【殺伐姉妹百合】お姉ちゃんと私の殺人ループ【不死身姉×殺意妹】

テウテウ

第1話 初めてお姉ちゃんを殺しました。

ごっ、と強くものを打ち付けるような音がして、それっきりだった。

歩道橋の下には、女の子がひとり倒れている。わたしのお姉ちゃんだ。真っ赤な液体が、つぶれたトマトみたいにへこんだ頭からしみ出している。よっぽど打ち所がわるかったらしい。スイカ割りで叩き割られたスイカから、薄赤い汁がしみだしているときに、それは似ている。

 お姉ちゃんの両目は、どろりと濁ってもうなにもうつしだしていない。だらんと投げ出された手足は力を失っている。

 死んだんだ。

 わたしは思った。そしてそれは、わたしが人殺しになってしまったことも意味していた。


 どうしてお姉ちゃんを歩道橋から突き落としたのか、はっきりとした理由はわからない。だけど、お姉ちゃんのことが瞬間最大風速的に思いっきりこわくなって、思わずかっとなってしまったから……な気がする。

 その日、お姉ちゃんは私とおそろいの赤いランドセルを背負って、炎天下の帰り道を一緒に帰っていた。わたしのテストは四十点とか五十点で、恥ずかしいくらい劣等生だったのに、お姉ちゃんはというと全部百点満点だった。地味な顔のわたしにはないはっきりした二重を細めて笑いながら、その時はたぶん、好きな子の話をしていたと思う。わたしはクラスのM君という、サッカーをやっているかわいい顔の男の子が好きで、そんな話をしていた。そしたらお姉ちゃんは言ったのだ。

「M君ってあの子かあ。がんばってね」

「うん、がんばる」

「でも意外。りんねが男の子に興味あるなんて」

「興味くらいあるよ。四年生だもん」

「大人あ」

セミがじわじわ鳴く通学路を、六年生のお姉ちゃんと手をつなぎながら、歩いていく。ふと、疑問に思う。

「お姉ちゃんは、好きな人いないの?」

たわいもない、子供同士の恋の話。甘酸っぱい、ありふれた光景。

だけど、お姉ちゃんはちょっぴり本気みたいな、せつないような、見たことのないような顔で、わたしを抱きしめて。

「言っていい?」

そのまま、わたしにキスをした。

「わたし、りんねのことが一番好き」

「―!」

思いもかけないことに、全身の血液が沸騰する。次にやってきたのは、嫌悪感だった。なにこれ、きもちわるい。ファーストキスだってまだだったのに。なんでM君じゃないの?なんでお姉ちゃんがわたしをすきなの?

 頭の中が真っ白になって、目の前にいる女の子が―トワコお姉ちゃんがおそろしくなる。

「やっ…!」

声にならない悲鳴をあげて、わたしは歩道橋のてっぺんから、思いっきりお姉ちゃんを突き飛ばした。

 ごっ!

大きな音が鳴る。頭が割れて、脳味噌の汁が血と一緒に地面に広がる。わたしは思わず吐く。

そして、それが私がお姉ちゃんを殺した―一回目、だった。



 お姉ちゃんの息は完全に止まっていた。からだは冷たくて、血でべとべとだった。お姉ちゃんにおそるおそる触れたわたしの指先も、すぐに血で汚れた。

 最初、わたしはお姉ちゃんをゆさぶった。呼びかけた。それでも反応もなければそもそも脈も呼吸もないことに気付くと、私はパニックになった。

 どうしよう。人を殺しちゃった。お姉ちゃんを殺しちゃった。わたしは補導をされてしまうのだろうか。パパとママに嫌われちゃう?先生は?学校のみんなにはもう会えないのかな。お姉ちゃんだってきっとお化けになって…呪われる。

 わたしは泣き出した。つまらない自己保身で、ぼろぼろと涙をこぼしてしゃくりあげる。そのまま泣いていると、いつしか変な音がしているのに気が付いた。

 しゅわしゅわ…。

 サイダーが泡立つような、へんな音。やがて、その音がお姉ちゃんの死体のほうからしていることに気が付いた。

「―え…」

死体を見下ろして、びっくりした。

 お姉ちゃんの体が再生している。

 血液がしゅるしゅると体の中に吸収されて、はみ出した脳が少しずつ頭の中にもどって。やがて、へこんだ頭頂部も丸いかたちに戻っていく。嘘みたい。

 気が付くと、お姉ちゃんが「死んで」いた場所には、血をはじめとする死の痕跡なんてなにもなくなって、白雪姫みたいに眠るきれいなお姉ちゃんの体があった。

「あれ…?」

ふと、鈴の鳴るようなお姉ちゃんの声がする。お姉ちゃんが起き上がる。

「私、今までなにしてたんだっけ」

そのあと、お姉ちゃんは私の方を振り向いて笑ったのだ。

「おはよう、りんね。ちょっと寝てたみたい。…あれ、さっきの話のつづきだったよね。えっと…りんねが好きな男の子って、誰だっけ?」

腰を抜かしてへたり込んだまま、お姉ちゃんの顔を見て、目のまえがちかちかして…そのあとは、ショックを受けたわたしが気絶する番だった。

 それが、わたしの最初の殺人の顛末だ。そして、お姉ちゃんが最初に死んだ日のことだ。

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