第10話 思い出巡り②
次に僕たちが向かったのは住宅街の中にある小さな図書館だった。
「うわ、この本まだ置いてあるんだ」
ここは、今の姿からは想像も出来ないけれど、昔は恥ずかしがり屋だった神奈のお気に入りの場所だ。
基本は外で遊ぶことが多かった僕たちだけど、たまに皆で神奈についてきては置いてある虫や恐竜とかの図鑑を見て、ここでゆっくりと過ごしたこともいい思い出だった。
「この席。ここで初めて優人と話した時の事、今でも覚えてるなぁ」
図書館の奥にひっそりと設置されている小さな机を撫でながら神奈は呟いた。
この席のことは僕ももちろん覚えている。
大人しそうな眼鏡をかけた女の子。その子は僕が本を見に来るといつも一人で図書館にいた。
本が好きなんだろうと思った。けれど、どことなく寂しそうにも感じた。放っておけなかった。
「あの頃は誰かに話しかけるのが恥ずかしくて、アタシはいつも一人だったの。だからね優人が声をかけてくれて、一緒に本を読むようになって、それから恵里香と翔也、一真とも遊ぶようになって、あの日からアタシの人生は変わったって今でもそう思ってる」
ありがとう。と笑う神奈の顔に、昔初めて笑ってくれたその子の笑顔が重なった。
「あれからよくここで一緒に本を読んだよね」
「ふたりではしゃいじゃってさ。注意されたこともあった気がする」
「あはは、あったねぇそんなことも」
まるで昨日のことのように思い出せる神奈との想い出に浸る。
あの頃は本当によくここで過ごしていた。神奈と一緒になって沢山の本を読んでいたと思う。
昔を思い出しているとふと気になることがあった。
僕はもう今ではあまり本を読んでいない。
いったいいつからあんなに好きだったはずの本から離れてしまったのだろうか。
これを機にまた神奈と読書をするのも面白そうだ。
「また面白そうな本でも探しに来ようか」
「いいねそれ、約束だかんね」
想い出巡りの旅は続く。
「優君はどこに行きたい?」
恵里香に聞かれて真っ先に頭に浮かんできた場所があった。
僕はその場所を目指し、案内するようにみんなの先頭に立って歩く。皆もわくわくした様子で着いてきてくれた。
図書館から少し歩くと住宅街の中にひときわ高い丘があり、頂上に向けて階段が作られている。
登っていくと丘の上はこじんまりとした公園になっていて、今でも遊具が残っていた。
町を一望できるロケーション。昔は小さい子供でいっぱいだったこの公園も、時代のせいかそれとも単に時間の問題か、今は誰もいない静かな場所になっていた。
「よく遊んだよなぁ、ここも」
「そうだな。あのブランコでどっちが遠くまで飛べるか競争したな」
一真と翔也は無言でブランコに視線を移す。
「あれ見てて怖かったんだから……やらないでよ」
何かを察した神奈が釘を刺したおかげで、二人は渋々ブランコから視線を外してくれた。
「ここで夕日を見てから帰るのがお決まりだったよね。今でも忘れないよ」
皆で並んで町の景色を眺める。
今はまだ夕方じゃなけれど、あの頃に見た緋色の夕焼けがはっきりと思い出せた。
「楽しかったなぁ、あの頃……」
自然と声が潤んでしまった。
すぐに翔也が無言で肩を組んでくれて、神奈が反対から身体を寄せて来てくれた。
「これからも五人でいればきっと楽しい。そうだろ?」
一真がきざっぽく笑みを浮かべて言う。
その顔を見て僕は思わず噴き出した。
「え? 何で笑ったし」
「いや…ごめっ……決め顔、面白くて」
「ちょっ、ひでぇぞ、その反応」
困ったように頭をかく一真を見て皆が面白そうに噴き出した。
学校を出る前の気持ちは今はすっかりと晴々としたものに変わっていた。
「ありがとう恵里香」
「どうしたの?」
「いや、恵里香が提案してくれたおかげで元気になれたから」
「そっか、ふふ、それならよかった」
柔和な笑みを浮かべる恵里香は見惚れる程に綺麗だった。
コンビニで食べ物を買ってきて公園に戻り、皆で景色を眺めながらお昼を食べた。午後になってもすぐに帰る気にはなれず、そのまま皆でぶらぶらと想い出巡りを続ける。
夏らしい日照りが照り付ける中、神奈は恵里香の日傘の中に隠れたし、僕たち男性陣も汗だくになったけれど誰も帰りたいとは言わなかった。
「そういえば恵里香はまだだな」
太陽が頂点から傾き始めた頃、一真の一言で皆が恵里香に注目する。
「ん~私は……あそこにしようかな?」
「どこよ?」
「着いてからのお楽しみ~」
いたずらっぽく笑って歩き出した恵里香に僕たちは皆で着いていくことにした。
「じゃーん! ここです!」
「ここって……」
恵里香に連れてきてもらった場所は、少々……いや、まったく予想もしていなかった場所だった。
恵里香は住宅街を抜けてそのまま山に向かって歩いて行った。その段階では皆もまだ首を傾げていた。向かっている場所に検討がつかなかったからだ。
山道は一応舗装されていたけれど、車一台分しかない細道で少し不気味だった。
人通りがなく、辺りは木々が生い茂り、太陽の光も途切れ途切れにしか届かず、昼なのに薄暗い。
一真がよく連れて行ってくれた昆虫採取のポイントとも違う。恵里香は藪の中に入って行くわけでもなく、細い道をつたうようにして進んで行った。
恵里香が何処に向かっているのか僕には想像も出来なかった。けれど、なんとなく山道の景色にはおぼろげに見覚えがあるような気がしていた。
他の三人もそれは同じようで、わくわくした様子で恵里香の後に続く。
そのまましばらく歩き続けていた時だった、
不意に山道の脇に古ぼけた鳥居が見えて来たのは……。
恵里香はその鳥居の前で足を止める。
「私が来たかったのは、ここでーす!」
恵里香が嬉しそうに鳥居の奥を指し示す様子を、僕は少しの間呆気に取られて見ていることしか出来なかった。
初めはそれだけこの場所に覚えがなかったということ。
それでも鳥居を見ているうちに僕はある記憶をはっきりと思い出していた。
「「「「かくれんぼしたとこ!!」」」」
恵里香以外の声がこだまする。
どうやら他の皆も同時に思い出したらしい。
「せいか~い! 途中まで皆は全然覚えてないのかと思って不安になっちゃった」
この時僕は少し自分に対して唖然としていた。
恵里香は冗談めかして言っていたけれど、実際に僕はすっかりとこの神社の記憶を失くしていたからだ。
ここまで来てこの鳥居を見たことで、フラッシュバックするかのように当時の記憶がよみがえって来た。
突然の衝撃に何を喋っていいかわからない。
それは恵里香以外の三人も同じようで、皆目を見開き口を開閉するだけで何も言葉を発せない様子だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます