41. 放課後の音楽室
誕生日の放課後、香月に連れられて屋上へとやって来た。初めて屋上に来たけれど、誰もいなくて眺めが良い。
「ごめん、寒いのにこんなとこまで連れてきて。誕生日、おめでとう。もう、あの曲は合わなくなっちゃったね。」
『Sixteen Going on Seventeen』のことかな。そうだね、と言って笑う。
「これ、プレゼント」と言ってセンスの良い包装紙でラッピングされた細長い小さな箱を渡された。開けても良いか聞いてから包みを開ける。
文字盤が満月になっているシンプルなデザインの腕時計だった。
「すごい!可愛い!しかも派手じゃないからいつでも着けれそう!ありがとう!」
思わずハグすると、ギュっと抱き締められた。顔を見ると軽くキスをされて恥ずかしくなる。
「もう。学校なのに。」
咲樹が可愛いからつい、と言って申し訳なさそうにしている香月も可愛い。腕時計はメンズのタイプもあって、お揃いらしい。
「この前、将来の話しただろ?これから先、ずっと一緒にいたいけど、一緒にいられないときもあるだろうから、繋がってること忘れないようにと思って。
留学したいっていうのも、咲樹と離れるのが嫌でやめようかな、って考えたこともあったけど、そんなことじゃ咲樹と釣り合わなくなるから、自分を励ますためにもこれを選んだ。」
惚れ直してしまった。好きな気持ちが溢れる。
「ヤキモチとか妬かないでね。そんな必要ないからね。」
手をギュっと握る。香月は「うん。信頼してない訳じゃないんだけどさ。」と言って難しい顔をする。
「好きすぎてどうにかなりそうな時がある。ずっと一緒にいたい。」
「ちょっと・・・、そんなに真剣な顔で言われると、すごく照れちゃうよ。私も大好きだよ。どこにも行かないから安心して。」
今度は切ない表情で見つめられる。香月は大きく息を吐いて手を離した。
香月がトイレに行ったため一人で音楽室に戻る。
みくと蓮がプレゼントをくれて、二人にハグをすると皆がそわそわしていた。ハグし終わると香月が入ってきて、皆が「ふぅ。」と言っていて面白い。
楓くんからは由紀乃さんが選んだプレゼントをもらった。中身はすぐにはわからなかった。
家ではお父さんとお母さんがお祝いをしてくれた。こんなこと初めてで、朔と顔を見合わせる。お祖母ちゃんもいれば良かったな。
たぶん、笑顔で見守っていると思う。
珍しいね、と言うとお父さんは「咲樹に自分の人生も大事にしろって言われたから。」と照れている。お父さんたちもプレゼントをくれた。朔と色違いのスマホケースだった。桜のロゴが小さく入っている。シンプルで良い。
「やっぱりあなたたちにはお揃いを買ってしまうわ。小さいときもずっとお揃いの色違いを着せてたの思い出しちゃった。」
お揃いを疎ましく思わない関係で良かった。朔が、「俺、そっちが良い。」と言ってきた。私がピンクで朔がネイビーだった。私もネイビーを気に入ったので交換した。
寝る支度をして部屋に戻り、そういえばと思って由紀乃さんセレクトのプレゼントを開けてみる。たくさんの美容パックが入っていた。
しかも顔だけじゃなく、え!っと思うところのパックも入っていた。由紀乃さんに『ありがとう!ケアしてるところ見られないようにしなくちゃ。』とメッセージを送ったら、『顔と唇のパックは朔も欲しかったかな。』と返信があった。
朔にもお裾分けしようと、朔の部屋をノックして声をかける。
「わー!今ダメ。」
ダメと言われると何やってるのか気になる。
何してんの?と声をかけると、焦った顔をした朔が少しだけ扉を開けて「何?」というので由紀乃さんからもらったパックを渡す。肩越しに部屋を覗くと、プレゼントの包みを開けているようだった。
「何もらったの?見せて見せて!」
興味本位で部屋に入る。
「ほんとにダメだって・・・。」
ちょっと悪いかな、とも思ったが、見てしまった。
「あぁ、そういう系ね・・・。楓くんか。」
楓くん、というかあのカップル大人だな。エッチなDVDと、見たこと無い形状の何かがあった。
「これ何?ボーリングピン?」
「いやー・・・。俺の口からは言えない。」
気まずい空気が流れ、「すみませんでした。」と言って朔の部屋を後にした。あれ、何だったんだろう。箱に書いてあったロゴの文字をググると、さっきのものの画像が出てきた。
用途を確認すると、朔に申し訳なくなった。お互いにいつまでも子供じゃいられないんだな、と少しだけ切なくなった。
夜、ギターを持って出掛けて行った朔は、泣きながら帰ってきた。竹下先輩と最後のお別れをして来たらしい。
心配になって部屋のドアをノックする。
「朔、大丈夫?」
「うん、ありがとう。今はそっとしておいて欲しい。明日の朝には元気になれると思うから。」
翌朝、宣言通り朔は元気に起きてきた。
「おはよ。元気そうで良かった。どうやって元気になったの?」
「音楽に助けて貰った。前向きな失恋ソングを聴きまくったよ。暫くは空元気かもしれないけど、そのうちちゃんとした元気になると思うから。見守っててね。」
失恋を乗り越えた朔は強くなったし、それが自信にも繋がって更に格好良くなったと思う。ただでさえ普通の恋じゃなかったから、大変なこともたくさんあったんだろうな。
「うん。朔がフリーになったなんてバレたら、また女の子たちが放っておかないよ。」
「そうかな。でももう、三分の恋人はやらないよ。」
「その方がいいと思う。朔はチャラくないよ。見た目はチャラいけど。」
見た目はチャラいんだ、と気にしていた。
ちょっとチャラい感じくらいの方が朔らしくていいと思う。
あっという間に月日が流れ、楓くんの卒業式。二年間共に青春を過ごした仲間が卒業してしまうのは本当に寂しい。
卒業式のあと、大急ぎで楽器を準備して校舎のエントランスの隅っこで待機する。晴れてて良かった。
スポーツ部は卒業生を胴上げとかして盛り上がっている。なかなか校舎から出てこない楓くんをじっと待つ。
「来たっ!楓くーん!」
朔が叫ぶとこっちに来てくれた。朔の合図で演奏を始める。もちろん『Teenager Forever』だ。楓くんはノリノリで聴いてくれた。
「お前ら、サイコー!」
一人ずつ、メンバーとハグをする。最後に私とハグをすると「香月、殺さないでね。」と言っていて、香月が「そんなんで殺さないです。」と笑って返していた。
「俺、最後に朔のダンス見たい。」
朔は「は?今?」と言って松下くんを探しにいった。文化祭で演奏した『SO-RE-NA』。残ったメンバーは曲の確認をする。突然振られるとこうなる。
少しして松下くんと仲間たちを連れて朔が戻ってきた。松下くんたちにまだ覚えているか訊くと、大丈夫、と言ってくれたので、先輩のワガママに付き合ってくれ、と立ち位置についた。ダンス部も見に来てしまった。
朔はマイク無いし地声じゃん、とぼやいている。朔と息を合わせてみくがスティックを叩く。楓くんは正面から見るのが初めてですごく楽しんでいる。
手を叩くところとか朔とハイタッチしたりとただのファンになっていた。ダンス部の人たちもさすがはノリが良く、踊っている。
朔は文化祭の時よりリラックスして、地声なのにしっかり声も出ていてかっこいい。
卒業生のお母さんたちもとても喜んでいるみたい。
曲が終わると松下くんたちとハイタッチをして、楓くんともハイタッチをした。
「無茶振りに付き合ってくれてありがとう。卒業してもたまには遊ぼうな。はぁ、お前らのお陰で良い高校生活だった。ありがとう。」
そんなことを言われると泣ける。
ダンス部が去っていき、甲斐先生が駆け付けてきた。
「間に合ったー!楓、これ軽音部から記念品。」
渡された袋の中から、星さんがデザインしたロゴが入ったタオルが出てくる。
「うぉー!先生!気が利くー!家宝にする。」
タオルをしまうと改まって先生に向き直る。
「先生には本当に世話になって、何てお礼を言えば良いか。先生は、自分が思っている以上に先生向いてるよ。」
楓くんは最後に先生とハグをして、待っていたお母さんと一緒に帰っていった。
楽器を片付ける。重たい機材は男子に任せて、軽いドラムなどをみくと一緒に運ぶ。
「楓くんの替わり、出来るかな。」
「みくはみくの演奏すれば大丈夫だよ。蓮だって私の代わりじゃなくて、蓮の演奏すれば良い。だから同じ曲でもいろんな表情があって面白いんだから。」
そうだね、と言ってみくが嬉しそうに笑った。私の演奏ってどんな感じ?と訊くので、楓くんとは違って、叩きかたが繊細だけど、力強いと思う、と感想を言ったら照れていた。
咲樹ちゃんの演奏は、蓮と違って色っぽいよ、と言ってくれたけど、ピンとは来なかった。
帰ってから『放課後の音楽室』(ゴンチチ)を部屋で弾いていると朔が入ってきた。
「その曲癒されるね。咲樹も引退かー。寂しいなー。」
「いつまでも子供じゃいられないからね。卒業していかないと。そういえば、竹下先輩の見送りには行かなくて良いの?」
竹下先輩は北海道の大学に合格し、農学部に進むらしい。尚くんが一緒に見送りに行かないかと誘ったみたいだけど、断っているようだった。
「姿を見ちゃったら離れがたくなるだろ。もう、心配かけないようにしないと。」
溜め息をついてベッドに横たわる。
「ちょっと。私の布団で寝ないでよ。」
良いじゃん、と言って寝ている。
「咲樹の布団は良い匂いする。その曲癒されるし眠たくなってきた。おやすみ。」
「じゃあ、私は朔の部屋で寝るね。色々見ちゃうかも。この前のあれとか。」
朔はガバッと起き上がって「やっぱ自分の部屋で寝ます。これ、借りて良い?」と、ベッドサイドに置いていた少し大きめのライオンのぬいぐるみを抱き締める。
「いいけど。一人で寝るの寂しいの?」
頷いて「おやすみ。」と呟いて自分の部屋に戻っていった。
センチメンタルな朔に少しキュンとしてしまった。
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