恋する乙女の恋愛相談

心配だから手を繋ぐ。それだけ

 今まで、意識していなかったけど、天崎さんは私の左斜め後ろに座っていた。

 昨日のラインでのうるささとは本当に真逆で。

 授業中、休み時間、お弁当の時間と。ずっと彼女は、誰とも話さず。

 また、私にも話しかけてこようとはしなかった。


 そして放課後。

 先生への挨拶を済ませてから十分ほど経っただろうか。

 天崎さんは未だピクリとも動いていない。

 別にそれを確認したわけじゃないけど、左斜め後ろの静けさからそれが察せた。


 クラスメイトは、もうほとんど部活に向かった頃だろうか。

 私は、椅子から立ち上がり、謎の緊張を覚えつつ天崎さんの方へと向かった。

 彼女の机の上には昨日のホワイトボードが伏せてあり、私が近づいたことに気づいた彼女は、そのボードを机の上に立てた。


『部活に行きましょう!』


 大きく頷く。


 やはり文字の世界だと、彼女は明るくなるらしい。

 顔は……相変わらず真顔だけど。

 つまりは、昨日のラインの時もこんな真顔だったのだろうか。

 だとしたら怖いな。


「じゃあ、行こっか」


 こんなぼそりと呟いても、聞こえるわけではないけど。

 昨日みたいにスマホで連絡を取り合いたいけど、先生に見つかったら没収だからうかつにそういうこともできない。

 せめて、そういうやりとりは部室に入ってからじゃないと。


 そう思っていたら、彼女も机から立ちあがった。

 と同時にうわりと浮かぶ茶髪。

 本当に地毛か疑ってしまうほどに綺麗だ。


 私は、歩き出そうとする彼女の手を握った。

 その瞬間、彼女の天崎さんの体が若干、震える。


 その行動は。別に。特別な意味など全くなくて。

 廊下を走る生徒やらにぶつかって怪我をさせるのは悪い。

 天崎さんにも、その両親にも。

 耳が聞こえないのなら、気配も感じれないだろうし。


 だから、手を繋ぐ。

 先導をする。

 危険がないよう彼女を守る。

 私にとって、それだけの意味。


 多分、彼女は今、一人でも大丈夫だと思っているのだろう。

 何せ、いつも彼女は一人で過ごしているのだから。


 好きな人に手を繋がれるというのは、彼女にとって意味を持つのかもしれない。

 まぁ。耳が聞こえないのを心配した私なりの気遣いだと、彼女はちゃんと理解してくれているだろう。



【その頃の天崎さん】



 少し前を歩いている、伊奈さん。

 その背中を私は眺めている。

 やはり彼女の背中は大きくて、私の好きな伊奈さんの形だった。

 いや、そんなことより……。


 私。

 伊奈さんに手を繋がれちゃっている⁉︎

 なんで! どうして!

 嬉しい。嬉しすぎる。

 昨日の今日で、いきなりこんなことがあってもいいのか!

 恵まれすぎやしないか、私。


 もしや私のことが好きなのか……と思ったけど、そんなことはない?

 いや、どうなのだろう。

 もし私のことを好きだとしたら。

 ……まぁ。流石にそんなことはないのかな。


 けれど私は。

 この四階に続く階段を登りきるまでに。

 伊奈さんの手の感触、温度。それらを焼き付ける。

 記憶にも、私の身体にも。


 別に。……変態じゃない。

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