第28話 追い詰められて①


 野球ボール事件のあとはいろいろと大変だった。


 神奈と一緒に保健室で治療を受け、僕は病院にまで行く羽目になった。傷口を縫うなんて初めてで怖かったし痛かったけれど、そんなことはまだ序の口だ。


 長期出張中の父さんへ心配をかけないような説明の仕方とか、責任を感じて落ち込んでいる神奈を慰めたりとか、まぁいろいろと大変なことが多かった。


 ただ次の日がもっと大変だったのだ。


 あの恵里香に大泣きされてしまった。


 一緒にいなかった事に責任を感じたのだろうか、なぜか「ごめん、ごめんね!」と大泣きして縋りついてくる恵里香を落ち着けるためにどれほどの時間と苦労があったのかは、あまり思い出したくない。


 一真も立て続けに起きる事件に呆然とするばかりで、せっかく休んで少しは回復していた生気がまたなくなっていた。


 それから事件が立て続けに起こっていた学校はそれなりに慌ただしくなり、その影響が大きかったのか、三年のクラスでは学期末の残りはほとんどが自習になった。


 周りの生徒たちが無邪気にはしゃいでいたけれど、僕たちはとてもそんな気分にはなれず、怯えたままついに夏休みを迎えていた。


 あまりにもいろんな事がありすぎて、学校のメイン行事である期末テストもまったく身が入らなかったけれど、それすらもあまり気にする余裕がない。


 高校三年の夏が勝負という事も分かってはいるのに、あまりにも心に余裕がなさすぎた。


 終業式ではいつも以上に安全にこだわっているような校長の話を聞きながらも、周りで何かが起きるかもしれないと神経をすり減らし、いつもなら退屈なだけの長い時間を緊張したまま過ごすことになった。


 それでも僕はまだマシな方だと思う。


 三人は自分の命に関わるような何かが起きるかもしれないのだ。


 常にそう考えて生活する事の精神的負担は計り知れない。


 夏休みになった時には、一真はすっかり人相が変わってしまっていた。頬がこけて、目が落ちくぼんでいる。


 神奈は明るかった性格が嘘のように最近ではいつも怯えて過ごしているし、異変が起き始めた頃は気丈に振舞っていた恵里香の顔からも、笑顔が消えてしばらく経った。


 心配して三人に学校を休んだり病院に行くように勧めたけれど、皆あまり一人にはなりたくないのか学校には必ず来ていた。


 授業中以外は常に幼馴染の四人で固まって行動し、そして常に怯えていた。


 翔也が死に、一真、神奈と立て続けに危険な目に合ってからは、皆口には出さなかったけれど、神様の存在を疑わなくなっていたと思う。


 そんな突拍子もない存在を現実に感じてしまうほどのおかしな出来事が、僕たちの身の回りで起きていたのだ。


 おかしなことは他にもある。


 翔也の件の詳細が一向にわからないままなのだ。目に見えてわかるような警察の動きもなければ、学校側からの知らせも何もない。


 以前警察が自殺だと言っていたのは確かだけど、あれからは何も情報がないままだ。


 ニュースもネットにも載っていない。


 学校でマスコミを目にすることもない。


 教師に聞いてもまだ言えることはないと口を閉じられ、発表があるまで待つようにと機械のように繰り返される。


 すぐには言えないような理由でもあるのだろうか。だとしても、情報の全てを取り締まることなんてできるものなのだろうか。


 いったい今何が起きているのか、僕には分からなかった。


 そうして何も分からないまま日々が過ぎ、その間も段々と衰弱していく大切な幼馴染たち。その痛々しい姿を見ているだけで、縫った腕の痛みよりも心が痛んだ。


 そして同時に僕はこの先何が起ころうと、絶対に三人を守ろうと誓っていた。


 周りからの虐めにただ怯えて、頼りになる幼馴染たちの陰に隠れていただけの情けなかった自分。


 いつまでもそのままではいられない。変わらなければいけないと強く思った。


 今変わらなければ、僕はまた大切なものを失ってしまうから。


 この事件の犯人がいったい誰なのかは分からない。けれど僕にとっては三人が一番大切で、もし虐めの主犯が狙ってきたり、本当に神様がいるとしても、絶対に渡したくないと強く思った。


 その甲斐があったのかは分からないけれど、野球ボールの事件の後は、特に大きな事件もなく夏休みを迎える事になった。


 相変わらず悍ましい視線を感じていた三人は可哀そうなくらいに怯えていたけれど、夏休みまで三人が怪我をすることなく無事でいてくれた事には、心の底から安堵した。




 それで気が緩んでしまったのかもしれない。


 夏休み初日の朝。


 恵里香が怪我をしたという連絡を受けて、僕は自分の迂闊さを後悔することになった。

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