4. 完全感覚Dreamer
中学三年生の夏。私はついにエレキギターにはまってしまった。朔はギターは向いてないということでピアノに方向転換をしたところ、メキメキと腕をあげている。
ピアノ・バーを経営している叔父夫婦はもちろん音楽に詳しく、私たちの音楽活動を大いにバックアップしてくれていた。
「咲樹ちゃんは、音楽を始めてから表情が明るくなったわね。」
叔母さんに言われて初めて気が付く。最近はなんだか気分がいい。ギターをある程度弾けるようになり、テンポが速い曲も上達した。演奏したあとの爽快感が病み付きになり、エレキギターを練習している現状だ。
エレキギターはちょっとこだわって、アコースティックギターを買ったお店ではなく、独立店舗の楽器屋さんで買った。
そのお店の人がギターのことを細かく教えてくれて、特別な一本を選ぶことが出来たと思う。色はまた焦げ茶色。ヴァイオリンみたいで格好良くて気に入っている。
アコースティックギターも素朴でいい音色だけれど、エレキギターは音の表情が増える。
去年、ギターを教えてくれた矢野さんに、エレキギターを始めた事と、エイリアンズを弾けるようになったことを報告するため、勇気を出してメッセージを送った。
本当はそれを口実にもう一度会いたいと思っていたけれど、彼は今、劇団に入って忙しい日々を過ごしているらしく、会うことはできなさそうだ。
彼らしく謙虚な文面のメッセージが返ってきて、レッスンは出来ないからということでおすすめの練習曲をいくつか教えてくれた。
中でもONE OK ROCKの完全感覚Dreamerは演奏後の爽快感が良い。
練習していると、いつもは物静かな私からは想像がつかない演奏風景だったらしく、朔が一番驚いていた。
「咲樹のホットフルでハートフルな人間性が出てきて面白いね。」
朔も歌うと熱が入る。朔の、少しハスキーな力強い声はこの曲にとても合っていて気持ち良かった。
「朔。私もドラムとベースを入れたくなってきた。」
「だろ?誰か誘うしかないな。とりあえず、この曲はバンドでやりたい。」
しかし、中学三年生は受験生である。一時の衝動で大事な時期を潰してはいけないことぐらい理解していた。それに、朔が志望校を私と同じ高校に変更したため、猛勉強が必要になってしまった。
音楽活動を自粛し、勉強モードに入ったのはいいけれど、勉強を教えるのは必然的に私だ。呼応して私も音楽活動を自粛し、受験勉強に時間を費やした。
「勉強、たくさん付き合ってくれて有難う。」
「急に何?気にしなくて良いよ。朔の一生懸命なところ好きだし。」
朔はニコッと笑ってまた苦手な問題に挑戦する。私も一緒の高校に行ったら楽しそうだな、って思っている。せっかくのバンド活動も、朔のボーカルでやりたい。一緒に受かろう。
そして迎えた秋。学校行事には必ず父が休みをとって参加してくれている。父は普段家にいないけど、毎日電話をして声を聞かない日は無いし、愛情は感じていた。そんな父と、久しぶりにゆっくりと顔を会わせたのは三者面談だった。
私の面談はすぐに終わったけれど、朔の面談は少し長引いた。家までの通学路を三人で一緒に歩く。
「こうして三人で歩くのも久しぶりだな。」
お父さんは嬉しそうに呟く。私は朔に、何で時間がかかったのか聞いた。
「志望校が合格ラインギリギリらしくて、今からでも変えたらどうかって言われてちょっと揉めてたんだ。」
先生の、無事に進学させたい気持ちは分かる。でも、実際に進学するのは本人だ。もう少し本人の意志を尊重してほしいと思うこともある。
「そしたら父さんが、息子が決めたことだから最後までやらせてほしいって言ってくれてなんとか収まった。マジであの先生、ギャフンと言わせてやる!」
お父さんはいつも、私たちがやりたいと言ったことも、辞めたいと言ったことも、意志を尊重してくれる。何でいろいろ反対しないのか聞いたことがあった。
「この仕事(救命医)をしていると、生きているだけでも尊いのに、可能性を否定する事がどれだけ勿体ないことかって思わされる。朔や咲樹の可能性と自発的な気持ちは尊重したい。それは患者の生命力を信じる姿勢と同じかもしれないな。
一応お父さんなりに話を聞いて、賛成できないことはちゃんと言っているつもりだよ。」
私はそんな父に密かに憧れていて、将来は医者になりたいと思っている。照れ臭いのでまだ家族には秘密だ。
その日は久しぶりにゆっくりとご飯を食べ、親子団らんの時間を過ごした。私と朔がお父さんに弾き語りを披露すると、とても喜んでくれた。
「受験勉強も、息抜きしながらやった方が捗るよ。悔いの無いようにな。」
私と朔は満面の笑みで頷いた。家族が揃うと、嬉しいし楽しい。お父さんは疲れているのか、ソファでうとうとし始めたため、早く寝るように促す。疲れてるのに、ありがとう。
朔はその日から、さらに闘志を燃やして勉強に励んだ。分からないところをすぐに教えてあげられるように、夜はリビングで一緒に勉強した。
「咲樹って要領良いよな。どうしたらそんなにぱっと覚えられるの?」
「要領良い?強いて言えば、勉強の仕方を練習したりしたかな。分からないところは徹底的に潰す。根本が分かってないと、また間違えるからね。なんとなくで流しちゃダメだよ?」
朔は分からない問題も、何度か解いて慣れれば理解できると思ってフワッと流していたらしい。学校も、問題の解き方じゃなくて、勉強の仕方を教えてくれても良いのにな。勉強の仕方は人によるのかな。
朔の偏差値はどんどん上がっていった。もともと集中力はあるし、ストイックな性格なのでやると決めたら突き進む。
「朔!お前、期末テストの順位、めっちゃ上がってたじゃん!」
「だろだろ?俺もやれば出来るんだなって嬉しくなっちゃったよ。まだ今の成績だと安心できないから、もうちょっと頑張らなきゃ。」
友達の尚君と話しているのが聞こえる。
「でも、一緒の高校行きたかったな。まぁ、進む道が違うなら、高校が違っても仕方ないけど。寂しいな。」
「いや、まだ分からないんだ。南校も併願で受けるから、東高が受からなかったら南校に行くかも。」
「そっか。でも、ちゃんと行きたい高校に受かって欲しい!応援してるからな。」
部活でやっていたフィストバンプをして楽しそう。
冬になり、ついに受験の日がやって来た。これで受かれば、エレキギターを解禁すると決めている。会場の張り詰めた空気。少し地面から浮いているような緊張感。これで終わるという安堵感。終了の合図までが、長いようであっという間だった。
回答用紙が回収され、帰り支度を始める。隣の席の男の子が消ゴムを落としたので拾ってあげた。
「はい。」
「あ、ありがとう。」
前髪が長くて顔がよく見えなかった。彼は消ゴムを受けとると、さっと筆箱に入れる。消ゴムをしまう時に、綺麗な長い指に目を取られた。
彼は筆箱を鞄に突っ込み、軽く会釈をして足早に教室を出ていく。人と話すの苦手な子なのかな。入学後に出会ったとしても、どの人か分からない気がする。
「咲樹!」
朔は廊下で私を見つけると駆け寄ってきた。
「けっこう手応えあったよ!やっぱ俺、名前に守られてる?」
朔のフルネームを片仮名で書くとサクラサクになるため、受験を控えた同級生からは握手を求められていた。何故かその流れで私もセットで握手を求められ、最近は忙しかった。
合格発表はインターネットで確認した。自分の番号を見るのが怖いので、お互いのを探し合う。少しの間があり、二人でハモった。
「あった!」
ハイタッチ&ハグをし、お父さんに電話をする。すぐには出なかったが、折り返しかかってきた。
「そうか、おめでとう!朔も咲樹も、よく頑張ったな!」
お父さんはとっても嬉しそうだった。たぶん、私たちが決めた目標を自分達で達成したということが嬉しいんだと思う。
その足で叔父さんたちの店に向かい、ついにエレキギターを解禁した。
「はぁ、生きてるって良いね!」
お父さんの言葉を噛み締めながら、完全感覚Dreamerを弾き語り(叫び)する。
「なんかこの歌、今回の朔のことみたいだね!先生に似たようなこと言ってなかった?♪あればあるで聞くが今はhold on!」
朔はニヤリと笑う。
「あの進路指導の先生、ギャフンと言わせてやれる!でも、俺はまだまだ、♪どうやったっていつも変わらない 壁を闇をこれからもぶっ壊していくさ!!・・・気持ち良い!」
叔父さんたちも笑いながら見ていた。ひとしきり演奏を終えて落ち着く。高校に入学したら、軽音部に入ろう、とか、部活まで一緒か、とか話ながら、家までの道のりは楽しかった。
軽音部に入ったら、バンドで完全感覚Dreamerを演奏することを約束した。
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