15. ひまわりの約束
朔の部屋の扉をノックすると、「早く寝るぞ」と声が返ってきた。部屋に入って、ベッドの下に敷いてある布団に横になる。電気を消して暗闇の中、朔が話しかけてくる。
「お前って、ほんと良い奴だよな。」
「は?どうした?何も出ないよ。」と答える。
「バンドも、俺が無理矢理誘ったのにしっかりやってくれるし、俺が人間不信の時はさりげなくサポートしてくれたし、さっきも真剣に相談に乗ってくれて、的確なアドバイスくれるし。ネギ切るのも速いし。」
「ネギの下りは要らなくない?どうしたの急に。」
朔の様子がおかしい。
「結局は、咲樹が惚れるのもおかしくないって話。」
意外過ぎて何も言えなかった。
「聞いてるのか?ま、俺の親友だからな。俺に見る目があるってことか。」
「ハイハイ。その論法は逆の立場からも使える。なに、藤原さんのやつまだ悩んでるの?早くメッセージ送っちゃえよ。」
朔はベッドから手を下ろし、メッセージアプリの画面を見せる。文はすでに用意してあった。
『いつなら良いですか?その頃迎えに行きます。』
俺は「いいじゃん。的を得てるしかっこいいじゃん。」と言って送信ボタンを押した。
朔がベッドから落ちて俺の上に体当たりする。「痛っって!」という言葉を遮り、朔が焦った声を出した。
「何してんだよ!心の準備とかあるだろ!?」
「いや、なかなか送信しないから親切心じゃん。」と言って揉み合っていると、メッセージの着信音がなる。
「なんか、返事来たっぽいよ。」と言うと、「うん。来たね。」と言ったまま動かない。もどかしい。
「代わりに見ようか?」
痺れを切らして提案するが、案の定自分で見る、と言い張った。それでも動きが遅いのでスマホを取り上げようとしたら、やっとメッセージを読んだ。
『東都大学に進学して両親を説得します。その頃、佐倉さんにまだ私への気持ちが残っていれば、もう一度気持ちを伝えて貰えないでしょうか。今は、ごめんなさい。お友達でいましょう。』
藤原さんも東都大学。なにか決意したっぽい。朔はふぅっとため息をつく。
「これは、体の良いお断りですか。」
「そうかもね。でも、今は無理って言うのが引っ掛かるな。何かあるのかもね。」
そのあと朔は『わかりました。応援しています!今はお友達としてよろしくお願いします。』と返していた。
藤原さんとのメッセージラリーはそれで終わったらしく、またベッドの上から話しかけてくる。
「お前さ。さっき咲樹とギュってしてただろ。見ちゃったよ。」
『ギュって』という言葉のチョイスがかわいい。「うん。」と言うと、ちょっと間が空いた。
「もう、キスとかしたのか?」
「うん、」と答える。
「だよなー。お前、奥手っぽい・・・。あれ?うん。って言った?」
もう一度「うん。」と答えると、朔は俺の腹の上に馬乗りになり、上書きしてやるー!と迫ってきたので必死で抵抗した。
「妹のキスの相手とか、ムカつくわ。いつしたの?」
さっき、と白状する。
「はぁ?さっき!?・・・んだよ。初キス?」
この会話いつまで続くんだろうと思いながら、「うん。」と言う。
「いいなー。初キスの相手が恋人で。」
おっと。会話の流れが変わった。
「朔はキスしたことあるの?」
「うん。初キスは中二の時、バスケ部の男の先輩だった。初キスの何日か後にもう一回キスしたんだけど、それが忘れられないくらい思いがこもっててさ。実は、まだ繋がってるんだ。」
これは、聞いて良かったのか?でも、話してくれるってことは良いのかな。
「え、男でしょ?繋がってるって?」と聞いてしまった。
「俺の恋愛対象は女の子だって思ってたのに、その概念を崩壊させるくらい、ぐいぐい来られてる。
俺に彼女がいてもセフレがいても良いから、少しだけで良いから一緒に過ごす時間を分けて欲しい、なんて言われて。
想いに応えたい気持ちもあるんだ。どっちかが女だったら、って何回も思った。」
凄い経験してるな。聞いてても重たい。
「朔はその先輩の事好きなの?」
「はっきり分からないんだけど、好きなんだと思う。でも、藤原さんの事も好き。
こういう時どうすれば良いの?
選べないよ。っていうか、選ぶジャンルが違くない?」
そんなの俺に分かる訳がない。
「朔って誰にでもキスしてるんじゃないの?見たことある。」
「そんなに節操無くキスしねーよ。誰にでもするのはほっぺまでね。だってさ、せっかく俺の事好きだって言ってくれてるのに無下に出来ないだろ。」
頬でも誰にでもキスしてるんじゃん。
「朔はモテるからな。でも、これからは簡単にしない方がいいんじゃない?藤原さんに嫌われるよ。その先輩だって傷付いてるかも。」
朔は「うん。」と言って天井を見つめている。不穏な空気を察知する。
「もしかして、キスの先もしたことあったり・・・?」
「お前はどうなの?咲樹と、したの?」
全力で否定する。
「ピュアだなー。俺は、お前のそういうところ好き。」
好きとか簡単に言ってしまうところは咲樹と似ている。
「初めては好きな人としたかったなー。はっきり断れなかった俺も悪いんだけどさ。
童貞を失うとき、初キスの先輩の事考えちゃった。どうせならその先輩とした方が良い思い出になったのかもしれないな、なんて。」
好きだけど同性の人か、好きでもない女の人か。これは俺だったらって、選択できない。
「まぁ、過ぎたことは仕方ないとして。これからの行動はしっかりガードしないと。」
朔は「防犯ブザーでも持つかな。」と言って壁の方を向いた。
「咲樹に言うなよ。」というので、「親友のそういう話、誰にも言うわけないだろ。」と返す。
「俺、今ものすごくお前を抱き締めたい。」と言ってきたので、「それはごめん。無理。」と言って朔の方を見ると、暗がりの中で目が合った。
「半分冗談だし。」
「半分本気かよ!」
とやり取りをして「くだらん。寝ようよ、もう。二時だよ。」と言って目を瞑る。
無言になるとすぐに眠りについた。
翌日。目を覚ますと七時半だった。朔はすやすや寝ていたので、一人でリビングに降りる。
咲樹はもう起きていて、お父さんと話をしていた。挨拶をすると、お父さんは気さくに挨拶を返してくれた。進路の話をしているようだった。
咲樹に「席、外そうか?」と聞くと、もう終わったから大丈夫、とダイニングに座るよう促された。
テレビからは痛ましい事件のニュースが報道されている。幼児虐待、殺人事件、事故、テロ。咲樹のお父さんは、こういう事件で傷ついた人を救っているのだと思うと、咲樹が憧れるのも無理はないと思った。
「笹蔵くんは、医療に興味はあるかい?」
突然話を振られて少し緊張する。
「咲樹さんが志してるのを知ってから、少しだけ。」と答えると、笑っていた。
「最近はこういう痛ましい事件が多いから、応急処置の講習なんかも増やすべきなんだろうけど、医師の数に余裕がない。
私ももっと、咲樹や朔と一緒に過ごしたいんだがね。目の前の消えかかっている命と、子供との掛け替えのない時間。どちらかを選ぶのは難しいんだ。いつも悩みながら仕事をしてる。
だから、もしも咲樹や朔が困っていたり、悩んでいたりしていたら、寄り添って話だけでも聞いてくれるとありがたい。」
お父さんの真剣な話に、「はい、もちろんです。僕も助けられてます。」と言うと、ほっとした表情でコーヒーを飲んでいた。
それからなぜか、テロに遭遇したときの対処法について熱弁され、咲樹が「お父さん。もうすぐ時間じゃない?」と言うと慌てて支度して出勤した。
「なんかごめん。お父さん、香月のこと気に入ってるみたい。私は嬉しいけど。」
照れる咲樹が可愛い。頭を撫でて、「俺も。」と言って、キッチンに向かった。
今日は何時ごろ帰るの?と咲樹に聞かれて、特に決めてないことを伝える。冬休みは全然予定がない。朔が起きてきて会話に入る。
「もう毎日泊まりに来いよ。」と言われ心が揺らぐ。
「やっぱ無理だわ。精神が持たない。あと、うちのねーちゃんが餓死する。」
「香月のねーちゃん、見たいんだけど。」と朔が言うので、今日はうちに遊びに来ることになった。
十二時ちょっと前に家に着く。佐倉家からは電車よりもバスを使った方が早く着くことが分かった。徒歩でも歩けない距離ではない。家に着くと、朔も咲樹も驚いていた。
「なんだ?この立派な日本家屋は。『人生相談 姓名判断』?」
「うちの母親、占い師やってて。実はテレビとか雑誌とかにもたまに・・・。」
咲樹は「なんか立派すぎて緊張するんだけど。」と言いながら門をくぐった。裏口から入ると、姉が出てくる。
「おかえり。お昼ご飯ピザとる?」
朔と咲樹を見て、引っ込んでいった。
「あんた、友達連れてくるなら先に言いなさいよ!」
何怒ってんの?と言いながら客間に案内する。姉がちゃんとした服に着替えてお茶を持ってくる。
「いつも弟がお世話になってます。あ、あなたが咲樹ちゃん?よく話に出てくるから親近感が。あなたは?」
余計なこと話すなよという視線を送るが、お構いなしだ。
「あ、双子の兄の朔です。」
姉はぱぁっと明るい表情になる。
「ボーカルの子だ!動画みたよー。かっこよかったー。って、イケメンねー。」
うっとりしている。朔と咲樹は笑顔で対応してくれた。
「もう、ねーちゃん。引っ込んでて。」というと、「なによ。あんたそれ、姉に言って良いと思ってるの?」と面倒くさい。でも、「とりあえずピザとろ。」と言ってメニュー表を持ってきてくれた。
「ごめん。なんか面倒なの居て。ねーちゃんは美大生なんだけど、漫画オタクみたいなところがあって。」と言うと「あんた余計なこと言うんじゃないよ。」と怒られた。
ピザを注文して待っていると、姉が朔に質問攻めしていた。
「もうさー、イケメンに目が無さすぎだろ。」と注意するが、朔が「あ、僕は全然構いませんよ。お姉さんのお話面白いですし。」と言って姉に笑顔を向けると、またうっとりしていた。
咲樹に小声で、「朔ってホストになったらすぐにトップ取れそうだな。」と言うと、「そうだね。でも、お酒とか弱そうだよね。」と笑っていた。
ピザが届き、居間で姉と四人で食べていると母親が帰ってきた。挨拶を済ませると、母も残っているピザを食べる。
「香月がお友達を家につれてくるの、初めてなの。お母さん、嬉しいわ。」
いや、連れてこないのは友達がいなくて連れてこれないだけだし。姉がアルバムを持ってくる。ほんとに友達の家に行ったときあるあるだ。
「え、これ香月?地味。」
小学生の時の写真を見て、朔が感想を言う。
「最初に会ったときも、前髪鬱陶しかったよね。今は爽やかになった。」
咲樹の言葉に、姉が「私が色々と指導してあか抜けたの。」と自慢げに言っていた。
「お母さんはずっと占い師なんですか?」
朔の質問に「ええ、二人を産む前から修行してたわ。あなたたちも簡単に占ってあげましょうか?」と答えて、占うことになった。
二人の名前と生年月日を聞いて何やら調べている。占っている姿を久し振りに見た。
「二人とも画数は良いわね。まず、朔くんは、直感で動くタイプね。いい意味でも、悪い意味でも、お人好しで頼まれ事は断れない優しい性格で、なぜか面倒を見てくれる人がまわりにいるんじゃないかしら。」
めっちゃ当たってる!と朔のテンションが上がる。
「あまり流されるとダメよ。慎重に行動すると良いわ。」
「はい。気を付けます。」と答える朔を、昨日の話を聞いた手前、複雑な気持ちで見つめる。
「咲樹さんは正直者ね。正義感が強くて常に冷静でいられるけれど、他人とは一線を引いてしまうところがあるかしら。本当は甘えん坊な面もあるから、甘えさせてくれる人と出会えると人生が開けるわ。
あら? 来年の前半辺りに、何か大きな出来事か起こる暗示が出てるわ。
何かしら。あまり良くない感じね。気をつけて。でもまぁ、気を付けすぎるのも良くないから、占いも適度に参考にしてね。」
午後の営業に向けて準備するため、母は別室に移動する。占い師の息子なのに、占いはそんなに信じない方だが、さっきの咲樹の占いは引っ掛かっていた。
夜ご飯は例のはちみつ入り辛口カレーを作り、ご馳走した。咲樹が喜んでくれて嬉しかった。姉は朔とご飯が食べれて喜んでいた。
姉が「朔くんの歌聴きたかったわー。」と無茶振りとも思える発言をしたが、朔は「あ、良いですよ。」と即答し、朔のサービス精神の豊かさに脱帽した。
朔が「ギターあれば咲樹に弾いてもらうんだけどなー」と言うと、姉が部屋から持ってきた。持っていることを知らなかった。
「興味本位で買った、安っすいやつなんだけど大丈夫かな。」
咲樹がチューニングして、大丈夫だと伝える。朔が咲樹に耳打ちして、イントロが演奏される。こうして二人の演奏をゆっくり聴くのは久しぶりだ。
「今日は笹蔵家にお招きいただいて、ありがとうございました。ちょっと照れ臭いけど、この歌は香月のために歌います。ひまわりの約束。」
演奏を見守っていると、なんだかジーンとしてしまった。友達らしい友達が出来たのが初めてだったし、今は一緒にいることが当たり前になっているから、これからの事なんて改めて考えたことなかった。
「♪そばにいたいよ 君のために出来ることが 僕にあるかな いつも君に ずっと君に 笑っていてほしくて ひまわりのような まっすぐなその優しさを 温もりを 全部 これからは僕も 届けていきたい ここにある幸せに 気づいたから・・・」
歌を聴いて、今後の人生もずっと、繋がっていたいな、と思った。隣を見ると姉が号泣していた。
「あんた、良い友達持ったわね・・・。」
姉にタオルを渡し、朔と咲樹の顔を見ると、少し目頭が熱くなった。
七時半頃、二人をバス停まで送っていく。大晦日は佐倉家に泊まることになった。
「さっきの歌、ありがとう。」
照れ臭いのでバスが見えてから言うと、朔が俺の胸を叩く。咲樹はこっそり、手をぎゅっと握ってからバスに乗り込んだ。とても満たされた気持ちでバスを見送った。
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