70 第二王子の悔恨⑤

 第一王子とヨーク公爵令嬢の婚約解消の話は、意外にもすんなりと通った。


 シャーロット嬢の近頃の悪評は国王にも届いていたようで、父上も彼女が未来の国母として相応しいものかと頭を悩ませていたようだ。

 そこに、国の行く末を憂う第一王子の訴えと――第二王子の証言が決定打となったみたいだ。


 特に、僕の発言は効果的だった。

 なぜなら、公爵令嬢を実の姉のように慕っている第二王子でさえも愛想を尽かすような振る舞いをヨーク公爵は行っているのだと、非常に説得力が増したのだ。

 周囲から完全に公爵令嬢派の人間だと見られていた僕の厳しい発言は、彼女への客観的な評価となって国王にもとへと上げられた。


 僕の過剰に装飾された言葉は、鋭い牙となって……シャーロット嬢に止めを刺した。


 そして話し合いの結果、学園の卒業パーティーの終了後に秘密裏に婚約解消をすることが決定したのだった。

 国王の、苦渋の決断だった。


 ヨーク家は、国王派の筆頭貴族で派閥も大きい。

 父上は表立って自身の後ろ盾でもある公爵を敵に回したくなかった。それはドゥ・ルイス家の勢力を拡大することになり、下手をすれば王位継承の流れが変わる。


 かと言って、今の公爵令嬢を王太子妃に置くのも問題があり過ぎる。彼女を起因として王族の権威が崩れてしまうことも十分にあり得るのだ。


 そこで、僕は「兄上が駄目だったら僕が彼女と婚姻すればいいんじゃないかな」と、それとなく父上に伝えてみた。

 父上は僕たちの仲が良好なことを知っていたので、すぐさまヨーク公爵と話し合いの場を設けたようだ。


 王家としても、今後の求心力のためにも本音はヨーク家の令嬢を手放したくなかったし、いずれは傍系になる第二王子妃なら周囲への影響力も小さい。彼女の多少の横暴さもなんとかなるだろう。


 ヨーク家も、大事な娘が第一王子と婚約解消などという醜聞は大打撃だった。

 貴族の世界では、婚約解消はたとえ男のほうに非があっても世間体がよろしくない。令嬢側のほうが、あたかも傷物のように扱われるのだ。


 公爵はこのままでは娘は一生結婚できないかもしれないと危惧していた。

 そこに第二王子との縁談だ。断る理由はまずないだろう。


 ここまでが、全部が僕の目論見通りだった。


 これでいい。

 これで、全てが上手くいく。







 卒業パーティーの断罪劇は、まさに寝耳に水だった。



 その日は国王陛下も御来臨だというのに、兄上が男爵令嬢をエスコートすると言い張るので、僕はいつも通りにシャーロット嬢を誘った。

 すると彼女は矢庭に顔を白くしたと思ったら、さっと俯いてか細い肩を震わせていた。ポツリと、床に一滴涙が落ちて、僕はなんとも言えない複雑な気分になった。


 無理もないことだろう。

 節目の大事なパーティーで婚約者からエスコートの拒絶。更には国王陛下の目の前で、婚約者は自身より遥か下の身位の男爵令嬢を、まるで本物の婚約者のように持てなすのだ。


 これは、屈辱以外のなにものでもなかった。


 僕は絶望に沈みかけている彼女をなんとか宥めて、一緒に卒業パーティーに参加することになった。

 彼女の感情とは反比例して、僕は有頂天だった。卒業パーティーが終わったら、ついに愛する彼女と結ばれるのだ。こんなに幸せで良いのだろうか。

 まだ何も聞かされていない彼女に今すぐにでも愛を囁きたかったが、高貴な世界には順序というものがあるので、僕はぐっと堪えた。



 ヨーク家の屋敷まで迎えに行くと、泣き腫らしたのか目を赤くした彼女が力ない笑顔で迎えてくれた。


 今日の彼女の纏っている兄上の瞳の色のドレスは、ヨーク公爵が用意したらしい。

 一方男爵令嬢は、王太子である兄上が半年前から入念に準備をした最高級の特別なドレスだった。


 パーティー会場へ入場の際は、まるで彼女の本物の婚約者になった気分だった。

 僕たちが足を踏み入れると一斉に注目の的になって、不謹慎なのは分かっていたが、気分が昂揚した。彼女が自分の婚約者だと堂々と言える日が来るのが待ち遠しくてたまらなかった。


 僕たちは貴族たちから挨拶を受ける。

 その間も彼らの公爵令嬢に対する好奇の目はとめどなく注いでいたけど、彼女は気にも留めずに凛とした姿で迎え撃って、それは女神みたいに綺麗に見えた。


 これこそ真の公爵令嬢だと思った。

 あんな品のない無教養な男爵令嬢とは違う、王族の伴侶に相応しい高貴で美しい令嬢だ。


 兄上は、愚かだ。こんなに麗しくて、こんなに素晴らしい令嬢を冷遇するなんて。



 ファーストダンスは王太子とその婚約者……さすがに兄上でも国王陛下や高位貴族の前では我儘は許されず、顰めっ面で嫌々とシャーロット嬢の手を取っていた。


 華やかな音楽に合わせて流れるように踊っているはずなのに、二人の間はどこか暗くて、まるで葬送曲の楽譜をなぞっているような雰囲気だった。


 二人を包む狭い空間に、会話もない。

 彼女は終始俯いて、兄上も彼女の顔を見ようとしていなかった。


 視界の端で、男爵令嬢と兄上の取り巻きたちがニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら公爵令嬢を眺めていて、僕は不快感を隠せなかった。


 死神に捧げるダンスも終わって、「さぁ、お次は僕と楽しいダンスを踊ろうか」と彼女を誘おうとした折も折、想定外の、青天の霹靂のような言葉を兄上が冷たく言い放った。



「シャーロット・ヨーク公爵令嬢。お前とは婚約破棄をする」


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