第32話 目標設定

「まさか、ディオスプロデューサーがアイドルランクについて知らないとは思いませんでした……」


 いや、知ってはいたよ! 知っては!


 ノアちゃんに問題を作っていた時には覚えてはいたんだ!


 けど、まぁ、読めば分かるものをいつまでも記憶しているのも不要かなーと思って、記憶の外に追い出したんだよね。だから、忘れていたというか……。


「奇遇だな! ムンも知らないぞ! えっへん! えっへん!」


 いや、お前は知っていないといけない立場だからな? 俺もだけど……。


 というか、S級アイドルが知らないってどうなのよ?


「はぁ、ムンさんまで……。ウィルグレイプロデューサーは?」


「知るわけねーだろ。この間プロデューサーとしてスカウトされたばかりだぞ?」


「仕方ありません。では、おさらいも兼ねて説明しますね」


 そのおさらいっていうのは、多分、ノアちゃんとシャノンちゃんに向けてだよな? ムン女史は既に呆れられているっぽいし。ニーナちゃんは分かってないみたいだし。


「現在、アイドルギルドに登録されているアイドルの数は全部で五百人程と言われています。その内、アイドル資格試験に合格したばかりのアイドルがE級アイドルと呼ばれる存在です。シャノンさん、ノアさんがそれにあたります」


「ノア、E級アイドルです!」


「…………」


 二人とも嬉しそうだな。


 でも、E級って一番下って事だろ? あんまりそこで喜んでいても駄目じゃね?


 そして、アイリス女史の説明を簡単にまとめると、こういうことらしい。


 S級

 トップスリー。頂点。一年間ランク固定。

 十月の大トーナメントでのみ昇格可。


 A級

 リーグ戦成績上位二十七名。

 弱点が少なく一芸に秀でる。一流アイドルとされる。


 B級

 リーグ戦成績二十八位〜百位。

 弱点と長所が混在する。一流アイドルとされる。


 C級

 リーグ戦成績百一位〜三百位。

 戦績に波があり、なかなか勝ち切れない者が留まる。二流アイドルとされる。


 D級

 リーグ戦成績三百一位〜最下位。

 リーグ戦成績が負け越しの者が留まる。三流アイドルとされる。


 E級

 ルーキーアイドル。一年間固定。

 ルーキー同士、もしくはD級アイドルとしか試合が出来ない。一年間の成績次第で、C級か、D級かに振り分けられる。


 ――といった感じらしい。


「試合の申込みは、アイドルギルドに行くと出来ます。基本はランダムで同一リーグ、もしくはひとつ上か、ひとつ下のリーグの者と試合が組まれます。相手を指名しての対戦も出来ますが、相手の同意が無ければ対戦は実現しません。そして、勝敗の結果でポイントが付与されます。同一リーグに勝利出来ればニポイント、格上に勝利出来れば三ポイント、格下に勝利で一ポイント。負ければ、相手のリーグに関係なく、マイナス一ポイントとなります。そのポイント数と大トーナメントの成績に従って、リーグ戦順位が決定するといった感じです」


 つまり、格上相手に勝てれば美味しく、格下相手に勝ってもあまり美味しくない、と。


 負けても一律マイナス一ポイントなのは、対戦の活性化を狙った措置だろうな。


「更に、ここからは試合の話になりますが、アイドルが試合を申し込めるのは月に最大で四度までと定められています。五度以上は申し込めませんが、四度以下でしたら試合数が少なくても問題にはなりません」


「つまり、月に一回も試合しねぇ奴がいるのか?」


「月どころか、年間通して一試合しかしないという者もいます。まぁ、二年間試合をしていないと自動でアイドルギルドから除名になってしまうので、皆さんそれなりに自分のペースで試合をこなしてはいますね」


「そうなると冒険者よりも気楽な職業じゃねぇか? アイドルって?」


 いや、そうでもないだろう。


 戦って勝たなければファイトマネーが入らないし、確かファイトマネーはリーグに応じたものと観客の入場料の合計から割合に応じたものが支払われたはず。


 試合数が少なくては食っていけないし、知名度が低いと客足も伸びない。


 本当にアイドルで食べていこうと思うのであれば、コンスタントに試合をやって勝ち上がっていく必要があるのだろう。


 それを楽と捉えるか、シンドイと捉えるのかは、その人次第な気はするが……。


「試合をしないと報酬も出ませんから。その辺は冒険者と一緒ですよ?」


「そうそう楽な仕事なんかねぇって事か。世知辛ぇ世の中だなぁ……」


 世の中そう甘くないってことだな。


 アイリス女史は続ける。


「リーグ戦は、三月〜九月までの七ヶ月間開催されていて、アイドルは最大で二十八試合を戦うことが出来ますが……精神的な負担や訓練による肉体的な負荷を考えると、十五試合前後をこなすといった形が普通ですね」


 凡そ、一ヶ月に二試合ってところか。


 訓練を行いながらだと回数的には妥当か? 随分、緩い気もするが……。


「十月から二月までは開催されていないのか?」


「十月には大トーナメントがあります。十一月〜二月まではオフシーズンですね。寒くて観客があまり集まらないので興行自体を実施していません」


 あれ? 闘技場自体は冷暖房完備なんだが……。――寒い? 外が寒いから、人が出たがらないという事なのだろうか?


 ん? もしかして、闘技場の冷暖房システムの動かし方について説明してないか?


 …………。


 うん。今度、アイドルギルドに行ったら教えておこう。


「さっきも言っていたが、その大トーナメントってのは何だ?」


 一気に説明されて頭が痛いのか、ウィルグレイが顔を顰めながら尋ねると、それにはムン女史が答える。


「大トーナメントはアイドル全員で行うトーナメントなんだぞ! 一ヶ月かけて五百人でやるトーナメントは超盛り上がるんだぞ! そこで勝ち抜いた上位三名がS級アイドルに認定されるんだぞ!」


「逆に言うと、S級になる為にはトーナメントで勝ち抜くしか方法がありません。一応、リーグ戦の成績によって、トーナメントのシード枠が振り分けられたりするのですが、自分の腕に自信のある方はリーグ戦にほとんど参戦せずに、この大トーナメントに狙いを定めて調整するという人も多いですね」


「大トーナメントは勝ち抜いたら莫大なポイントと報奨金ファイトマネーが貰えるんだぞ! リーグ戦でちまちまやってるよりもドカッと貰えるから皆本気なんだぞ!」


 なるほど。むしろ、リーグ戦より大トーナメントとやらの方が本命か。


 むしろ、リーグ戦はそこまでの繋ぎといった感じか?


 毎月やったら飽きられるだろうしな。


 年一ぐらいが丁度良い塩梅なんだろう。


「ムンさんは、そんな大トーナメントで昨年三位になった実力者です。今年は優勝を目指してもらいたいですね」


「勿論だぞ! ムンに任せておけ! ふんす! ふんす!」


 鼻息荒く胸を張るムン女史。


 えーっと、今が六月だから、大トーナメントまでは四ヶ月に足りないぐらいか? うーむ、間に合うかな? 


「おー、楽しそうです! ノアも出たいです!」


 言うと思ってたよ。


 だから、逆算したんだけど、この期間じゃ、ちと苦しいか……? 表の初伝スキルの一つくらいは伝授出来ればと思っていたんだがな。


「それは無理ですね」


「えぇっ!? 何でです!? ノアも出たいです!」


 だが、ノアちゃんの希望は呆気なくアイリス女史に却下されてしまった。


 アイドルの希望はなるべく叶える方向性という話はどこにいったのだろうか?


「新人には一年目の大トーナメントへの参加資格がないんです。こればかりはルールだから……ごめんなさいね?」


「うぅ、そんなぁ……」


 規則なら仕方無いか。


 だが、そうなると、それなりに時間が取れるな。


 ふふふ、ノアちゃん魔改造計画が捗るぜ!


「安心するんだぞ! ムンがノアの分も暴れてやるんだぞ!」


「ムンムンとも……ノアは戦って勝ちたいんです!」


「なんだと……、だぞ……?」


 ノアちゃんの言葉にムン女史の纏っている雰囲気が変わる。


 強者の圧とでも言うべきか。


 シャノンちゃんが固まり、ニーナちゃんが短く息を漏らす中――、ノアちゃんだけは平然とムン女史を見つめ返す。


 ……うん。精神訓練の成果が出ているな。


 良い事だ。


「ムンの方が、この事務所に早く入ったんだから、ムンには先輩って付けるんだぞ!」


「分かったです! ムンムン先輩!」


「よろしいんだぞっ!」


 えぇ……?


 ツッコむトコ違わない……?


 そこは、私を倒せるものかー! 的なライバル宣言じゃないの……?


 …………。


 あと、シャノンちゃん。『コレどうしたら……?』という目でこっちを見るんじゃありません。俺の手にも余っているんだから。とりあえず、そっとしておきなさい。


「大丈夫ですよ。ノアさんとシャノンさんには、C級アイドルに上がるという目標があります。ですので、まずはE級アイドルとして試合をいくつかこなして頂いて……」


「……いや、二人にはD級アイドルを目指してもらいたい」


「えぇっ!? ししょー、C級じゃないんですか!?」


「…………」


 驚愕の表情を貼り付けるノアちゃんに、全く表情の動かないシャノンちゃん。


 そして、俺の言葉の意味を考えるように、難しい顔をしてアイリス女史が口を開く。


「どういうことかしら?」


「一年と四ヶ月――。それだけあれば、S級も狙える。そこを目指した方が手っ取り早いだろ?」


「まさか……。来年の大トーナメントの優勝を狙うというの!?」


 一年と四ヶ月。全てのファイトマネーとリーグ戦のポイントを投げ捨てて修行すれば、大トーナメントの優勝さえも目指せるはずだ。


 それに何より、D級からいきなり優勝を掻っ攫った方がカッコイイしな!


「おー! 優勝! だったら、ノアはD級でもいいです!」


「…………」


「ムンもD級でいいぞ!」


 お前はD級じゃ駄目だろ。大トーナメント負ける気かよ……。


「駄目よ」


 だが、アイリス女史からは許可が出なかった。


 ――なして?


「ファイトマネーが入ってこないと、アイリス事務所ウチが潰れてしまいます!」


 弱小アイドル事務所ならではの悲しい理由だった!


「いやいやいや、ムン女史が戦えば、ファイトマネーがたんまりと入ってくるだろ!」


 俺が勢い良くそう言うのだが、何とも言えない表情でアイリス女史がムン女史を見つめている。


「S級はランク固定だから、戦っても戦わなくてもいいって立場なの……。そして、この子はこういう性格だから……」


「面倒な事はしないんだぞ! 気が向いたら戦ってもいいんだぞ!」


 どんだけ偉そうなんだよ!? 王様か!


「……分かった。それなりに試合をこなしながらも、修行の方も進めていこう。二人もそれでいいか?」


「分かったです!」


「…………」


 ノアちゃんは元気良く片手を挙げ、シャノンちゃんは小さくコクリと頷いてくれる。方針的にはそれで良いようだ。後は……。


「そういえば、二人はどんな風に成長したいんだ? 魔法が使いたいとかあれば、その希望に合わせた訓練内容にするが……」


「はいっ! はいはいはーい! ムンは拳闘が習いたいんだぞ! シュッ! シュッ! パコーンだぞ!」


 いや、ムン女史には聞いていないんだが……?


「それで、お前をボコボコにするんだぞ!」


 あ、一応、俺が北の剣神だということは認識していたのね。誰も何も言わないから、普通に知られていないのかと思ってたよ。


「ノアは! ノアは! ししょーのようになりたいです!」


 アイリス女史とウィルグレイがぎょっとしたように、ノアちゃんに視線を向ける。


 うん、多分、ムン女史の比じゃないくらいに辛い修行が待ち受けているからね。頑張ろうね。


「…………」


 そして、シャノンちゃんだが……。


 胸を触って……、大きく……?


「あぁ、ちちを超えたい、と」


「今ので良く分かりましたね……。どう見ても、胸を大きくしたいにしか見えなかったんですが……」


「何も見えねぇ……」


 アイリス女史が感心というか、呆れる傍らで、ウィルグレイはニーナちゃんに両目を塞がれてしまっていた。


 ナニコレ? ニーナちゃんの嫉妬?


 ウィルグレイの奴、随分好かれてるな……。


「それで、ニーナちゃんは……」


 俺が視線を向けると、ウィルグレイの影にニーナちゃんは隠れてしまう。この子とまともにコミュニケーション取れる日は来るんだろうか?


「ウィルグレイ、後でもいいから彼女からどのようになりたいか、未来像を聞いておいてくれ」


「仕方ねぇな……」


 頭をボリボリと掻きながらも、何だかんだ素直に引き受けてくれるウィルグレイ。ガサツっぽい外見ながらも、それなりに気の良い奴なのかもしれない。


 まぁ、死ぬほどスーツは似合ってないけどな!


「集中した訓練をするというのなら、オフシーズンを利用するのが良いと思いますよ? その時期はアイドルとしてもお休みのシーズンですから」


 どうだろう? 冷暖房の件を話したら、オフシーズンも無くなるんじゃないだろうか?


「まぁ、ムンさんは年がら年中オフシーズンみたいなものなので、厳しく鍛えちゃっても問題ありませんけどね。私も厳しく鍛える気ですし……」


「だぞー!?」


 まぁ、ゴロゴロ毎日を過ごすよりはいいわな……。


 ★


 かくして、第一回事務所内会議はそれなりの成果をあげる事となった。


 アイリス事務所の目指すべきものを全員で共有出来たし、所属するアイドル個々人の目標も定まった。


 S級アイドルのムン女史は、拳闘の技を磨きながら、大トーナメントの優勝を目指す。


 ノアちゃんとシャノンちゃんは試合をこなしながら訓練して、まずはC級に昇格。そして、来年の大トーナメントでの上位入賞を目指していく予定だ。


 ニーナちゃんは話が聞けていないが、まずはアイドル資格試験の合格を目指す事になるだろう。


 そんな彼女たちのバックアップをするため、俺たちも色々と忙しくなるはずだ。


 まぁ、とりあえず今夜は事務所の始動記念という事で、簡単な決起集会を開こうという事になった。


 この時までは、まだ順調だった――。


 午前中に全員が事務所の掃除をして、それなりに気持ちが一致団結していたというのもある。それこそ、本当に今日いきなり顔を合わせた連中か? と思うぐらいに心が通じ合っていたから、本当に上手くいっていると思っていたのだ。


 いや、実際に上手くいっていた。


 だから、決起集会をやろうという段になって、事務所の中で俺とウィルグレイ以外は誰も料理が出来ない事実が判明した時も不満を口にしなかったのだ。


 むしろ、嬉々として調理役を引き受けたものだ。


 ちなみに、ウィルグレイは冒険者時代はソロでやっていたらしく、野営などで自分で試行錯誤して飯を作っていたら、勝手に【料理】のスキルが生えていたらしい。


 俺も森の中の一人暮らしのせいで、勝手に【料理】のスキルを修得していたので、案外と【料理】は修得しやすいスキルなのかもしれないな。


「で? 何作るんだ?」


「パーティーと言ったらコレだろ。……餃子パーティーだ!」


 俺の独断と偏見で作る料理を決めて、材料や道具なんかも俺が全て用意して、ウィルグレイに手伝ってもらいながら調理を開始。


 ここまでは、本当に良い雰囲気で、全てが順調に回っていた。


 うん。回っていたんだよなぁ……。


 ――鼓膜を震わせるような突如の轟音。


 何故か、次の瞬間には事務所の一角が吹き飛んでいて、事務所が斜めに傾くなんてこと……。


 ……一体、誰が想像出来たっていうんだよ。

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