6. 殺し屋危機一発

 高校に入学して早々、ひょんなことから軽音楽部に入部してベースを弾く日々。人付き合いが苦手な俺も、バンドのメンバーとは少しずつ打ち解けてきた。期末テストを終え、もうすぐ夏休みだ。


「香月って、頭いいんだな。」


 期末テストの順位を見ながら、朔は溜め息をついている。朔はテストがあまりできなかったらしい。期末テストの順位を見ると、咲樹が1番だった。


「咲樹って勉強もできるんだね。」


 朔は、咲樹に勉強を教えてもらってこの高校に入学できたことや、家事はほとんど咲樹がやっているのに手を抜かないことなどを自慢げに話してくれた。

 しっかりしてるんだな、と感心しながら、彼女が演奏するギターの音を思い出す。そういえば、客に色っぽいって言われていた。


「朔はさ、色っぽいってどういうことだと思う?」


 唐突な質問にキョトンとしている。


「え?色っぽい??あ、この前、甲斐先生に言われたことか。そりゃ色気の代名詞は椎名林檎かな。『殺し屋危機一髪』とか『長く短い祭り』とか、いいよね。咲樹もよく歌ってる。」


 さっそくイヤホンをスマホにつなぎ楽曲をチェックした。

 え、これを咲樹が歌うの?ここの声とか出すの??

 この前、顔を覗き込まれたとき、けっこう距離が近くて狼狽えた。お世辞なしで咲樹はきれいな顔をしている。

 ショートボブで重めの前髪の下にある切れ長の目、白い肌、少し上がった口角。

 どんな表情で歌うんだろうか。想像しただけで、なんだか変な気持ちになってしまった。


「椎名林檎(を歌う咲樹)の破壊力半端ないな。」


 朔は何でもないことのように続ける。


「咲樹は椎名林檎のファンでさ、家でもよく弾き語りしてるんだよね。たまに踊ったりとか。『熱愛発覚中』だったかな。あれはライブの映像がヤバイよ。」


 まだ昼休みの時間があったので、流れで朔と一緒にその動画を見る。最後が衝撃だった。


「こーれはっ・・・!学校で見ちゃいけないやつだろ!?」


 朔は何回も見ているらしく、平然としているが、俺はドキドキが止まらない。


「初めて見たとき、俺もドキドキしたなー。見てはいけない大人の世界って感じでさ。林檎嬢の前では皆童貞って言われてるらしいよ。」


 朔の言葉にゴクリと唾を飲む。音楽もカッコイイのに世界観というか、存在感に圧倒される。動画でこうなのだから、ライブはすごいんだろうな。


 授業が終わり、朔と音楽室へ向かう。その道中。バンドを始めてから女子からの視線が増えた。モテたいからバンドを始める人はあながち間違っていないのかもしれない。音楽室に着くと、楓くんと咲樹が既に練習していた。


「お、揃ってるか?もうすぐ夏休みだけど、お前らどうする?部活は。」


 先生の言葉で、部活がなかったらメンバーとも会わないということを再認識する。


「出来れば学校で集まるのは週1ぐらいにしてほしいんだよね。その代わりといっちゃなんだけど、部活動の一貫として、お前らをこちらにご招待させていただくことにしました。」


 甲斐先生はどや顔でチケットを配る。


「いいか、お前ら。バンドマンたるもの、夏はフェスだぞ!」


 夏フェス!初めてだ。朔も咲樹も初めてらしい。楓くんは毎年行ってるらしく、彼女もつれていくと張り切っていた。



 帰り道。朔が教室に忘れ物を取りに行ったため、咲樹と二人で駅に向かった。忘れ物とか言って、女子に呼び出されていたのを俺は知っている。朔は漫画みたいにモテている。


「香月は夏休みどうするの?」


 特に予定がないから、勉強したり楽器の練習したりするかな、と話す。


「ふーん。香月のヴァイオリン、一回聴いてみたいな。ヴァイオリンって、なんか格好いいよね。生の音聴いてみたい!夏休み、どっかで聴かせてよ。」


 それって・・・。二人で会うってこと?


「私と朔は、昼間はだいたい叔父さんたちのピアノバーにいるから、そこに来てくれれば弾けるし。ピアノもあるし。」


 少しがっかりしている自分に気付く。勝手に二人で会うことを想定していた。気付くと勝手に口走っていた。


「じゃあ、椎名林檎歌ってくれるならいいよ。」


 咲樹の顔が赤くなる。


「・・・朔から聞いたの?椎名林檎を歌うのは、朔相手と香月相手じゃ意味合いというか恥ずかしさが違うんだけど・・・。」


 それは納得行く。昼間に見た動画がフラッシュバックする。咲樹の全身を盗み見る。スタイルも良いよな。胸も程よくある。こらこら、どこを見てるんだよ、俺。


「仕方ない。カラオケボックスで二人だけでなら・・・。」


 恥ずかしがりながら、小さい声で提案する咲樹の姿にドキドキが止まらない。それって、デートだよね。


「うん。日程はまた連絡する。」


 そう言葉を絞り出すのがやっとだった。


 その後の俺の挙動は明らかにおかしかった。家に帰ってから、お茶を溢れるまでいれたり、トイレに行こうと思って風呂場のドアを開けたり、部屋着を前後ろに着たり。そして姉が異変に気付く。


「香月あんた、好きな子出来たでしょ。」


 リビングで飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。


「図星か。そんなにキョドってたら引かれて終わるよ!ちゃんとしなさいよ。」


 辛辣である。だんだんとネガティブな発想へとシフトしていく。


「こんなんなら、デートなんてしない方がいいんじゃ・・・。」


 姉は、四つ年上で今は美術大学の二年生だ。今までの地味な俺のことを心配していたが、高校に入ってバンドを始めたと言ってからは美容院を指定したり、服を買ってきたり、何かと世話を焼いてくる。そしてその姉は、少女漫画と恋バナが好きだ。


「デートっ!?何言ってるの!チャンスは掴みに行くものでしょ。いつなの?それまでに準備すれば大丈夫よ。私に任せなさい!」


 他に相談できる友達もいないし、姉の言いなりで準備を進めた。日程は夏休みが始まって三日目の午後三時からで決まった。日程を決めるのにもメッセージのラリーがあったりして、かなり楽しかった。


 夏休み三日目。姉の完璧なメンタルトレーニングで、何とかテンパらないようになった。


 待ち合わせ場所に向かうと、既に咲樹が待っていた。すれ違う人が咲樹をチラチラ見ている。細身のジーパンに大きめのTシャツ、学校では見れないメイクや髪型。カッコイイのにかわいい。そして、俺の姿を見つけて控えめに手を振りながら小走りで寄ってくる姿に、胸がキュンとするのがわかった。


「ごめん、待たせた?なんかいつもと雰囲気違うし(かわいい)。」


 肝心な言葉は声にならない。


「香月の私服もカッコイイね。髪の毛切ったの?似合ってる。」


 自然に褒められ、嬉しいんだけどやるせない気持ちになる。自然に褒めれるということは、俺のことを異性として特に意識していないということだよな。


 カラオケ屋さんに到着し、とりあえず三時間パックで入室する。


「一曲ずつ交互ね。」


 あ、俺も歌うのか。そりゃそうだ。一番を譲り合い、結局じゃんけんで負け、米津玄師のFlamingoを選曲した。歌い終えると、咲樹がはしゃいでいた。


「すごい、すごい!香月が更にかっこよく見える!低音の声好きだな。」


 この、深い意味のない『好き』はあまり言って欲しくない。心臓に悪い。次の予約曲のイントロが始まる。椎名林檎の曲だったが、知らない曲だった。


「それでは、香月のリクエストにお答えして、今日は椎名林檎様縛りでいかせていただきます。ガチで歌います!」


『ありあまる富』は、考えさせられる歌詞だった。咲樹の少し透明感のある声に切なさが交わり、心に響いた。


 その後、俺はSuchmosやBUMP OF CHICKENを中心に選曲し、咲樹は東京事変の楽曲を中心に選曲していた。予約が途切れて飲み物を取りに行く。部屋に戻ると、咲樹が鞄から何かを取り出していた。おもちゃのピストルだ。


「実は、朔から話聞いちゃってさ。まだ『色っぽい』についてる悩んでるんでしょ?だから、全力で林檎様の『色っぽい』を表現しようと思って、全力で挑みます。」


 次の曲は『殺し屋危機一発』だった。イントロでピストルを構え、銃口を俺に向ける。少し微笑んでトリガーを弾く。そこで歌い出しの「やめて」が入る。そこまでくると俺の心臓は最速で動き出した。

「みな殺し」というフレーズは耳元で囁くように歌う。途中で入る溜め息のフレーズが色っぽくて、大人の世界に踏み込んでしまったような気持ちになった。曲が終わるとドキドキしすぎてぐったりしてしまった。


「どうだった?ガチの椎名林檎。」


 たぶん咲樹にはやましい気持ちはない。でも、俺は今、艶かしいことをされた気持ちが渦巻いていた。


「・・・すっごい良かった。」


 曲順が自分の番になり、落ち着こうとテンポの遅い曲を歌うことにした。川崎鷹也の魔法の絨毯。歌い終わると、咲樹がボーッとこっちを見ている。


「なんか今の、色っぽく感じた。ドキッとしちゃった。」


 照れながら俯く彼女を不思議な気持ちで見つめる。咲樹のことを考えながら歌ってしまっていた。

 次の咲樹の歌は『長く短い祭』だった。男性ボーカルのパートを歌わされ、さっきよりは平常心を保てた。

 残り時間があと十五分程になり、俺の米津玄師のLemonの次に、咲樹の『熱愛発覚中』。朔が言っていた通り、踊ってくれた。


 なんだか恥ずかしそうで、控えめなところがまた煽られた。『急所完全に命中』のフレーズのところでは、見つめながら俺の胸にツンツンしてきて、また心拍数が上がる。曲が終わる頃には放心状態になりそうなのを必死で持ちこたえていた。


「楽しかったね!「色っぽい」のヒントになったかな。」


「うん。なんとなく分かり始めたような気もする。今度はそっちにヴァイオリン弾きに行かなきゃだな。」


 カラオケ屋さんを出て駅まで歩いていると夕立が降ってきた。咲樹は背負っていたリュックから折り畳み傘を取り出し広げると、はい、と傘を俺に手渡す。


「香月の方が背高いし、持って。」


 さりげなく相合い傘!?やっとドキドキから解放されたと思ったのに、肩が触れ合う距離でまたドキドキが始まる。


「楽器も楽しいけど、たまには歌うのも、スッキリする。香月の歌声も良かったよ。音程も外してなかったし。」


 俺の顔を見るときの距離が近くて、早く駅に着いて欲しいような、もっとドキドキしていたいような複雑な心境が続いた。


 駅につき、ほっと一息つく。また行こうね、と言いながら改札を抜ける。


 家でも今日のいろんなことが思い出され、しばらく自分の部屋で休む。そこに朔から電話がかかってきた。


「今日お前、咲樹とカラオケ行ったんだろ?咲樹がさ、香月は楽しくなかったのかもしれないって心配してたぞ。」


 あまり笑っていなかったのが原因らしい。


「なんか、朔は咲樹の兄だし言いづらいんだけど、ずっとドキドキしてて笑う余裕が無かったんだよ。椎名林檎を歌ってくれたのは本当に嬉しかったんだけど。

 いや、兄に言いづらいんだけど、他にこんなこと言えるやついないから聞いてほしいんだけどさ。今日の俺、咲樹の事をいやらしい目で見ちゃった。」


 暫く無言が続いたと思ったら爆笑された。


「お前!むっつりかこの野郎!まぁ、気持ちはわかるわ。咲樹はやるときゃやるからね。たぶん囁くところとか、本当に耳元でやったんだろ?」


 さすが双子だ。よく分かっている。


「で、お前咲樹のこと好きなの?」


 自問自答してみたが、今は心が正常運転ではない。


「俺、恋とかしたこと無いんだけど、カラオケ行くのが決まってからのドキドキはきっと恋だって思ってた。でも、すっかり心をか掻き乱されて、何が何だか分からなくなってしまってるから、もう一度気持ちを整理するよ。」


「気持ちに整理がついたら教えろよ。咲樹にはいい具合に今日のことは楽しかったって言ってたということを伝えておく。」


 朔は良い奴だな。その日の夜は、咲樹の色っぽい表情や声や仕草を思い出してなかなか寝付けず、案の定エロい夢を見てしまったのだった。

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