第12話 神社②
僕たち五人は小学生の頃、この神社でかくれんぼをした。
僕が鬼で四人が隠れる。
三人はわりとすぐに見つかった。ただ、恵里香だけがどうしても見つけられなかった。
広い境内だがそれでも見つけられないのが不思議な程、いくら探しても見つからなかった恵里香。
まるで神隠しにでもあったかのように恵里香の存在の痕跡までもが消えていて、困った僕は三人にも探すのを協力してもらった。そして――
――どうなったんだったか……肝心な所が思い出せなかった。
「あれ、それで、恵里香は誰が見つけたんだっけ?」
「それはお前……あれ?」
「え? アタシ知らないけど」
「俺も知らないな、どうなったんだ?」
肝心な所はまたもや誰も覚えていなかった。
ここまで来ると不気味というか、むしろ逆に笑えてくる。
答えが気になった僕はまた恵里香を見た。もうこの件で頼りになるのは恵里香しかいないと分かっているからだ。
目が合うと恵里香は、仕方ないなぁという声が聞こえてきそうな顔で教えてくれた。
「優君でしょ。私を見つけてくれたのは」
本当に不思議だったけれど、恵里香の言葉を聞くとすぐにその時の光景が蘇って来た。
たしかにそうだった。境内を隅々まで探して、敷地の外にも出て見て、それでも見つからなかった恵里香。
僕は必死になって探し続けた。かすかに見える空がいつの間にか赤く染まり、そのまま暗闇に包まれた記憶がある。
それでも見つからない恵里香を泣きながら探していた。
その甲斐あってか僕は最終的には恵里香を見つけたのだ。
微かな音が聞こえて、まさかと思って確認した社殿の床下。
細い人がギリギリ入れそうな狭い空間の中で、恵里香はこちらの苦労もまるで知らないかのようにぐっすりと眠っていた。
「そうだった。社殿の床下で寝てた……よね?」
「うん。あの時急に眠気がきて眠っちゃったんだけど、見つけてもらえなかったらきっと私は眠ったままだったと思うの。あのまま真っ暗になってたら危なかったと思うから、優君が見つけてくれて本当によかった」
揶揄うように微笑みながら過去を懐かしむ恵里香。
僕は揶揄われたことよりも自分がこんな事まで忘れてしまっていた事に驚いていた。
あの時はかなり大泣きしながら恵里香を探していたはずだ。当時の小さい自分にとっては大事件のはずで、そうそう簡単に忘れるとは思えない。
それでも忘れてしまっていたことは事実だ。
成長して僕も図太くはなっているのかもしれないし、無事に見つけた事で一気に安心して忘れてしまったのかもしれない。
他の三人はそこまで言われても曖昧なままらしく。「あぁ、そんな気がしてきた」とか「そうだったかも」とか少し頭を捻りながらも、一応は結末に納得しているようだった。
そんな皆を見て、はっきりと覚えていた恵里香だけが微笑んでいる。
「皆はあまり覚えてないかもしれないけど、私にとっては大切な想い出なんだ。あの時私を見つけてくれてありがとうね、優君」
「うぇ、ど、どういたしまして?」
急に抱き着かれて動揺する。
神奈は普段からボディタッチが多いけど、恵里香からこういう事をしてくるのは珍しい。
恵里香は眩しいくらいの笑顔をしていて、本当に嬉しいと思ってくれているが伝わって来た。
「あぁ、そういえば恵里香が優人に懐いたのはあれからだったな。それまでは一真と一緒になって素手で虫を触るようなお転婆だったのに、急にしおらしくなって」
翔也が目を閉じながら過去を思い出すように頷く。
言われてみればそうだったかもしれない。今では基本お淑やかで大和撫子みたいな恵里香だけど、小さい頃はたしかにやんちゃだった。
今は伸ばしている綺麗な髪もあの頃は極端に短く、半袖半ズボンで駆け回る姿は知らない人が見たら男の子に見えたかもしれない程だ。
あの頃の活発な恵里香は同じく活動的な一真とよく外で遊んでいて、ほとんど二人はパートナーのように息がピッタリだったと思う。
逆に内向的だった僕とは今ほど馬が合うわけでもなく、男なのに情けないとか言われていた気がする。
そんな恵里香が急に髪を伸ばして、今のように女の子らしくなったのはあれからだったかもしれない。
「え~そうだったかな? 私は今も昔も変わらないけど」
当の本人はあまり意識していないみたいだった。
「いや、変わったさ。神奈も昔は静かに絵本を読んでるような大人しい子だったのにな。今じゃこんなだ」
「おい翔也、こんなとはどういうことなの?」
藪蛇をつついてしまった翔也はすぐに口を閉じていたけれど、もう遅い。
鬼のような形相の神奈に詰め寄られて翔也は冷や汗をかいていた。
僕はと言うと、いまだに眩しいほどの笑顔の恵里香に抱き着かれたまま。
あの時頑張ったからこそ恵里香との今の関係がある。
翔也の言う通りで、確かにあれから恵里香の僕に対する態度は変わったと思う。
もし探すのを諦めていたら、ここまで恵里香と仲良くはしていなかったかもしれない。今のような状況でも恵里香は僕を庇ってくれなかったかもしれない。
そう考えると、あの時は泣いていた情けない自分を少しは褒めてあげたくなった。
「……頑張った甲斐はあったってことかぁ」
「うんうん。私を見つけてくれたんだから、優君は偉いんだよ~」
にこにことした顔の恵里香に褒められてしまう。流石に恥ずかしくなった僕はなんとか話題を変えようと思った。
「い、いやぁでもホントよくここで遊んだよね! 結構遠いのにわざわざ来てさ……子供の頃って凄い、その、元気だったね?」
自分で言っていて僕は何故か違和感を感じていた。
わざわざここまで来て遊んだのは、ただ元気が有り余っていたからだろうかと思ったのだ。
何か、別の理由があった気がした。
「いや、何か理由があった気がする」
それまで俯いていた一真が顔を上げた。
先ほどから黙っていたのは、僕と同じような違和感を感じていたからかもしれない。
「さっきからいろいろ思い出してきたけど、まだ何かあった気がするんだ」
一真は頭を乱暴に掻いた。それだけ思い出せないのがもどかしいのだろう。
「オレの記憶だと、最初は適当に探検しててこの神社を見つけたんだったと思う。でもそれからもオレたちがこの神社に通うきっかけみたいな出来事が何かあったはずなんだ」
言われてみれば確かに何かきっかけがあったような気もする。
ただ一真と同じでそれが何だったのかは出てこない。神奈も眉間に皺を寄せているし、翔也も黙って考えているみたいだった。
「私たちがここに通い始めたのは、身代わりかくれんぼをしたからだったよね」
そんな中で、やっぱり恵里香だけが確かな記憶を持っていた。
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