国を奪われた少女は、遠い海の向こうでエリート役人に捕まって溺愛される

春風由実

0.プロローグ<記憶>

 轟轟と呻りを上げて、城が崩れ始めた。

 視界は青紫色に占拠され、それでも私には害がない。

 熱もない。息苦しさもない。肌は焼けず、髪も焼けず。喉も、肺も、いたって良好。


 私が生み出したすべてだから、私には何の影響もないんだって。

 このときの私はもう学んでいた。


 倒れている人たちを埋葬する力はない。

 このときの私にはまだあの力がなかったから。


 そして私は止め方も知らなかった。

 だっていつも止める必要がなかったから。


 こうなったら、もう全部焼き尽くしてしまおうと。

 当時の私には、それくらいしか思いつかなかった。

 それが最善だと信じていた。


 埋葬しなくちゃいけないことは知っていた。

 だけど出来ないことが分かっていたから。


 レンガさえも燃やし尽くせるこの炎なら、身体ごと全部どこかにあるという天界に届けてくれるんじゃないかと考えたんだ。



 そもそもが天界から得た力だもの。

 それを使って人を天界に送ることには、問題はなかったよね?


 この国のために生きていると信じていた私。

 そうじゃないなんて誰も教えてくれなかった。


 いつもこの炎を捧げてきたのに。


 神様を一度通して、それからこの国の民に分配されるんだって聞いていた。

 それはとてもいいことだと教わっていたから。


 痛くても苦しくても我慢していたのに。


 国のために生まれ、国のために生きる。

 その役割を全否定されてしまったら、もう生きる意味なんて私にはなかった。

 それ以外を教わらなかったからだ。


 だから全部、この国と、そして私の象徴であるお城と共に。

 消えてしまえばいい、私自身も共に──。



 視線が落ちた。


 私なんて助けようとしなくてよかったのに。

 逃げてくれたって、別に恨まなかったよ?


 目のまえに落ちていた身体がひとつ消えていた。

 

 その後には何もない。


 魔力を出し切ろう。

 そうしたら、私のことも残った炎が燃やしてくれると思うから。


 立っていられなくなって、座りこんで、そのうち横になった。

 好きだった天井がなくなって、青紫が消えて、ただの青がある。


 空だ。


 描いた空より空は青かった。

 城なんてない方が綺麗だったんだね。

 そんなことをぼんやりと思っていたら、急に影が落ちた。


 鳥じゃなかった。



 そこから何も覚えていない。

 記憶にあるのは、もっと後のこと。




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