61 アルバートの憂鬱①
妹の様子がおかしい。
温室にいた僕にヘンリー王子殿下からの急使が来たときは一瞬頭が真っ白になった。
シャーロットがドゥ・ルイス公爵令息と馬車で二人きりだって?
公爵令嬢である妹がそんな愚かな真似をするなんて、にわかには信じられなかった。
しかし、ヘンリー殿下が嘘をつくはずがない。僕は不安な気持ちで屋敷の門の前で待機していた。
その光景を見たときは目を疑った。妹は公爵令息にエスコートをされて楽しそうにドゥ・ルイス家の馬車から降りてきたのだ。
思わず怒鳴りそうになった。不本意とはいえ今は国の第一王子の婚約者なのに、なぜ他の令息と二人きりで馬車に乗っているのだ、と。
これは貴族の令嬢としてあってはならない行為だ。これでは、妹が浮気をしていると捉えられてもおかしくない。
僕はドゥ・ルイス公爵令息にさり気なく牽制をしたが、どうやら彼は聞く耳を持たないようだ。これは今後も妹に粉をかけてくるかもしれないな……と一抹の不安が過ぎった。
そして我が愚妹も反省の色がなく、しかも敵対勢力の公爵令息を庇って、その上ヘンリー王子殿下のことを「第二王子殿下」とあたかも他人事のように切り捨てたのだ。
妹はその日は一歩も部屋から出ずに、晩餐も拒否してずっと引き籠っていた。
おかしい。
僕は早速使いを出して、ヘンリー殿下に早馬で知らせてくださったことのお礼と妹の状況を、そして婚約者であるダイアナ・バイロン侯爵令嬢にも手紙を書いた。今日の顛末と学園でも妹の様子を観察して欲しい、と。
第一王子との婚約が正式に決まってから、妹が学園で一人でいることは完全になくなり、常に第一王子かディーたちと一緒に過ごしていたはずだった。それに、遠くからだが護衛も見守っていたはずだ。
それなのに、敵対勢力であるドゥ・ルイス公爵令息と二人きりになる機会が訪れるなんて……これはどう考えても仕組まれたものだ。
そして、妹のあの態度……あんなに好きだったヘンリー殿下に対しての冷淡な振る舞い…………そしてドゥ・ルイス公爵令息に対しての異様な信頼度………………。
僕の脳裏に一つの答えが思い浮かぶ。
あれを使われたか……。
以前、第一王子から秘密裏に研究をして欲しいと頼まれた希少な毒草。あの危険な薬草だ。どうやら人の判断力を鈍らせたり……最悪は洗脳状態にできるらしい。
妹は公爵令息にそれを盛られて、ヘンリー殿下に関する虚偽の情報を刷り込まれたのではないだろうか。
そして二人は仲違いを……なんのために? 仮に仲を壊すのなら婚約中である妹と第一王子……まぁ既に壊れているが……を婚約解消させるのが合理的なのではないだろうか。
妹個人を王弟派に引き込むため? その上で一騒動起こそうというのか?
モーガン男爵令嬢の断罪が行われた日に、第一王子は王位簒奪を目論む王弟派の一掃も同時に実行した。そこで多くの王弟派を捕らえたと思うのだが、おそらく首謀者であるドゥ・ルイス公爵家にはまだ届いていない。
しかし、あの日に王弟派のかなりの力を削ぎ落としたはずだ。だから簒奪計画に軌道修正が必要になって、その為に妹を利用しようとしている?
それにしても、狡猾なドゥ・ルイス公爵令息にしては軽率な………………まさか!?
そのとき、僕の頭の中にとんでもない妄想が浮かんできた。
まさか、ドゥ・ルイス公爵令息は本気でシャーロットのことを……?
すかさずブンブンと頭を振る。それこそ絶対にあり得ない話だ。あの功利主義で冷酷な公爵令息が個人的な感情で動くはずがない。
だが、眠っていた獅子がこんなに簡単に尻尾を出すなんて、そうとしか考えられないのだ。シャーロットを手に入れたいが為に手段を選ばなくなったのか?
頭がズキズキと痛みだした。
……正直言うと、妹が不幸になる未来しか見えない第一王子より、派閥は違えど妹のことを本当に愛してくれる公爵令息と一緒になったほうがいいのかもしれない。それに国王派のヨーク家と王弟派のドゥ・ルイス家が姻戚関係になることによって、今後起こり得る国の内乱も避けられるかもしれない。
……いや、駄目だ。なにを考えているんだ、僕は。
妹はヘンリー殿下と愛し合っている。兄としても二人がめでたく結ばれて幸せになって欲しいのだ。
だから、まずは洗脳状態の妹を元に戻して、ひびの入った二人の関係を修復しなければ……!
あの毒薬に関するものは全て処分したが、僕の頭の中にはまだ残っている。
解毒剤もなんとか調合を……無理だ。まだ完全に分析し終わっていないので、解毒剤を作るにしても毒草自体が必要だ。似通った成分を持つ植物で差し当たっての代用ができるかもしれないが……いや、万が一のことがあったら非常に不味い。妹の肉体を命の危険に晒す可能性があるからだ。
「はぁ…………」
僕は深いため息をついた。
……第一王子のところへ行くしかないのか。
酷く憂鬱な気分になって、後頭部を強く殴られたように痛みが激しくなった。
だが……大切な妹のためだ。あいつに頭を下げるなんてなんてことないさ。僕のプライドなんて、角砂糖のように簡単に崩れて水の中に溶けてしまっても構わない。
ヘンリー殿下からの話を考察すると、僕は前回の人生では妹に対してなんの役にも立たなかったようだ。むしろ、足を引っ張っていたのかもしれない。
だから、今度こそ妹の力になるのだ。
たった一人の兄として。
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