監禁4日目
結局、昨日の内には、彼女を描き終わらなかった。
最初はそこまで凝るつもりはなかったのに、描いている内に細かい所までこだわりたくなってきて、つい時間がかかってしまったのだ。
だから、今日も彼女の絵を描き続ける。
少女は、飽きもせず絵のモデルをしている。
俺は手を動かしているからいいが、彼女はじっとしているだけでつまらないんじゃないかと心配になる。でも、彼女はバイト代も出ないのに、文句一つ言うことはなかった。
そして、昼食――いつものゼリーヨーグルトサプリ飯を終えて、小一時間くらい経った頃、ついに絵は完成した。
「できた!」
ペンを置いて、大きく伸びをした。
「……」
彼女が、四つん這いの格好でこちらへ身を乗り出してくる。
シャツの隙間から、胸の谷間がチラリと見えてしまい、俺は視線をそらす。
「どうだ? 言われた通り描いてみたけど……」
液タブを半回転させて、彼女の方へ向けた。
本当は描きたいから描いたのだ。
でも、およそ半日以上も女子高生を凝視していたという事実が急に照れくさくなって、彼女のせいにした。
(彼女にまで酷評されたら目も当てられないな)
不安だった。
自分では悪くない出来だと思うのだけれど、他人に評価してもらえる自信はなかった。
彼女はじっと液タブを見つめている。
時間としては、カップラーメンもできないくらいの僅かな間。
もどかしい数分が過ぎる。
やがて、俺の方を見て、口を開いた彼女の第一声は――
「服を脱いで」
だった。
(なんで!?)
予想外の言葉に、俺は面食らう。
もしかして、怒らせたのだろうか。
絵の出来が悪かったのか。
やっぱり、俺の作品なんて、誰の心にも届かないのか。
でも、だとしても、俺の服なんか脱がせてどうしようというのか。
「えっと、服を脱げと言われも、それは難しいんじゃないか。その、鎖に引っかかるから」
内心の葛藤を押し隠して、そんな当たり前の懸念を口にした。
「そう。それじゃあ」
少女は包丁を左手に持ち替え、ブレザーの胸ポケットから右手で鍵を取り出す。
包丁を俺に突きつけながら、もう片方の手を首輪に伸ばし、
「――これで脱げるでしょ?」
あっさりと鎖を外す。
「わ、分かったよ」
着ていたシャツを脱ぐ。
よく考えたら、数日間同じ服を着ていた。
春と夏の中間くらいの今の時期は、気温的にはちょうどいいので、そこまで汗は掻いてないはず。でもやっぱり、女子高生と相対するには、不潔な格好と言わざるを得ない。
「下も」
彼女は無慈悲に要求する。
「下も!?」
諾々と従った。
まずはジーンズを、それからパンツを脱ぐ。
それでも最後の抵抗で、股間だけは両手で隠して死守した。
「こっちに来て」
少女は俺の方を向いたまま、後ろ歩きで俺を先導する。
部屋を出ると、彼女は俺の後ろについた。
そのままグイグイと、浴室へ押し込まれる。
(もしかして、風呂場で俺を殺して解体するつもりか!?)
そんな恐ろしい想像が脳裏をよぎる。
「入って」
「えっと、風呂に? いいのか?」
「……」
少女は頷く。
どうやら俺の考えすぎだったようだ。
素直に浴室に足を踏み入れ、扉を閉める。
ちゃんとシャンプーとボディーソープが準備されていた。
身体はベタベタしているし、頭も少しかゆい。
入浴できるのは素直にありがたい。
シャワーの蛇口をひねる。
それとほぼ同時に、脱衣室から衣擦れの音が聞こえてきた。
(えっ、まさかこれは――)
俺の思考がまとまるより早く、ガラガラと浴室の扉が開いた。
風呂の鏡に少女の姿が映し出される。
言うまでもなく、彼女は俺のような全裸ではなく、スクール水着を着ていた。
当然、マスクをしているし、包丁も右手に持っている。
漫画でよく見るワンピース型のスクール水着ではなく、上下分離型のセパレートタイプだ。体操服を水着の素材に変えて、肩から先の袖を切り取った形といえば分かりやすいだろうか。
何となく、今時だと思った。
(これは、これで――アリだな)
確かに昔のスクール水着の方が煽情的ではあるが、野暮ったい今のタイプも、ティーンエイジャーの素朴さが強調されて良い。
「頭から? 身体から?」
もしかして、洗う順番のことを聞いているのだろうか。
「あの、自分で洗えるけど」
「いいから」
何がいいのか分からないが、彼女は断固俺の身体を洗うつもりらしい。
「えっと、じゃあ、頭からで」
おずおずとそう答える。
刺されるのは嫌だし、下手に抵抗して彼女の機嫌を損ねて、入浴の権利を没収されるのもばかばかしいと思ったのだ。
「そう。じゃあ、目を瞑って」
言われるがままに目を瞑った。
コトンと、何かを置く音がする。
多分、包丁だろう。
少女の指が、頭皮をまさぐる。
どうにもその手つきはぎこちない。
もちろん、日頃髪を切ってもらっているプロの床屋と比べて下手なのはしょうがない。
でも、そういう事情を加味しても、彼女はどうやら不器用なようだ。
しかし、それでも一生懸命に、俺の頭皮の汚れを落とそうと頑張っている。
力を入れすぎて、痛い時もあるけど、文句は言うまい。
(もしかして、これは絵を描いたご褒美なのだろうか)
そんなことを考える。
だとすれば、彼女は俺の絵に、納得してくれたということか。
もしそうなら、素直に嬉しい。
熱いシャワーの小気味いい感触が、シャンプーと共に頭の汚れを落としていく。
再び目を開ける。
「次は身体」
「えっと、それじゃあ、上半身だけで。下は自分でやるから」
俺は強めの口調でそう主張する。
虜囚の身でも、守りたい一線はある。
「……そう」
彼女はなぜか少し残念そうにそう呟いた。
やがて身体を洗い終えて、俺が湯船に浸かると、彼女は浴室から出て行った。
それからしばらくして、脱衣所からゴゥン、ゴゥン、ゴゥンと、重々しいモーター音が聞こえてくる。
(俺の服を洗濯してくれてる? そういえば、洗濯機があったな。俺が前持ってたのは捨てたし、彼女が買ったのか? だとすれば、お金はどこから?)
考えども答えは出ない。
(っていうか、よく考えたら、家族以外の女性に裸を見られたのは初めてなんだよな。それが、こんなアブノーマルな状況なんて……)
頬が火照るのを感じる。
湯船に浸かっているせいか、体調不良がぶり返したのか、それとも――。
浮かんでは消える様々な想像を振り払うように、両手ですくったお湯を顔へとぶつける動作を繰り返す。
身体が十分に温まり、俺は湯船から上がる。
水気を軽く払ってから、扉を開けた。
「――うおっ! いたのか」
無音で佇む少女に、慌てて股間を両手で隠す。
「バスタオルと着替え」
少女が腕に抱えた衣類を投げ渡してくる。
「ああ、助かる――って、なんだよこれ……」
それらを受け取り、広げた俺は、絶句した。
バスタオルに、シャツに、パンツにズボン、その全てに俺の作品のキャラクターがプリントされている。
「だから、バスタオルと着替え」
「そういうことじゃなくてさ……」
自作のヒロインの肌色バスタオルで身体を拭き、マスコット柄のパンツを穿いて、主人公がプリントされたTシャツとライバルキャラのズボンを寝間着にする漫画家。
すごく嫌だ。
めちゃくちゃナルシストっぽい。
「? サイズは合ってるはず」
少女が小首を傾げる。
「他のデザインのやつは? 俺のキャラがプリントされてないのなら何でもいいから」
「そんなものはない」
少女は即答した。
「そうか……」
奥歯を噛みしめて、バスタオルで身体を拭く。
肉体的な虐待は覚悟していたが、まさか精神的な陵辱を繰り出してくるとは。
かなり恥ずかしいが、かといって他に服はないのだからしょうがない。
(ええい、くそ。痛々しくても服としての機能に大差はない)
自分自身にそう言い聞かせ、俺はそそくさと服を着こんだ。
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