埋まらない距離、届かない声
……お手洗い、行きたいな。
二人の背中を追いながら、心の中で呟いた。
隠れんぼしている時も、確かにこういう気持ちを抱いたかもしれない。
意外にも、天崎さんのあの表現は正しいものだったらしい。
けれど目は離せない。お手洗いには行けない。
悲しい現実がそこにあった。
「うーん」
そもそも二人はどこに向かっているのだろうか。
昨日天崎さんは『ジェットコースターで酔わせて、気絶させたところを人工呼吸』と、冷静に考えても意味わからないこと言っていた。
その教えに従ってまずはジェットコースターだろうか?
けれど、手に持っている園内地図を見ても、向かっている方向はジェットコースターの方向ではない。
「…………………………」
見ていたら、二人は、その場で立ち止まった。
何かを話しているようだけど、この距離と人のガヤガヤで聞こえるわけもなく。
サングラスとか、変装用の道具を持っていれば近寄れたかなと思った。
それかディ◯ニーランドで高値で売ってるミ◯キーの被り物とか。
だが、田舎の遊園地なのでそういう映えーな感じなものは何も売っていない。
要するに、あの二人が話している内容を知る術が何もなかった。
……尾行しに来たはいいが、特にこっちからは何も手出しができない。
まぁ。妹が危険にさらされそうになったら助けに行こう。
そういうことで納得していると、たちまち二人が動き出す。
また数メートル歩いて、今度は左に曲がる。
進む方向を追うと、そこは突き当たり。というか、お化け屋敷があった。
どうやらそこに行くらしく。
そこで私はまた悩む。
ついていくべきか、いかぬべきか。
それを天崎さんに問おうと、私はスマホを取り出した。
『お化け屋敷に行くっぽい。……ついていくべき?』
『あの二人を邪魔するのは一番良くないと思います。ので、ここはやめておきましょう』
『まともすぎる。確かに、お化け屋敷の中で色々起こるとは考え難いしね』
小さく頷き、意見を飲み込んだ。
とりあえず、出てくるのを待とうかな。
※※※※※※
お化け屋敷の出口近くに丁度空いてる椅子と机があり、そこへと対面で座る。
この感じは、なんとなく相談する時のことを思わせる。
今は、ラインでお喋り中だ。
ラインでしか話せないというのは、どこか距離を感じるものだった。
彼女の耳で主張をしている補聴器は、一体どのくらいまで声を聞こえるものにしてくれるのだろう。
聞いてみた。
『あ、そういえばさ。天崎さんは補聴器つけてるじゃん。どれくらい聞こえる?』
……。
一秒、二秒、三秒と。
いつもより少し返信が遅い。
いや、普通はこれくらい時間が空くものだけど。
いつもは自動返信メールくらいの速度で届くから、少し違和感。
まぁ、前も長文打ってきた時も三十秒くらいかかってたし。
何か長い文を打っているのか。
そんな思案をしながら返信を待ち、
『補聴器は飾りのようなものです』
そして、数十秒後に送られてきたそれは。
短い文章だった。
その無機質な文字から、どこか重々しいものを感じられる。
……デリケートな質問だったかな。
少しだけスマホから目を離し、天崎さんを見てみた。
相変わらずのすました顔。
白いワンピースがやはり似合っている。
太陽がその白に反射して、少し眩しい。
「……………………」
そんな整った顔を見て思う。
天崎さんは何も話してくれない。一度も。
多少、声が聞こえるなら話すことくらいできそうなものだし。
耳は、ほとんど機能していないということだろう。
やってしまったなと。そう思いながら、私は文字を打ち込む。
『ごめん。別の話しよ』
『分かりました』
今度の返信は一瞬だった。
『それで。どんな話しよっか』
『私が気になったお話をしたいです』
『うん。どーぞー』
『えっとですね』
『うんうん』
『伊奈さん。私のことどう思ってます?』
これまた急な問いだ。
けど、思ったままを適当に返す。
『えっと。美人さん?』
『それだけですか?』
『私のことが好きな人』
『はい。そうなんですよ。好きって伝えたはずなのに、あまり私のこと意識していないですよね?』
その質問は的を射ていた。
実際、あんなことを言われたのに、私は天崎さんと普通に接している。
『え! あぁ。えっと。言われた時は結構意識したよ。「あんな美人が私のこと好きなんだ」って』
『言われた時はですか。そうですか……』
『えっと、ごめん。でも、まだ出会って三日目だし。』
『私は伊奈さんと出会ってから三年くらい経ちますけどねーー!』
『そ、それはごめん』
『だけど伊奈さんはちょっと変ですよ。誰かに好きって言われたら多少なりとも意識するものじゃないですかね?』
『ふーん?』
そういうものなのだろうか。
けど。言われてみれば、私は天崎さんのことを、好きと言ってくれた人として意識をしていないかもしれない。
理由は……なんだろう。
同性だからってのは関係ない。
強いて言うなら、現実味が無いから。
きっと現実味を感じないのは、彼女の声が聞こえないことが一因だろう。
彼女の声で『好きです』と言われてないから。
そういうことなのだろうと思った。
「好きって。言われていたらなぁ……」
独り言のようにつぶやく。
事実、独り言だ。
目を落とし。
送られてきていたメッセージに気づく。
『ごめんなさい! 私、アドレナリン分泌してしまったのでお手洗い行ってきますね!』
目の前を向けば。
彼女はもう椅子から立ち上がろうとしていた。
と同時に目の端に写ったのは、お化け屋敷から抜け出した楓花と桃杏ちゃん。
お手洗いはまた後でと、私は天崎さんを止めようと声を──
「──あ、待って」
だけど。
近くても、彼女が背中を私に向ければ、私が声を出していることも気付かれない。
なぜだろう。
こんなに近いのに、どこか距離がある。
もどかしささえ感じてしまう。
そういう距離だ。
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