推理は華麗の如く〜臨海図書館司書 嶝楓一郎〜

VAN

episode1 レインボーダイヤ編

#1

世界各地には「名探偵」として後世まで語り継がれた者たちがいた。全世界共通のシャーロック・ホームズやエルキュール・ポアロ。一方で日本にも明智小五郎や金田一耕助、神津恭介や銭形平次がいた。しかし、ほとんどは小説の中の話であり、実際の探偵の仕事と言えば浮気調査やペット探しなど陳腐な依頼ばかりで難事件を解決する格好いい姿とは程遠い。しかし、この世には人知れず事件を解決している名探偵が存在する。彼は「推理屋」と呼ばれ、事務所を持たず依頼人は刑事ばかり。縁の下でひっそりと難事件を解決していたため後に「最も影の薄い名探偵」と呼ばれた。これは僕が助手として体験したある一人の図書館司書が持ち前の観察力と知識量、記憶力、推理力を武器に難事件に挑むちょっと変わった事件簿である。



2021年12月15日 某結婚式場

「それでは新郎新婦のご入場です。」

この日、下沼夫妻の結婚式が執り行われた。ブーケ・トスを行った後、披露宴の会場にて新郎新婦が入場してきた。招待客は拍手で二人を迎え、会場は拍手喝采でいっぱいになった。拍手に包まれながら入場してきた新郎新婦は用意されたテーブルに二人仲良く座った。その後二次会が進み皆の酔が周ってきた頃事件は起きた。

「それにしても吉成お前、本当可愛い奥さんもらったよな。」

「全くだよ、しかも高校の同級生らしいじゃないか。」

「羨ましいやつだぜ。」

幸せそうに微笑む新郎に招待客にも笑みが溢れる。すると突然新郎がもがき出した。

「あっ、ぐぁっ、がぁー。」

異変に気がついた招待客を他所に新郎は終始悶え苦しみながら近くのテーブルに倒れ込み、そのまま床に転げ落ちていった。

「おい吉成、大丈夫か?。」

招待客の一人が新郎を仰向けにすると口から泡を吹いていた。男性は瞬時に新郎が既に死んでいることを感じ取った。

「うわっ、あっ、あーっ。」

男性は驚きのあまり後ろに倒れてしまった。その悲鳴を聞いた他の招待客もざわつき始める。騒ぎの中、新郎の指輪は綺麗な紅色に染まっていた。




10日後 2021年12月25日 クリスマス

 今日はクリスマス、街やお店もクリスマス一色に染まっている。クリスマスといえばカップルがライトアップされたクリスマスツリーやイルミネーションを見てイチャイチャしたり、家族みんなでケーキを食べたり子供がサンタからのプレゼントに胸踊らせたりする一大イベントである。しかし、あえてもう一度言おう、しかしバレンタインやらハロウィンやらクリスマスやら、そういったイベントは独り身の人間にとっては全く関係のないこと。むしろそういった記念日が大嫌いだ。


僕の名前は神内惑斗、創成大学現代学部の一年。冬休みに入り、新しいバイトを始めた僕は例にも見ない図書館司書なるバイトを見つけ、ここ東京都立臨海図書館でバイトをすることにした。仕事内容は本の整理や貸出、返却の手続きと至って簡単な作業だ。これは後でわかったことだが時給1050円とかなり高く、我ながら良いバイトを見つけたと思う。クリスマスに一緒に過ごす人もおらず、これと言って何かをする予定も無い。そんな僕は今日も一人寂しく本の整理をしている。


しばらくすると男性と女の子の親子連れがカウンターを訪れた。カウンターではある一人の司書がパソコンを弄っていた。

「すみません、この本を借りたいのですが?。」

「はーい、いま行きます。」

親子の呼びかけに気付いた男性司書は振り返り、タイヤの付いたキャスターを滑らせながらカウンターに近づいてきた。女の子から本を受け取った男性司書は裏のバーコードを機械で読み取り、貸出の手続きを行う。

「クリスマスに娘さんとお出かけですか。良いですね〜。」

「えぇ、まぁ。仕事が一段落したもんですから。」

「なにか大きな事件が解決したんですね。」

「そうなんですよ。今回の山は少し厄介な事件でして……。」

話している途中でなにかが引っかかった様子の男性。

「ちょっと待て、なんで俺が刑事だって分かったんだよ。」

そう、彼は話す前から男性が刑事であることを知っていたのである。

「入って来られた時からなんとなく。着慣れてない私服に履き慣れていないスニーカー、目の下にこびり付いた隈に他者を見る時の鋭い眼差し。これらの情報を元に推測すると普段はスーツに革靴が当たり前、徹夜が多くあまり自宅には帰れず、常に他人を観察する仕事と言えばそう多くはない。」

「極め付きは娘さんと本を選んでいる時の顔がとても嬉しそうだった。これらの事柄からあなたは警察官であると推理した訳です。」

「どう?当たってたかな。」

「うん、わたしのパパは刑事さんなんだよ。」

男性は女の子に答えを聞くと女の子は嬉しそうに答えた。すると刑事の視線は男性が付けていたネームプレートにいった。

「あの、山へんに登と書いてなんと読むんですか?。」

「あぁ、さかみちと読みます。私の名前は嶝楓一郎と言います。」

「その漢字一つで嶝って名字珍しいですね。」

「そうなんですよね。なのでよく聞かれます。」


あの人は嶝楓一郎、臨海図書館に配属されて三年目。配属されて一週間で図書館にある本、倉庫にある物も含めた約五万冊を全て読破した男。優しく、穏やかな性格な上に博識で記憶力が良くて観察力もある。僕には無いものばかりを持っている少し変わった人である。唯一の共通点はミステリー小説が好きということ、よく一緒に犯人を推理し合うのだがいつも先に楓一郎さんに犯人を当てられてしまう。



そこへ本の整理を終えた惑斗が戻ってきた。

「あれ、刑事さんじゃないですか。こんな所で奇遇ですね。」

その声のする方向を見た刑事は少し嫌な顔をした。

「あっ、またお前か。もう勘弁してくれよ。」

「いや、僕はただここでバイトしてるだけですよ。」

二人の会話を聞いていた楓一郎は頭の中である疑問が浮かんだ。

「お二人はお知り合いなんですか?。」

「いや、知り合いって程じゃねぇーけど。事件が起きる度にこいつがいるんだよ。」

刑事のその言葉に楓一郎は興味津々。

「神内君は探偵か何かなんですか?。」

「いやいや、そんなんじゃないですよ。ただ小学生の頃から僕の周りで事件や事故が起きやすいんですよ。」

「こいつ今月は既に5、6件くらい事件に巻き込まれてるんだよ。」

刑事が嫌そうに話す一方でその話を聞いていた楓一郎はニヤニヤが止まらなかった。

「この間だって僕が姉の代わりに出席した結婚式で新郎が殺害される事件があった時も真っ先に僕が疑われたんですよ。」

「当たり前だろ。こう何件も事件に関わってくる奴なんて怪しすぎるだろ。まぁ今回も安定のシロだったがよ。」

「なんでちょっと残念そうなんですか。」

新郎が殺害された事件、楓一郎もそのワードに聞き覚えがあった。

「その事件、私も新聞で拝見しました。確か死因は毒物を飲んだことによる心臓麻痺と書かれていましたが。」

「あぁ、ただ被害者が飲んでいたワインや料理からは毒物は検出されなかった。」

事件の話になった空気を察した刑事がお茶を濁す。

「おっと、これ以上は捜査情報なんで話す訳にはいきません。」

「パパ、わたしお家に帰りたい。」

娘が退屈そうに刑事にゴネ始める。刑事はそれを悟って図書館を出ようとする。

「じゃあ、悪いがここで失礼させてもらうよ。この後、娘と一緒にケーキ買って帰んなきゃいけないんでね。」

そう言うと二人は仲良く手を繋ぎながら図書館を後にした。

「行っちゃいましたね。」

「神内君、彼はきっと近い内にまたここを訪れるはずだよ。」

楓一郎の発言に首を傾げる惑斗。

「えっ?それどういう意味ですか。」

惑斗の質問に楓一郎は無視しながらまたパソコンを弄り始めた。

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