第18話 空いた穴
昼休みに翔也の死体を発見した後。
そこからは本当に怒涛の展開で、ただでさえ動揺していた僕は何があったのかも正直よく覚えていない。
あの後すぐに学校には救急車とパトカーがやって来て辺りは一時騒然となった。
パトカーの数はどんどんと増えていき学校が制服の警官でいっぱいになった頃、僕たちは第一発見者として警官に呼ばれ、パトカーで発見時の状況など詳しく話をきかれる事になった。
制服の警官を前にして変に動揺した僕は上手く喋ることが出来なかったけれど、そんな情けない僕に変って恵里香がほとんどの質問に答えてくれていた。
いや、この場合に限っては僕がどうこうというより恵里香が凄かったのかもしれない。
なぜなら一真も神奈も、僕と同じで身を固くして俯いているだけだったからだ。二人は僕以上に酷く動揺している様子だった。
もしこの場に恵里香がいなかったと考えると少しゾッとした。誰もまともに答えられず下手をすれば変な疑いを向けられてしまう可能性だってあったかもしれないからだ。
ただ恵里香もいっぱいいっぱいではあったと思う。
はっきりと受け答えをしていたけれど感情が欠落したような眼をしていて、どことなく目の離せない危うさを感じた。
それでも恵里香がいてくれなければ聴取は一向に進まなかっただろう。話し聞かれるだけでも僕はどんどん苦しくなっていった。何故なら警官から聞かれることは全て翔也の死についてだからだ。
その中でも警官の言ったある一言が重く僕の心にのしかかっている。
「死んだ菊池翔也さんとは、どういった関係でしたか?」
あの惨状を見てその事実は理解していた。
けれど他人からはっきりと言われるほど辛いことはない。
僕はその質問を受けてどうしようもない程の喪失感を感じた。
恵里香のおかげで警察の聴取からは割とすぐに開放されたような気がした。
それは本当にあっさりとしたもので、これで終わりなのかと逆に言いたくなるくらいだった。
もしかしたら友達であったことや、未成年であった事を考慮されたのかもしれない。けれど実際には時間の感覚も曖昧になっていたから本当のところはどれほど拘束されていたのかよく分からない。
とりあえず解放された時には他の生徒たちはすでに帰らされていた後だったから、もしかしたらそれなりに長い間拘束されていたのかもしれない。
今僕たちは誰もいなくなり静けさに包まれていた教室で、何をするでもなく呆然と座り込んでいた。
警察の聴取が終わった後、教師からは荷物を持ってすぐに帰るように言われている。
ついでに事件の詳細を聞きに来た人間がいた時の対応も何度も繰り返し教えられた。ほとんど聞き流したけれど、まとめると余計な事を喋るなと言っていたと思う。
必死になってもはや懇願するような様子の教師に、そんな心配は必要ないのにと思わず笑いそうになった。
余計な事もなにも一言ですら喋る気力が湧いてこないからだ。
三人も似たようなものだろう。
一真は強く手を握りしめて歯を食いしばっている。
神奈は目を閉じたまま可哀そうなくらいに震えていた。
恵里香の表情は見えない。さっきから窓の外を眺めて何も喋らないままだ。
僕たち五人は小さい頃から一緒だった。
その付き合いはもう十年以上になる。そのうちの一人がいなくなった。
その事実は、まるで身体の一部がなくなってしまったかのような喪失感を与えてくる。
僕たち全員がまだ失ったものの大きさをはかりかねていた。
「クソッ」
思いつめるような静寂の中に響いた一真の呟きは、急に訪れた別れに混乱してイライラしている一真の心境が漏れて出たみたいだと思った。
重苦しい時間が流れる。
黙っているだけで頭の中には次々と悪い想像が浮かんでくる。そうしているうちに僕の脳はとある可能性について思い当っていた。
それはとても恐ろしいもので、僕は身体が勝手に震えてしまうのを止めることができなかった。
「やっぱり……もう僕とは関わらない方がいいかも」
「……優人?」
僕の呟きを聞いて神奈が目を見開いた。その血走ったような瞳には混乱と不安の色が見える。
「こんな時にいきなり何? そんな事言うの止めてよ」
「こんな事があったからなんだよ」
「……どういうこと?」
神奈は僕を見つめたまま息をのんだ。
一真も顔をあげてこちらを見ている。
恵里香は……まだ窓の外を見たままで聞いているのかは分からない。それでも僕は構わず話を続けた。
「翔也がお昼休みの前に言ってたんだ……この状況を俺が何とかしてやるって。具体的に何をどうするとかは聞いてない。翔也はそれだけしか言おうとしなかったんだ。でもきっと翔也は僕の状況を何とかしようとして、実際に何か行動を起こしたんじゃないかな? つまりは虐めの主犯を説得しようとして、そして……突き落とされた」
二人が息をのむ音がした。
たぶん僕の考えが的を射ていると思ったのだろう。
その後はまた沈黙が場を覆った。
自分に対していつもは自信を持てないけれど、この考えはそこまで的外れではないように思えた。同時にそこまでするかという信じられない想いと、大切な幼馴染にまで手を出された怒りを感じた。
そして、それ以上に恐怖を感じていた。
僕はもう一人失ってしまった。
残っている三人まで失うかもしれないと考えると怖くて怖くて仕方ない。
虐められていた僕を見捨てずに庇ってくれていた幼馴染たち。
庇ってくれたのは本当に嬉しかった。けれど命まではかけてほしくない。
僕の仮設が正しいとしたら、自分から皆と距離を置くのが正解だと思った。
「一人で何とかやってみる。とりあえず今の話しを警察の人にもしてみるよ」
「やめろ!」
間髪入れずに叫んだのは一真だった。
急な事で驚いてなかなか声が出せない。神奈もびっくりしたように一真を見ている。
「一真? どうして?」
「それは、その……そんな事したら、お前がもっと標的にされるかもしれないだろうが!」
「そ、そんな事充分覚悟してるよ!」
「それでもダメだ!」
「どうして⁉ 僕はもう皆を巻き込みたくないんだ!」
「オレ達は気にしない! 絶対にお前を一人にはしないしお前がいなくなるなんて許さない! オレ達が何とかしてやるから!」
僕たちはお互いに興奮していた。
けれど怒鳴る一真の言葉はどれもストレートに僕を心配するもので、言い合いをしているというのに不思議と嬉しくなった。
それだけにやっぱり優しい幼馴染たちを巻き込みたくはないと強く思う。
「私も傍にいる。皆で一緒に何とかしよ?」
「神奈まで……」
手を優しく握ってくる神奈。
一真も神奈もこんな事態になってもしかしたら自分の身に危険があるかもしれないというのに、それでも僕の事を見捨てようとはしない。
幼馴染たちからの愛を感じる度に、この優しい幼馴染たちを巻き込みたくないという想いが強くなる。
僕たちはお互いに譲らなかった。
どちらも相手を想っての言動。それ故にどちらも自分の意見を曲げる訳にはいかない。
そうして場が膠着した時、まるで見計らっていたかのように今まで黙っていた恵里香が口を開いた。
「私は違うと思う」
まるでその場を鎮めるかのような静かな声だった。
言い争いをしていた僕たちはすぐに恵里香に注目したけれど、注目された本人はといえば相変わらず窓の外を眺めていて表情が見えない。
僕は恵里香が何を否定したのかが分からなかった。
「違うって何が?」
「翔也君は、虐めの主犯に殺されたわけじゃないんじゃないかってこと」
「え⁉」
驚きの声を上げたのは一真だった。もちろん僕も神奈も、恵里香の言葉には驚いた。
翔也が自殺するなんてあり得ないと思う。
直前のやり取りを考えると、虐めの主犯に話をしに行ってそいつに突き落とされたと考えるのはそこまで突拍子もない事ではないはずだ。
けれど、恵里香はきっぱりとその可能性を否定したのだ。
「じゃあ、何で翔也は?」
僕の問いかけを聞いてこちらを振り向いた恵里香は、大真面目な顔で口を開いた。
「神様に連れて行かれちゃったんじゃないかな」
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