第23話 神崎沙綾の月曜日
日常的な寝不足(お隣さんに彼女ができたのはおめでたいと思うけどね!)に合わせて、早起きしてお弁当を作ったこともあって、帰りは車に乗った途端睡魔に襲われてかなりやばかった。それでも、サービスエリアまではなんとか寝ないで頑張ったものの、夕飯を食べたらもう……落ちた。
自分が男の人と二人っきりの空間で、まさか寝落ちするとは思わなかった。それだけ眠かったのか、それとも昴のことを信頼できるくらいには慣れたのか。
まぁ、デートは控え目に言っても……楽しかった。
少しばかりスキンシップが多かったような気もするが、さすがモテるイケメンは手を繋ぐのも自然で、無理矢理!とか、いかにも!という雰囲気は微塵もなかった。最初に手を繋がれた時は硬直したものの、少し力を入れれば離れるくらいで、離れたり繋いだりを自然と繰り返しているうちに、沙綾も全く気にしないようになっていた。
5時間の力作(一口コンロの為、一品づつしか作れなかっただけ)のお弁当も、沙綾が引くくらい沢山食べてくれた。料理をする度美味しいとは言ってくれていたが、お弁当は心底気に入ってくれたようで、だし巻き卵を頬張った時のイケメンの無垢な笑顔に、こんなに喜んでもらえるのなら、たまにはお弁当を作ってもいいかもしれないと、沙綾のやる気スイッチが連打されまくったくらいだ。
牧場もトリックアートミュージアムも、デートというよりもはや遠足で、体力MAXまで消費してしまった沙綾が、帰りの途中までは起きていたのが奇跡だったのかもしれない。
昴に揺り起こされた時にはすでにアパート前で、本当に昴には申し訳なかったと思う。予想していた帰り時間よりも一時間くらい遅い帰宅だったから、沙綾が寝ていた時に渋滞でもあったのかもしれない。(渋滞はありませんでした。昴がロマンチックな夜を演出しようと、夜景が綺麗に見えるスポットに寄り道をしたのだが、沙綾が全く起きなかったから泣く泣く帰ってきたのだった。もちろん、初チューも断念)
少しばかり疲れが残っているものの、車で爆睡できた沙綾はいつもの起床時間にパチリと目を覚まし、ここ数日の日課になっているスマホのラインチェックをする。
【昴】おはよう。きちんと起きれたかな。昨日は凄く楽しかった。沙綾ちゃんの弁当も神だったし。あの弁当食べたし、一週間仕事も乗り切れる気がするよ
会社まで近いのだから、もっと寝ていても良い筈なのに、昴の朝はいつも早い。沙綾が起きる前にいつもラインが入っているのだ。
【沙綾】おはようございます。昨日は運転お疲れ様でした。お弁当くらい、いつでも作りますよ。次は近場でピクニックもいいですね
いつもはスタンプで返す返信も、今朝ばかりはきちんと文章で返す。しかも、次のデートのお誘いにも見える内容でだ。沙綾的には、あまり遠出も昴の負担になるだろうと思っただけなのだが、この文面を見た昴のテンションが爆上がりしていたことを沙綾は知らない。
【昴】じゃあ来週!
【昴】ああァァッ! 来週は出張だったァ(TдT)
【昴】再来週、再来週は絶対、ピクニックデートだね
【昴】ね、沙綾ちゃん?
【昴】もしもーし
この時沙綾は出勤の仕度をしており、ラインの通知音が鳴っているなと思いながら、すでに定番な感じでスルーしていた。
★★★
「ねえ、ねえ、あれ見た? 」
「浅野さんのでしょ?! 」
「見た見た見た」
一週間前と全く同じ状態にデジャブを感じる。
相変わらずトイレで昼休憩していた沙綾は、コーンスープの缶をコクコクと飲み干して聞き耳をたてた。
「はぁ、やっぱり彼女なんだ……」
「ショック。私、浅野さんのこんな優しそうな顔知らないもん」
「そりゃあんたにはそんな顔見せないでしょうよ。なんかさ、すっごく仲良さげだったよね」
「これ、見えないけど、絶対に手とか握り合っていちゃついてる写真だよね」
「この距離感は間違いないよ」
「もう結婚秒読みって感じ? 」
え?
もしかして昨日のデート写真が出回っちゃってるとか?!
沙綾は昨日のデートを思い出して、あれがバレたのかと思って血の気が引いていく。トリプル格差恋愛(財産、顔面偏差値、性格)の自覚は多大にある。昴に本気に恋する女性が多いことも、こうしてトイレに籠もっているとよく耳にした。ザ•平凡を体現している沙綾が、あの万年モテ男の昴の彼女とか、刺されてもおかしくない案件ではないか。刺されなくても、嫌がらせの雨霰が予想できて……。
「あ"~イケてる未婚の男が世の中から減って行く〜ッ! 」
「結婚するなら私がしたかったァ〜ッ! 」
「まぁまぁ、まだ結婚するとは決まってない訳だし」
いくら人があまりこない階の女子トイレとはいえ、さすがに騒ぎすぎではないだろうか?
先週の女子社員とは声が違うが、彼女達はテンションがかなり上がっているらしく、絶叫しつつ地声でギャーギャー言っている。いつも男子社員の前で出すあの鼻にかかった高い声はどこへ行ってしまったのやら。
それにしても結婚?
確かに昨日は手を繋いで歩いていたけど、まだ付き合うことになって一週間もたっていない。いきなり結婚って、何でそんなことになってしまったんだか。
「私、最後にきっちり告白しようかな」
「止めときなよぉ。玉砕するのわかってるのに傷つくことないって。そりゃあんたは自分に自信があるかもしれないけど、さすがに無理じゃない? 」
「やってみなきゃわかんないから!究極身体からだって。顔も身体もその為に磨き上げてるんだもん。いくら美人でも、子持ちの年増なんかに負けないんだから! 」
「はいはい。みんなあんたの虜だよ。それにしても噂のモデル似の彼女が、まさか本物だったなんてね」
「本業弁護士でしょ」
「美人で才女とか、意味わかんない。しかもうち一番のイケメンをかっさらってくとか、どんだけよ」
あれ? 梨花姉ちゃんの話してない?
「若さなら勝てるわ! 美貌は……近差かもしれないけど」
「結菜、あんたほんとポジティブ」
「そりゃね、秘書課の海千山千の魔女達を相手にするには、ネガティブじゃやってられないのよ」
鼻息荒い秘書課の結菜さん……
今は寺井はどうでも良い。
また梨花との噂が回っているのはこれいかに? しかも話が進展しているようだ。
彼女達が言っていた写真とは?
沙綾はスマホで梨花を検索した。色んな情報の中、数枚の写真に辿りついた。ムーディーなバーのような場所で頭を寄せ合って談笑する男女の写真。
二人共横顔だが間違えることない昴と梨花のツーショットだった。しかも、昴の笑顔がいつもの爽やかイケメン風の万人にむけているものではなく、甘く蕩けたような自然と溢れた笑みで、沙綾の心臓がズキリと傷んだ。
その写真に集中していたせいか、気がついたらトイレは静かになっており、結菜達女子社員は化粧直しを修了して出て行った後だった。
昨日、健全なデートを楽しんでいた昴と、こうして大人な雰囲気でしっとりとデートする昴。どちらが昴の本命かなど、昴の表情を見れば一目瞭然だった。友達兼恋人、取れるのは友達ではなくて恋人の方のようだ。
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