#15 カーミルの真実
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側近としてライード国王を支えてきたダーギルは、誰よりもカーミル王子を嫌っていた。開放的な政策から、競馬、そして女性関係まで。我慢の限界に達した彼は、絶対に明かしてはならない「カーミルの真実」を、本人に突きつける。
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その夜。
ダーギルは自室で目を閉じ、過去に思いをめぐらしていた――。
わがカフダン家は、ムタイリー家に絶対の忠誠を誓い、代々側近として仕えてきた。この国をひとつにまとめ、民を導き得る力があるのはムタイリー家以外にないと信じて。
私自身、物心ついたころから従僕として仕え、歳を重ねるとともにひとつ、またひとつより重い職へと登用され、若くして国務大臣の地位へと登りつめた。実質、王国のナンバー2。国王の右腕として、私はいかなるときもライード国王を支えてきた。
かつてのように西欧に搾取されないためには、ばらばらの民が一致結束し、国家とならねばならない。軍備の増強も当然必要だ。そして隣国との強固な協力関係を築き、より大きな勢力圏を形成することも。
そのために、私は手段を選ばずどんなことにも手を染めてきた。
かつて辺境の地で頻発した村や遊牧民に対する襲撃事件。闇社会の住人たる外国人一味に金を渡し、反王族の蜂起と見せかけて同胞を襲わせたのは、この私だ。私の一存だった。だがそのおかげで、事件が起きるたびに軍隊は大きくなった。わが国家は、少しずつ強くなっていったのだ。
私はあの日のことが忘れられない。30年近くまえのあの日の、ライード国王の決断を。国王の考えのすべてを聞かされたとき、私はその非情なまでの決意に、この国に対する熱き思いに、胸がうち震えたのをいまでも鮮明に覚えている。
それなのに……。
ダーギルはかっと目を見開いた。もう放ってはおけない。
大臣のなかでただ1人、王族の私邸内に部屋を持つことを許された男は、静かに自室を後にした。
― * ― * ―
ドアをノックする音がし、カーミルは「誰だ」と声を上げた。
「ダーギルです」
こんな夜遅くにいったいなんの用だろう? 不審に思ったものの、「入りたまえ」と答えた。
ドアが開き、表情の読めない男が姿を現した。「さすがの国王も、ご立腹の様子でしたな。大いに反省すべきです、王子」
「わざわざそんなことを言いに来たのか」カーミルが睨みつけた。だが、ダーギルは一向に気にする様子もなく、勝手にソファに腰を下ろした。
「たまにはじっくり話をしましょう。今宵はよい機会だ」ダーギルは仰々しく足を組んだ。
「おまえと話すことなど、ひとつもないと思うが」これまで見たこともないほど尊大なダーギルの態度を不審に思いながら、カーミルは答えた。
「互いに相容れないことは百も承知の上です。だからこそ、腹を割って話せるというものだ」
不穏な静寂が降りた。カーミルは微動だにしなかった。話したいのなら、おまえが話せと言わんばかりに。「率直に言えば、私は王子のなすことすべてが許しがたい。観光立国や金融センターをめざすというが、われわれが過去、欧州をはじめとする国々に食い物にされてきた歴史をお忘れか。この土地には天然資源がある。なにも欧州各国に媚を売るような国家にしなくとも、われわれだけで十分にやっていける」
「資源はあと数十年でなくなるんだ。私はその先を考えている」
「だからこそシャルジャーン国との関係を強化するのです。あの国は国土も広大で、資源の埋蔵量もわが国の比ではない。海路の要衝でもある。それなのに、王子はその関係づくりを危うくするところだった。国王以下、われわれがどれほどの努力を払い、あなたとハナーン王女との結婚話をまとめたか、おわかりになっているのか」ダーギルはいつの間にか身を乗り出していた。
「だが、なんのビジョンもなくシャルジャーンとの関係を強化したころで、属国になり下がるだけだ。それでもかまわないというのか」カーミルは語気を強めた。
「万が一そうなったとしても、王家の存続は保証されます。異文化の連中にこの国を荒らされることもない。われわれは文化と伝統を守り、民族の尊厳を保つことができる」
カーミルは笑った。「私はこの国をイギリスやアメリカに変えようとしているわけではない。欧米の二番煎じの国を砂漠の地につくったところで、わざわざ飛行機や船に乗ってまで観光しにやって来るわけがないだろう。だが世界に目を向けなければ、これからは取り残されるだけだ。衰退していく一方になる」カーミルはこれまで何度も繰り返してきた実りのない議論に、うんざりしながら答えた。「おまえの考え方は古いんだよ、ダーギル」
最後の一言が、ダーギルの怒りの炎に油を注いだ。これまでに何度も考えをあらためさせようとしてきた。だが、やはりカーミルに見切りをつけるべきときが来た。もう我慢の限界だ。
「私はあなたのやることをただ嫌っているわけではない。あなたという人間に好き勝手されるのが許せないのだ」ダーギルの目が危険な光を帯びた。「……なぜなら、あなたが正統な王子ではないからだ」
「アンセルの真似か? 笑えない冗談だ」
「冗談などではない。そのアンセルのほうが、まだ王子に近いと言える。あなた自身が認めたはずです、アンセルが国王に似ていると。ひるがえって、あなたご自身はどうか」ダーギルはあえて間をとった。「あなたに国王の血は流れていない」
カーミルはわが耳を疑った。この男は何をばかなことを言っているのだろう。気でもちがったのか? どす黒いまでに顔を赤くし、言い切ったとばかりにいきりたつダーギルの顔を、カーミルはまじまじと見つめた。
「国王と王妃のあいだに生まれた第一子、つまり本当のカーミル王子は、1歳を過ぎたころ不慮の事故で亡くなられた。国王も王妃も私も、悲しみに暮れている余裕はなかった。シャルジャーン国第1王女との結婚の契約がご破算になってしまうことを怖れたのだ。そこで国王はご決断された。王子の死を伏せ、同じ年頃の子どもとすり替えることを」ダーギルはカーミルを凝視し、宣告した。
「それがあなただ」
カーミルの驚いた表情を目の当たりにして、ダーギルは溜飲が下がる思いがした。
いままで私に反目しつづけてきたおまえに、ついに鉄槌を下してやった。本来なら、正統な血を引くマームーン様が生まれた時点で、おまえはこの世から消えてもらう予定だった。事故か何かに見せかけて……。マームーン様の出産で王妃は不運にも亡くなったが、秘密を知る者は少ないほうがいい。
のちに生まれたシャルジャーン国第1王女との結婚相手は、マームーン様なのだ。それこそが正統な血筋を伝えるための計画だったのに。だが国王は、いざとなって怖じ気づいた。ならば私が、この国の行く末を誰よりも憂慮しているこの私が、勘ちがいもはなはだしいこの男に、分をわきまえさせてやる。
「たわごとだ。おまえの言うことなど、信用できるものか」カーミルはそう答えるのが精いっぱいだった。
「ならば、国王に確かめられたらよろしい」ダーギルは立ち上がると、ドアへと向かった。
眠れぬ夜を過ごすがいい、偽りの王子よ。
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