女神と共に、相談を!

沢谷 暖日

クラスの女神の恋愛相談

ラブコメのプロローグは廃部の危機から

 普通が変化する瞬間。

 それは。なんの前触れもなく、ある日突然やってくるものだと思う。

 だって。私は今、その変化を体験しているから。


 目の前の女神の相談を受け。

 私の普通は今日。変貌を遂げた。


 事の発端は数時間前──


 放課後。

 傾いた陽が差し込む職員室の中。

 担任のやなぎ先生に、言われるがままこの場所にやってきた。

 ……のだが。


古賀こがさん。相談部。廃部にしましょう」


 先生が、私に向けた第一声がそれだった。


「まってくださいよ先生!」


 そのいきなりすぎた言葉に、私は反射的にストップをかける。

 その若干張ってしまった声に、周りの教師の視線が私に向いた。

 ……恥ずかしい。


 そんな周りの様子を気にもせず、柳先生は続ける。


「……もう待ちましたよ。四月から数えて、五ヶ月もですよ!? その度々あなたは、『新入部員を連れてきます』って言ってますよね?」

「うっ……。そう言われると……」

「未だに、部員はあなた一人だけですし。教室だって使い放題ってわけじゃないんですから。というか部員一人って、部活どころか同好会でも成り立たない人数ですよ? せめて二人以上はいないと、同好会としても認められませんし」


 ……いつの間にか、説教が始まっている。

 とりあえず、頭を下げておこう。

 ぺこぺこ。


「それに『相談部』でしたっけ? 一体どんな活動をしているのかと思えば、恋愛相談? あなたも恋愛恋愛してないで勉強もしなさいね?」


 説教、まだ続くんかい。


「……べ。勉強はちゃんと……してます」


 っていうか、私だってやりたくてこの部活をしているわけではない。

 先輩から代々伝わる『相談部』という伝統(笑)を引き継いでいるだけであって。

 先生はそういうけど、私の恋愛経験は皆無に等しい。

 そもそもここ女子校だし。しようにもできない。


 だけど。私のところに来る相談は、全てが女子同士の関係についての恋愛相談。

 女子だらけのこの空間で、女子が女子に特別な感情を抱くというのは案外、普通のことなのかもしれない。

 というより、普通のことなのだろう。

 現に、そこそこの恋愛相談を受けているのだから。


「私の英語は再試でしたよ。……けど、まぁ清い交際とかならいいと思いますがね。……ちょっと、聞いてますか?」

「いやーでも。……結構評判いいんですよ? 相談部」


 言ってから、この言い方は言い訳じみてるなと思った。

 けれど、私のこの発言に嘘偽りは全くない。

 実際、そこそこの相談に乗れている。


 いや、私でも思う。

 経験のない私が相談に乗れるのかと。


 けれど、経験がなくてもある程度それっぽいことは言えるもので。

 幸い、これまでに来た相談の内容は『好きな人への手紙の書き方』とか『好きな人に話しかけたい』だとか、そういう結構アドバイスしやすいもの。

 ガチな感じの相談ではなく、ゆる〜い感じのそういう相談なのだ。

 というか、ガチな相談事をされたら私だって困る。


「評判がいいと言ってもですね」


 呆れたように呟かれ。しばらくの間が空く。

 何かを長考しているのか。

 と、思えば、観念したようにため息をつき、私を真っ直ぐと見つめてきた。


「……はぁ、わかりました。今月まで待ちます。今月中に一人以上部員を入れなかったら廃部ですからね」


 柳先生のこの発言は何度目だろうか。

 職員室に相談部の件で呼び出される度に、こう言われている。


 なんやかんや言ってくるけど、結局は容認してくれる優しい先生なのだ。

 知らんけど。


「わかりました! ありがとうございます!」


 ぺこりと一礼し、逃げるようにその場を後にした。



       ※



「うーん。どうしたものか」


 ああやって、場は凌げたが。

 九月の今。

 大体皆、部活は決まっている。

 新入部員と言ってもアテがない。

 兼部してもらえればいいけど……私、友達少ないし。


 そんなことを唸りながら。

 今は四階にある部室へと、重い足取りで向かっている。

 エレベーターが欲しい。


 私立の女子高のくせに、なんでエレベーターがないのか。謎だ。

 それに、別に特別な施設があるとかでもないし。

 由緒正しい……わけでもない。

 偏差値が高い……わけでもない。

 だけどヤンキーはいない。

 そんな普通の女子校に、どうして入ってしまったのだろう。

 理由はちゃんとあるけど、あんま思い出したくないなぁ。


「と思いながら歩いている、部室への道中でしたとさ……っと」


 頭のおかしい独り言を吐きながら、最後の一段を登り切る。

 角を曲がってすぐそこは相談部の部室。

 迷わず足をその場所へと向ける。


 けれど、今日は相談者は来ないだろう。

 週二に一人くるかどうかだし。


 紅茶でも飲みながら、動画でも見て時間つぶそうかな。

 家でやれって話だけど、狭い部室はなんとなく落ち着く。

 ここで紅茶を飲みながら優雅な雰囲気を満喫するのも、この相談部の魅力の一つと言ってもいい。


 ……待って。それじゃあ廃部も普通に納得な気が……。


「いやー。そんなこと──」


 また。独り言をつぶやく。


 そして。角を曲がった。


 視界の隅に映る、人影。


 その場所に目を動かし、私は。


 絶句した。


「──」


 部室の前に。

 直立不動の女神がいたから。


 私のクラスの天崎あまさき心音ここね

 一本一本が美しいロングの茶髪。

 長いまつげ。整った顔立ち。

 白く美しい肌。

 そういう見た目で、クラスで女神と謳われている女の子。

 私から見ても、その姿は女神と言って差し支えないもので。

 その女の子が、部室の前に立ち、私のことを見つめていた。


 普通に考えたら、相談事をしにきたのだろう。

 けど。相談部は生徒たちの暗黙の了解というか、前部長のせいで勝手に恋愛事を相談する部活だと、生徒の間で捉えられている。

 そういう場所に彼女がやってきた。


 私は。

 天崎さんと話したことがない。

 そもそも、天崎さんと話している人を誰一人として見たことがない。

 崇高な存在すぎて、話しかける事すらできないとか。そういう理由ではない。

 彼女は、誰とものだ。

 なぜなら──


『ご相談、お願いできますか?』


 天崎さんは。手に持った、文字が書かれたホワイトボードを掲げ、私に見せた。


 ──そう。

 彼女は。

 耳が聞こえないのである。



【あとがき】

ここまで読んでくださりありがとうございます!


百合の二作目です。

自分の百合に抱く欲望を全部詰め込んでいきたいと思います。

今日は二話投稿しますが、明日からは一日一回更新できたらな、という感じです。


二度目ですが、ここまで読んでくださりありがとうございます!

応援してくださると幸いです!

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