第14話 身代わりかくれんぼ②


 この神社について僕は今日までほとんどの事を忘れていた。


 まるで記憶から消えてしまっていたような不思議な神社だが、これでだいたいの事を思い出せたような気がする。


 失くしていたパズルのピースを見つけたようなスッキリとした気持ちよさだった。


「身代わりかくれんぼをした時も、たしか僕が鬼だった気がするなぁ」

「確かに優君は鬼やってたよ。私が見た時、形代を付けてなかったのは優君だけだったから」

「恵里香が見つからなかった時もだし、オレの記憶だと他で遊んだ時も優人はなんかいっつも鬼だった気がするな」

「アタシもそんなイメージある」

「俺もだ。優人ジャンケン弱かったんじゃないか?」


それから誰からともなく起こった笑いは、全員に伝染して、僕たちはしばらくお腹を抱えて笑った。


 こうして皆で笑っていると、まるで本当に小学生の頃に戻れたみたいに感じた。


 それから、しばらく笑いあったあと「かくれんぼしてみる?」といたずらっぽく言う恵里香に一真が乗り掛かったけれど、神奈が制服が汚れるから嫌だと猛反対して、ついでに木々の隙間から見える空が夕焼けに染まってきたのが見えて、暗くなってしまう前に帰ることになった。


 皆で名残惜しむようにゆっくりと住宅街まで戻り、後はそれぞれの家に向かって別れる。


 まず翔也が、次に神奈と一真が、そうして僕は今恵里香と二人で歩いていた。


 上機嫌そうに肩を揺らして歩いている恵里香。


 元々色白な肌は日傘で上手くカバーしていたのか、今見ても少しも焼けてしまったようには見えない。


 僕のために誘ってくれた外出で、普段から気を付けているだろう肌が焼けてしまわなかったことに少しホッとした。


「今日はありがとうね、恵里香」

「ふふ、どうしたの急に?」


意識していなかったけれどお礼が自然と口を突いて出た。


 急にお礼を言われた恵里香は戸惑う事なく微笑んでくれる。


 その柔和な笑みは見ているだけで僕を安心させてくれた。


「恵里香のおかげで明るい気持ちを取り戻せたからさ」

「そっか……優君の役に立てたならよかった」


恵里香は幼馴染たち以外の人の前ではお淑やかな仮面をつけていて、それを決して外さない。


 けれど僕たち幼馴染にはその仮面を外して、すこしはっちゃけたところも見せてくれる。


 そして、僕にはいつも優しく寄り添ってくれる。


 恵里香と今のような関係を築けたのは、今日思い出したけれどあのかくれんぼをした日からだった。


 今日の思い出巡りをしたおかげで、僕は改めて幼馴染たちとの特別な絆を感じられたと思う。


「今日でいろいろ思い出したけど、恵里香はやっぱり変わったよね」

「もぅ、優君までそんな事言うの?」

「ごめん、別に揶揄ってるわけじゃなくてね。あの時頑張って探したから、恵里香とこんなに仲良くなれたのかなって思うと、ちょっとだけ誇らしくなったから」


自分で言っていて少し恥ずかしくなった。


 恵里香本人に言ってしまったら、まるで自分の頑張りを褒めて欲しいと言っているみたいだと思ったのだ。


 承認欲求の強い子供みたいなことを言ってしまった恥ずかしさで思わず顔を伏せる。恵里香なら呆れずに答えてくれるかもしれないけれど、なんと言われるか少し怖かった。



「そうだよ。だから私は、私を見つけてくれた優君が大好きだよ」

「え⁉」


耳元で囁かれた声に身体が震える。


 反射的に顔を上げて恵里香を見ると、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべてこちらを見ていた。


 してやられたことに気がついた時には、僕はもう肩をすくめるしかなかった。


「まったく、揶揄わないでよ」

「別に揶揄ってないよ。私は優君に元気になって欲しいだけだから」


タイミングを計っていたのだろうか。丁度それぞれの家への分かれ道に差し掛かり、恵里香は小走りでかけて行った。


 走るたびにその長い綺麗な髪が風にのってたなびく。


 黄昏時の緋色に染まる世界の中、走るその姿はまるでこの世のものではないような美しさがあった。


 そんな幻想的な光景に見惚れるがままに見送っていると、少し離れた所で振り向いた恵里香が手を振ってくれた。


 ぼんやりと手を振り返す。それからまた駆け出した恵里香が見えなくなってしばらくしてから僕はやっと歩き出すことができた。


 自分の心臓の音が少し激しく聞こえたのは、たぶん気のせいだと思うことにした。




 すっかりと暗くなった頃、僕は住んでいるマンションに帰って来た。


 今日あった出来事については家族には話さない事にしていた。


 そうすると決めたのは別れ際に一真に言われたことに同意したからだ。


「学校でも言ったけど、今日のことは親にも言わねぇ方がいいぞ。大人が入ってきても変に問題を大きくするだけで、結局何も変わらないって事になりかねないからな」


心配そうにそう言ってきた一真にはそのつもりだと伝えた。


 親や教師に話す方がいいかもしれないと思う気持ちもあるけれど、一真の言う事は最もだと思ったし、それ以上に自分が虐められているという事を家族に言う事が何よりも恥ずかしかったからだ。


 サボったことで学校から連絡が来ているのではと警戒して部屋に入ると、父さんが忙しそうに仕事の準備をしているところだった。


「おぉ優人、おかえり! バタバタしてて悪いな」

「ただいま父さん。もしかしてこれから仕事?」

「あぁ、急だがこれから出張だ。ちょっとの間帰ってこれなくなるけど、悪いな……」


罰が悪そうに顔を伏せる父さんに、僕は「気にしないで」と精一杯の笑顔を返した。


 幼い時から父さんと二人暮らし。仕事をしながら一人でここまで育ててくれた父さんには感謝こそあれ不満なんて何もない。


 父さんは普通のサラリーマンだ。特に有名でもない父さんの会社の事は一応は知っているけれど、その中で父さんがどんな役割を持っているのかまでは詳しくはしらない。


 それでもこうして急な出張に行き、何日も帰って来ないこともある仕事と役割だということは理解していた。


 高校生になった今では一人で家にいることくらい何も気にならない。


 そんなことよりも僕は安心していた。


 父さんがこの様子なら、学校からは何も連絡がなかったのだろうと思ったからだ。


「いつも悪いな優人。毎日の連絡はちゃんとするからな」

「了解、気を付けて行ってきてね」


準備を終えて慌ただしく出ていく父さんを見送る。


 いつも仕事を頑張ってくれている父さんにこれ以上迷惑をかけたくはない。


 やっぱり学校でのことは黙っているべきだと決意した。



 一人になってから、僕は翔也との約束を果たすためにグローブを探すことにした。正直どこにしまったのかまったく覚えていないけれど、どうせすぐに見つかるだろうと高をくくっていたのだが、


「う~ん、おかしいなぁ……どこにやったんだろう」


そんな楽観的な僕の思考を嘲笑うかのように、グローブは見つけられなかった。


 部屋中探してみたけれど、グローブはおろか、神奈と集めていたはずの沢山の本も見当たらない。


 それから押し入れの中の物を引きずり出して本格的に探し続けたけれど、思い出の品たちはどうしても見つけられなかった。


 ここまで探してなければ、考えられる可能性は父さんがどこかにしまったか。もしくは、あり得ないと思うけれど捨ててしまったのか。


 あいにく父さんは家を出て行ったばかりだ。忙しいというのにグローブや本がどこにあるかなんて聞くのは気が引ける。


「……今度でいっか」


明日すぐにキャッチボールをしに行くというわけでもない。今日のところは諦めて寝ることにした。


 ベットで横になるとすぐに眠気が襲ってくる。自分が予想以上に疲れていたことを自覚した時には、もう意識が途切れそうだった。


 今日の事を振り返れば色々ありすぎたから仕方ないと思える。


 朝は事件のせいで陰鬱としていたけれど、今は皆のおかげでぐっすりと眠れそうな事だけが救いだった。

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