鬱苦しい世に、苛莉なる君と

肉巻きありそーす

第1話

 努力が決して実を結ぶ訳では無い


 時には大きな挫折を味わうことになる


 それでも、その過程で得たものが尊くて美しいと思う


 だが、世界は妄信的に結果だけを追い求めて


 淡々と亡くしていく


 屍は肥やしにはならない


 そう切り捨てて


 置いて行かれてしまった


 追いかけても追いかけても


 皆は足早にその場から去りゆく


 変化は益だと言わんばかりに


 他人と具に如かず


 個を真理として


 集うは醜悪な鬣犬と郭公


 無心の愛は無残に食い荒らされて


 この手には一粒の涙が零れていくだけ


 自らが餌であると認めたくないがために


 穴だらけの自己犠牲とナルキッソスを重ねて充たしていくか、底知れぬ憎悪と怨恨に身を焦がすしかない。


 大丈夫


 僕はまだ生きている


 僕はまだ─────



 .....─


「やあ、ゲルダス伯爵。先日の試験の結果は如何程のものだったかな?」


 小太り、脂ぎった肌、傷んだ毛先。 不摂生は極貧か富豪の証。この学園に限って前者はいない。ああ、公爵というものは王族に近いと云うだけでこうも醜く肥えるのだろうか。


「はい、29位でございました」


 中の下をギリギリ上回らない程が彼にとって非常に快い結果である。


「ははは! 結構結構! 中々頑張ったではないか! 因みに私は4位くらいだったかなぁ!」


 強請るように目を細める姿に喉の繊毛が逆立つ。


「流石、モンド様。ゴルモンド公爵家の当主、及び次期宰相にふさわしい成績でございますね」


「むは、むははは!まあ、君も精進したまえ。 人に見られて恥ずかしくない人間である為にな」


 鼻息を荒くしながら他の取り巻きへ挨拶しに行く姿を尻目に、僕は近くの花瓶に唾を吐いた。


 どうして、生まれた家の違いだけでこんなに精神を摩耗させなければならないのだろうか。生、富、思考、友人、恋人、総じて敷かれたレールに従うしかない。


 華やかな皇子殿下と小汚い公爵子息。


 振り分けられたくじはもう取り返しはつかない。


「デルタ」


 聞き慣れた声。聞きたくない声。君と僕は違えたはずだ。


「今からでも遅くはない。アリミネスもお前を歓迎してくれるそうだぞ。だから、あんな公爵家とは縁を切って、


「ガンマ・オルタネル侯爵、僕がだってことは昔から知ってるだろ。僕は。それに君は勘違いしているよ。別に僕はじゃない」


「アリミネスの主張が絵空事だって言いてぇのか!?」


「僕は性善を信じているからこそ、人の心に性善が無いことを知っている。逆もまた然りだよ」


「また訳わかんねぇこと言ってはぐらかしやがる!」


「聖なる者に真の弱者を救うことはできない。如何なる方法を用いたとしてもね」


「何が言いてぇんだよ!!!」


「真白な帆布を黒く塗り潰すことは容易だけれど、その逆はほぼ不可能だろう? なら、どうやって真黒な帆布を真白にすればいいと思う?」


 ガンマは首を傾げて、唇を曲げる。そうやって真正面から飲み込み、真面目に考え込む素直さが僕と彼の親睦と離反の原因となった。


「答えは至極単純明快。。全て取っ払ってね。でも、それは本当にと言えると思う?」


「分かんねぇよ、デルタ。俺はただお前と一緒にいたいだけなんだよ。なんで、それを分かってくれねぇんだ!」


 感情を爆発させ、地団駄を踏むガンマ。君の持つその情熱が、本当に眩しくて温かくて、僕の眼を細めさせたんだ。


「君は君の信じる道を行けばいい。ただ、君の征く道は僕の行く道とは外れてしまった。それだけだよ。一緒に居るだけならそれこそ、隣にただ居れば良いじゃないか。思想みちを同する必要はない」


「デルタ!」


 ガンマがまだ何か言おうとしていたが、僕は意識をガンマ以外に集中させながら教室へと向かって行った。


 ─......


「随分とガンマに対して冷たいじゃないか、デルタ」


 教室の扉に手をかけた瞬間、横から何者かに声をかけられる。その声色からして、このベット王国の第1皇子である アルファ・イオシアだと分かった。


「アルファ殿下、彼と僕は昔からこのような間柄でしたでしょう? もうお忘れですか?」


「もう、アルとは呼んでくれないのか?まあ、そんなことよりまだお前はアリミネスの事を快く思っていないようだな。何度かガンマやベータから聞いているが、あいつらの説明ではイマイチ要領が掴めない。だから、今一度デルタの口からその理由を聞かせてもらおう」


 本題はそっちか。よく口を揃えて、アリミネス、アリミネス、と平民出身の聖女候補様を崇め奉るものだ。それも、次期国王とそのお付きの者達が揃いも揃って首ったけ。夢物語も程々にしてほしい。


「何人であっても、自らの精神に踏み入ることを許してはならない。それを許してしまえば、僕達はたちまち 己 という存在を失い、花畑に佇む蝶々と化してしまうでしょう。僕はアリミネス嬢の考えを否定しません。ただ、僕が僕であるためにそれを拒絶しているというだけです」


 理解しなくていい。これは僕だけの信条でいい。これはこの腐りきった世界に残された僕にできる唯一の抗いなのだから。


「ふむ、相変わらず中々の詩人だな。アリミネスと馬が合いそうなのに、どうも噛み合わないか。デルタ、そんな邪険にせずにもう1度話してみたらどうだ。案外、気が合うかも知れないぞ」


 これを恋と云うにはあまりにも盲目的すぎる。脳内容量が空っぽなで埋め尽くされたことによって、判断、処理のシナプスは腐ってしまったようだ。


「殿下、もう始業ですので失礼致します」


 今日もまた、のだろう。


















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