第55話


「あひっ…やめてっ…殺さないでっ…」


かろうじて意識を保っている最後の一人が、涙目になって俺にそう命乞いをしてきた。


俺はすぐ近くに気絶して転がっている三人をチラリと見えてから、目の前で跪いている男を見下ろした。


「安心しろ。殺しはしない」


「…!」


男の目に希望が灯る。


「だが、質問に答えてもらう。答えない場合は…命の保障はできない」


「なんでもっ…なんでも答えますっ…だから命だけは…っ」


「よし」


男は本気で絶命の恐怖に怯えているように見えた。


これなら嘘をつくこともないだろう。


「お前に聞きたいことはただ一つだ。雇い主の名前を答えろ」


「…っ」 


男が一瞬固まった。


俺から目を逸らして、逡巡するようなそぶりを見せる。


「そうか。答えたくないか」


俺は脅しで手を振り上げた。


すると男は悲鳴のような声を上げる。


「待て待て!!答えるっ…答えるからっ!!殺さないで!!」


「殺されたくないのならさっさと吐け。雇い主の名前を」


「か、カテリーナだ!!王女に俺たちは雇われたんだ…!」


「…やはりか」


予想違わず、こいつらを消しかけたのはカテリーナだったようだ。


千里眼で俺たちが宿に入ったのを観察していて……

夜間に寝込みを襲って仕留める魂胆だったのだろう。


だが、甘い。


よほどの達人でない限り、殺気を纏った人物が接近していたら俺は寝ていても気づく。


そういうふうに…かつて訓練されたからだ。


「おいカテリーナ!」


俺は頭上を見上げていった。


視点を上空に固定して、空から地上を観察することのできる千里眼の魔法。


おそらく今現在もカテリーナは俺のことを監視していることだろう。


「残念だったな。この程度の連中に、俺は殺せない」


「…?」


殺し屋の男が、何をしているんだという目で俺を見ている。


俺は構わずに、おそらく俺を見ているだろうカテリーナに語りかける。


「寝込みを襲えば殺せると思ったんだろうが、無理だぞ。お前に俺は殺せない」


これ以上、雑魚をけしかけてこられても面倒なため、俺は釘を刺しておく。


「俺は新田とともに必ずお前の元に行く。そしてお前に送還の儀を行わせる。お前が大人しく俺たちを送還すれば、俺はお前に一切危害を加えない。他のクラスメイトたちも俺の知ったことではない」


カテリーナに、俺が他のクラスメイトを助けようとしていると誤解されることは厄介だ。


カテリーナの目的は、あくまで強力なスキルを持った日本人を兵器として運用すること。


俺と新田がいなくても、他の連中さえ手に入ればそれで満足するかもしれない。


そう考えて、俺はカテリーナにわざわざこうして自分の意思を伝えた。


「ま、こんなところか」


言いたいことを言い終えた俺は、残った男に向き直る。


「い、依頼人の名前を吐いたら、殺さないって約束だろ!?」


「…安心しろ。約束は守る。俺は、お前を殺さない」


「…っ」


俺はそう言って踵を返して路地裏を後にする。


背後から安堵の吐息が聞こえてきた。


「俺は、殺さないだけだ…おそらく依頼人の名前を吐いたお前は…」


カテリーナに殺されるだろう。


だが、それを俺があいつに伝える義務はない。




「…っ…舐めやがって…あの小僧…!!」


王城の一室で、カテリーナが憎しみの言葉を吐いた。


彼女の前の机には、透明な魔水晶があり、そこに一ノ瀬快斗の姿が写っていた。


千里眼の魔法で、空の視点から快斗を映し出しているのだ。


「他のクラスメイトを差し出す代わりに私が大人しくお前たちを日本に帰すとでも…?」


カテリーナがこめかみをひくつかせながら、呪詛を吐く。


「そんなわけないだろうが…お前は…王族である私を侮辱した…生かしては返さない…ここで…死んでもらいます…!」


カテリーナは譲歩するつもりなどさらさらなかった。


自分の腕を切り落とした一ノ瀬快斗を、自らの手で殺すつもりだった。


「一ノ瀬快斗…あなたはたとえ捕らえたとしても、兵器として飼ってすらあげない…お前には…考えうる限り最大の痛みを与え、この世の地獄を味あわせてから殺してやる…だが、その前に…」


カテリーナは千里眼の魔法による映像を写している水晶に視線を移す。


そこには、宿敵を殺せず、あろうことか依頼主の名前まで吐いて生き残っている四人の殺し屋たちの姿が写っていた。


「役立たずを殺しておきましょうか」


カテリーナの姿が消えた。


役立たずの四人を始末するために、快斗が去った後の路地裏に転移したのだ。

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