幕間 シスコン妹の恋愛相談

シスコン卒業?

「おねえ。ちょっと、相談があるんだけど……」


 日曜日の昼下がり。

 ご飯を食べ終えて、部屋に戻って数分後。

 楓花がいつもより落ち着いた様子で入室してきた。


 床に正座した妹は、ベッドで寝転がってスマホを眺めている私を見つめて、一つ息を飲み、そう切り出してきた。


「えーどうしたのー。急に」


 ……今は、心音とライン中なんだけどなぁ。

 ……まぁ。話くらいなら聞いてあげてもいいっか。


 と、少し悲しくなりつつも、心音に『ごめん。ちょっと呼ばれた』と送り。

 スマホを適当なとこに置いて、ベッドから起き上がる。

 正座をしている妹の元へと歩き、私も同じく正座し向かい合う。


 ピンと背筋を張った楓花。

 なんの相談だろうか。

 んー。楓花の、こんな静かな様子は珍しい。

 窓を割ったとか、お母さんの結婚指輪をハンマーで叩き割ってしまったとか、そういう後ろめたい何かに関する相談なのだろうか。


 思えば。

 楓花は昨日、帰ってきた時からどこか静かな様子だったかもしれない。

 対して私の心の中は、ちっとも静かではなくて。

 ずっと熱くて、ドキドキしてて。

 妹の様子を気にする暇もなく、昨日は過ごしていたけど。


「んー。なにかあった?」


 昨日の私は少し妹を気にしすぎていなかった。

 そんな私に反省しながらも問う。


 すると楓花は口をモゴモゴしだし、少しだけ顔を赤らめ。

 深呼吸をし、こう言い放ってきた。


「これはあくまで友達の話だけどね!」


 ……。

 急すぎる……。


「何も言ってないけど……」

「今から言うことが友達の話なの!」

「り、理解した」


「えっとー。女の子に告白されたらどうすればいいのかな? 友達の話だけど。遊んだ帰りに好きって言われて、どうすればいいのかなって迷っているんだよね。友達の話だけど。嬉しいけど、これってどうなんだろうね。友達の話だけど」


 ……んー。

 友達の話かー。

 …………。


 無 理 が あ る だ ろ。


 そう口に出したいが心の中にとどめておき。

 桃杏ちゃんが楓花に告白したんだなと察す。


「……その友達は、その女の子が好きなの?」

「好きだよ。友達の話だけど」


「わかったわかった。それで、付き合ってって言われたの?」

「言われた」


「どうだった?」

「いや、私のこと好きな人いるんだなーって。普通に嬉しかった。……って友達が言ってた!」


「ふーん。友達かー」

「ほんとだから!」


 『私のことを好きな人がいる』から嬉しい。

 もう楓花本人の話ってことで事を進めるけど……なんだか、私と似ている。

 私も心音に好きって言われたから、心が心音に傾いていったし。

 さすが姉妹……と言った感じ?


 楓花は、いつも私にべったりだったせいで、周りからもだと認識されていたのだろう。……多分、べったりされていた私も。

 だから初めて好意を向けてきたであろう桃杏ちゃんに対し、楓花は多少なりとも今、意識しているのだろう。


「えーっと。楓花──じゃなかった。その友達は、その告白してきた子のことは好きなの?」

「お姉。今、私の名前を呼んだよね?」


「呼んでない。……はい。ともかく質問に答えて!」

「わかったー。……んっとねー。好きって問われたら好きなのかもしれないしー。……難しい心境の今──って友達が言ってた……!」


「ふむふむ」

「難しい話よねー。……ちなみにその友達にはお姉ちゃんがいるっぽくて。その人のことも好きで。どっちを取るべきかーと。絶賛悩んでるらしい! よ!」


 ……私が障害になっているのか。

 でもなー。私のことを好きって。姉としてってことだよね。流石に。

 それっぽいことだけでも、楓花に伝えよう。


「……姉なんだから、そもそも『好き』の意味が違うんじゃない? その友達に告白してきた子と、その友達の姉。双方とも好きだとしたら」

「そうなのかなー」


「そうだよそうだよ」

「……んー。確かに、お姉は家族だし……。告白って、すっごく勇気が必要だもんね。振られたら、相当ショックなことだろうし。家族のことを考慮に入れる内容ではないのかも……。ちょっと考えてみようかな……」


「それがいいと思う!」

「……うん! お姉、ありがと!」


 楓花は決心したように立ち上がり。

 バイバイと手を振って、部屋を早歩きで出て行った。

 最後、完全に隠すのを忘れている楓花に、少しだけ笑みを零す。



※※※※※※



 数時間経過した午後五時半。

 相も変わらず、心音と雑談中。

 小学校はどんな人だったとか、いつも家で何しているのか。

 そういう。いつでも出来そうな話。


 そんな話をしている最中。持っている携帯が震える。

 心音のラインを一旦閉じ、その携帯の震えが桃杏ちゃんからのラインだったと気づき、それを開く。


『私。楓花ちゃんと付き合うことになりました!』


 嬉しさがに滲み出ている文字を見て、どこか肩の重荷が取れた心地がした。

 よかったなぁ。と、私までなぜかホッとする。

 自分の事のように、嬉しいと感じた。

 何せ、自分のところへ恋愛相談しに来た人の恋愛が成就したわけで、相談を受けてよかったと──。

 そう。思っていたが……。


『お姉さん達は特に何もしていなかったですね!』


 そう送られてきて、さっきまでの喜びの気持ちが、一気にすーっと引いていくのを感じた。

 ……これが、殺意という感情なのかもしれない。

 けど。その感情を抑えて。

 ここは素直に『おめでとう!』と言った。

 実際、何もしていないし……。


「……ま。よかったよかった」


 少し意外な気もしたけど。

 多分、楓花も色々考えた結果なのだろう。

 これで、やっとシスコンを卒業……する。よね?

 だけど。今までのベタベタが無くなると思うと、ちょっと寂しい気もするし……。

 姉としては複雑な感情だけど……。


「……しょうがないかー」


 呟くと同時に。


 ──ブー。


 また、スマホが鳴った。

 心音のラインだ。

 届いてきたそのメッセを開く。


『伊奈さん! 桃杏さん、付き合えるようになったんですって! おめでたですね!』


 ……そっか。

 今の私には、この人がいた。


 キスが……待ち遠しい。

 早く明日にならないかな。

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