蓮が椿さんを好きになったことと、東大を目指していることと、咲樹が受かったら家庭教師をお願いされたことを聞いた。
この前のハグとかで好きになったのかな。それに家庭教師とか、二人きりにさせたくない。
真面目で良い奴だってことは分かっているけれど、正直面白くない。
ただ、好きな人がいる人を好きになってしまった気持ちを考えると、切ない。
しかもその人が好きな人は自分も大切に思っている人ならなおさらだ。傷付く前提で恋をしている蓮は、確かに凄いと思う。
「俺は蓮の邪魔はしないけど、朔の援護をする。家庭教師も二人っきりにはなってほしくない。」
自分のスタンスと気持ちを伝える。
「うん。それで良いと思う。家庭教師はまだ確定した話ではないから。」
咲樹は立ち上がって俺の手をとる。そろそろ次のバンドが出演するから、とステージの方へ向かった。
楽しい時間はあっという間に過ぎていき、帰りの時間になった。汗だくになった服を着替えてテントを片付ける。行きと同じ配車で帰路についた。
「今年も良かったね、フェス。新しいバンドもかっこいいのいたしさ。俺もあそこで演奏してみたい。」
楓くんは順調にドラムの腕を磨いているようだ。楓くんが、お前らは将来どうするの?と、蓮と将と琥太郎に問いかける。
蓮ははっきりと、「俺は病院継ぎます。」と言った。本当に迷いがなくなったんだな。
将は一応パティシエかショコラティエになろうと思っているらしい。そういえば家がケーキ屋だ。琥太郎は特に決めてないけど、今の彼女と結婚したいと言っている。
「朔くんは、芸大行ったら芸能活動始めるんですか?」
「うーん。授業の感じにもよるけど、少しずつ始めていきたいかな。今しか出せない表現力ってあると思うし、勉強にもなると思って。バックダンサーとかやってみたいよね。」
そうなんだ。始めるんだ。今しか出せない表現力か。若さも表現要素のひとつとして捉えているんだな。
「バックダンサーか。お前ならすぐにセンターとれると思うけどなー。」
「そんな簡単じゃないでしょ。才能ある人なんてたくさんいるんだし。俺は色んな下積みをして引き出しを増やして、より多くの人に良い刺激を与えられるように準備していきたいんだ。俺は見た目も好き嫌いが出ると思うから、どんな感じで受け入れてもらえるのかは分からないけどね。」
意外と客観的に分析してるんだな。皆も感心している。
「俺たちは、ずっと朔くんのファンです。朔くんの魅力は、知れば知るほど深みに嵌まっていくところですよ。」
蓮は朔のことを眩しいものでも見ているかのように見つめる。
「お前ら、ありがとう!大好きだぞ!」
ハグが出来ないから握手、と言って皆の手を握る。運転中の楓くんにはバックハグをして、「だから、変な気になっちゃうって。」と笑いが起きた。
「そういえば、今年の文化祭も何か踊るんですか?」
「マッツー、あ、ダンス部部長の松下っていうのがいるんだけど、デュオでもパフォーマンスを考えてる。あいつは音程が入る歌詞は歌えないっていうから、歌うのほぼ俺なんだけど。マッツーが選んだ曲目だから、めっちゃ動きが激しくて、ダンスパートも入れるって張り切ってたよ。頑張って練習しないと。それを含めて、ダンスが入る曲は今のところ全部で四曲かな。」
セットリストも考えないといけない。どこでダンス曲や莉子のボーカル曲を入れるのか。今年も午前と午後で15曲ずつってことは甲斐先生から聞かされていた。俺もヴァイオリンメインの曲を弾くように指令が出ていた。何かをカバーするか?バンド演奏だし、ロックな感じのが良いよな。カノンロックかな。
「せっかくだから、みんなが演奏したい曲とか演奏してほしい曲を出しあってセットリスト作ろうよ。俺は蓮に『元気を出して』歌ってほしい。あれ良かった。」
朔が提案すると、次々と曲が出てくる。
「俺は咲樹ちゃんに『人生は夢だらけ』歌って欲しいです。他の人にもあの感動を味わってほしい。」
蓮はあの曲にすっかり心を打たれたらしい。
「実は僕、ビジュアル系が好きなんですけど、特にシドが好きです。『嘘』とか『夏恋』とか、好きな曲いっぱいあるんで、朔くんに選んでもらって歌って欲しいです!
今の季節だと『夏恋』かな。甘酸っぱい感じが良いんですよ。ギター頑張ります!」
将はテンション高めだ。朔は「わかった。とりあえず原曲聴こう。」と、将とやる気になり、Bluetoothでカーステレオから『夏恋』の原曲を流し始める。
『♪繋いだ手素直に絡めて ギュッてしてが言えない 汗ばんだ右手は待ちぼうけ・・・』
歌詞がめちゃくちゃ可愛いな。将が言う通り、甘酸っぱいわ。
「分かる、この気持ち。自分から言えないんだよなぁ。触れそうで触れられない手がもどかしい!そんな時に向こうから手繋いできたりするとギュンってなるよね。」
「朔くん、それは実体験ですか?」
「そだね。蓮は俺とユズがどうなったのか知りたいんだろ。行きの車からそんな空気を感じる。」
案の定、「ユズって誰ですか?」と、将と琥太郎から質問される。
「ユズは俺の元カレなんだけど。今年の俺の誕生日に別れて、春からユズは北海道の大学に進学したから会ったりもしてないよ。六月頃まではたまに連絡来てたけど、最近はそれも無くなったからさ。きっと、新しい生活にも慣れて、上手くやってるんだと思う。」
元恋人じゃなくて、元カレとはっきり言うところが、ユズくんさんへの愛を感じる。
「朔くんが『元カレ』って言っても、えっ!ってならないですね。逆にカリスマ的です。」
「なんか、ありがとう。別にゲイじゃないけどね。それより、MV見たけど、こんなにメイクできないよ。ビジュアル系ってすごいよね、世界観が。」
「親世代にはなかなか理解されませんけどね。メイクまでは大丈夫です。朔くんはそのままで綺麗なので。」
「綺麗!?痴漢のおっさん以外に初めて言われたわ。照れるぅ。将のためにも肌のケアとかこれからも頑張るね。」
皆も綺麗だって思ってるけど、なかなか言葉で言いづらい。将は盛大に照れていた。
「俺は、莉子に超あざとくアイドルの曲を振付で歌って欲しいです。あの子の才能はそっちだと思うんで。それでちやほやされれば、蓮くんも被害が減ると思います。」
琥太郎は可愛い雰囲気なのにけっこう毒舌で驚く。アイドルの曲かー。全然分からない。
「そういえば、最近のアイドルって一人で活動してる子いないね。山口百恵とか松田聖子とかをパフォーマンスすれば、おっさんたちにも受けて良いんじゃない?」
言い方・・・。楓くんの案も良いな。山口百恵とかなら歌唱力も要求させるしかっこいいと思う。
「香月くんは何でもヴァイオリンで弾けるんですか?」
「まぁ、アレンジすれば大体は・・・。」
蓮が目を輝かす。
「じゃあ、俺と『紅蓮華』を演奏してほしいです!前に動画サイトに、ヴァイオリン演奏が上がってるのを見て、凄くかっこよくて!香月くんが弾いた方がかっこ良いと思うし。」
「うん、いいよ。」
その動画見てみないとな。皆、けっこうやる気出してくれて面白くなりそうだ。俺も、高校の間で思い出に残る曲を演奏したい。文化祭まであと三ヶ月を切っている。
そのあとも、行きの様な下ネタは話題に上がらず、セットリストをどうするか、の話題で話は尽きなかった。
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