59 第一王子の独白⑧

 忠告のおかげか、学園に入学してからシャーロットは大人しくしていた。

 ヘンリーとなにかこそこそ動き回っているようだが、まぁあの二人なら特に脅威にはならないだろう。

 ただ、アーサーたちに記憶を保持しているということを勘付かれるようなへまをされると困るので、密かに監視を付けることにした。


 男爵令嬢との交際は順調だった。

 俺は前回と同じようにアレと運命の出会いを果たして、愛を育み、薬を盛られて、今ではあのクソ女の虜だ。

 正直、アレの顔を見る度に激しい憎悪を覚えて頭痛と吐き気が止まらなかった。だが、復讐を成し遂げる為にもひたすら耐えた。

 アレを抱くたびにこのまま殴り殺したい衝動に駆られたが、モーガン男爵家やドゥ・ルイス公爵家を糾弾して評判を地に堕として家門を断絶させ、絶望している本人たちを殺すほうが良いと思ったので、ぐっと堪えてアレに偽りの愛の言葉を囁き続けた。


 しかし、前回の人生のことが頭を過ぎって発作のように胸部が苦しくなって、どうしてもクソ女の顔を見たくないときがある。

 そんなときは会わない代わりに贈り物をたくさん用意した。更には男爵家への融資や事業の便宜も積極的に行って、今では名実共に「男爵令嬢に溺れたバカ王子」だ。

 それは前回よりも酷い言われようだった。平民の血を引き合いに出されて貴族たちに陰で言われたい放題だった。


 だが、それでいい。

 俺は今回も道化を演じ切って奴らを油断させるのだ。




 シャーロットの兄であるアルバート公爵令息から決別を告げられたときは少し困惑した。またあの女が余計なことをやったのか、と。

 過去の記憶を持っていることを多くの者に知られれば知られるほどリスクは高くなるというのに、あの女はなにを考えてペラペラと喋っているんだ……と、腹が立って仕方がなかった。


 正直、ここで公爵令息にあの毒草の研究から抜けられると不味い。王宮には薬師はいるが、どこから王弟派に情報が漏れるか分からないので秘密裏に事を進めたいから彼らには頼れない。

 俺自身も研究はしているが、なにせ本の知識だけでは専門家には及ばない。なるべく前回の人生に沿った行動を取りたかったので、公然には薬草の研究なんてできなかった。


 だが、それの流通の調査だけは密かに続けた。

 その結果、薬草自体は案の定アーサーの第二の故郷と言ってもいい隣国が関わっていたことが分かった。

 隣国の王家は、これを上手く利用して諜報に利用しているようだ。頭がぼうっとして正常な判断ができなくなって、相手の言いなりになる効果があるらしい。他はまだ不明だ。


 薬草の分析は頓挫したが、公爵令息から「解毒剤が出来上がるまで時間がかかるので、少量ずつ体内に入れて耐性を付けろ」と言われたことが役に立った。

 俺は毎日少しずつ経口摂取をして、量もだんだん増やしていた。激しい目眩や頭痛、耳鳴り、嘔吐など副作用で苦しかったが、我慢して摂り続けた甲斐があった。


 運も良かった。男爵令嬢は今回は薬を使わなくとも俺が自身に夢中になっていると思い込んで、毒を盛る機会を減らしていたようだ。だから、多少なりとも耐性の付いた俺には殆ど効果がなかったのだ。


 もう少しで解毒剤が完成しそうだったので、公爵令息の離反は正直のところ痛かった。切り札の一つとして用意しておきたかったのだ。

 だが、悔いていても仕方ない。今回は俺が男爵令嬢に溺れることは絶対にあり得ないので、まぁなんとかなるだろう。





 俺はそうやって、復讐のために着々と準備を進めていった。


 計画は順調だった。アーサーや男爵令嬢たちは面白いほどに前回と同じ道筋を辿っていて、彼らの行動が手に取るように分かったのでやり易かった。

 王弟派たちはやはり王位簒奪を考えているようで、その証拠を次々と集めて行った。さすがに終着点のドゥ・ルイス家までは辿り着かなかったが、これも時間の問題だろう。


 監視によると、ヘンリーもシャーロットたちと男爵家を中心に調査をしているようだった。おそらく断罪されるときに反撃する為だろうか。

 俺は部下に命令をして密かにあいつらに情報を流してやった。手札は多いほどいい。その為にあいつらを上手く利用すればいい。


 お誂え向きなことに、すっかり俺が落ちたと思い込んでいる男爵令嬢が「誕生パーティーの日に二人の婚約を発表しよう」と提案してきた。そして、シャーロットの悪事を白日の下に晒そうとも。

 俺は快諾した。そして星の数ほどの熱烈な愛の言葉をアレに浴びさせて激しく抱いた。アレは本気で俺と婚約できると信じ込んでいるようで、思わず吹き出しそうになった。


 最高の舞台のために、アレにはとびきり上等なドレスや装飾品を用意してやった。全てがヨーク家以上の一級品だ。

 これが最後になることも知らずに、アレはとても喜んでいて俺はそれを冷めた目で見ていた。



 そして、断罪の日。

 俺はこの日に王弟派を始末しようと、彼らの王位簒奪計画の証拠を携えて極秘に軍の国王派に掛け合った。そこで一斉に犯罪者たちを捕らえようという算段である。彼らは国王にさえ気付かれないように上手く動いてくれた。


 あとは、シャーロットに任せようと思った。

 きっとあの女は自身の手で男爵令嬢に打ち勝ちたいのだろう。そこは絶対に俺が口を挟んだらいけないことだと思った。

 ……負い目はある。

 それに、俺は男爵令嬢とアーサーに復讐できればそれでいい。二人をこれ以上ないくらいに苦しめて苦しめて、最後に後世に語られるくらいの凄惨な死を与えられたらそれでいいのだ。だから、その実行者がシャーロットでもヘンリーでも構わない。


 当日は俺がきっかけを与えて、あの女に男爵令嬢の断罪をさせた。

 あのクソ女の勝者から敗者へと変貌する姿はおかしくてたまらなかった。あとはシャーロットと同じ目……いや、それより酷い目に合わせれば完了だ。


 これで一段落と言いたいところだが、まだドゥ・ルイス家の破滅までは辿り着けていなかった。だから、シャーロット・ヨーク公爵令嬢という存在は俺には必要だった。

 その為にも、俺は誕生パーティーで敢えてあの女との婚約宣言をしたのだ。あの女も弟も怒り心頭だったが、目的達成のためなら仕方ない。


 全てが終わったら、シャーロットは自由にしてやる。





◇◇◇





「モーガン男爵令嬢が逃げただと……?」


 俺は凍り付いた。あの地下牢から逃げただと? 信じられない……。


「申し訳ありません、殿下!」と、従者が深く頭を下げる。


「鍵は掛けていたのだろう? 何故だ?」


「はっ、どうやら門番の意識が朦朧としていまして、こちらがなにを尋ねても答えず……」


「意識が、だと?」


 俺の脳裏に一つのことが浮かぶ。

 まさか、毒薬を使ったのか……?


「牢屋に入れる前に男爵令嬢の身体検査はしなかったのか!?」


「はい……。その、一番劣悪な環境ですので平民出の下の者が管理を行っておりまして……さすがに平民から貴族令嬢には…………」


「馬鹿かっ!!」


 俺は怒りのあまり大声でがなり立てた。牢に入れる前に身体中を隈なく調査しないなんて、あり得ない。兵士もここまで落ちたか……いや、王弟派の差金か?


「申し訳ありませんっ!!」


 俺は大きくため息をついて、


「もう良い。起きたことは仕方ない。全力で男爵令嬢を探せ! ……死ななければなにをしたって構わない。良いな?」


「御意!」





「くそっ!!」


 部屋に一人残された俺は怒りのあまり、机をドンと強く叩いた。瓶の中のインクがぴしゃりと跳ねる。

 迂闊だった。兵士に任せた俺が馬鹿だった。シャーロットに偉そうに言っておいて、とんだ愚か者だな。


 アレのことだろう、おそらく逆恨みでシャーロットや俺に牙を剥くはずだ。あんなに半狂乱になった後だと、なにを為出かすか分からない。


 警備を固めなければいけない。……シャーロットも。きっと王族の俺より公爵家のほうが狙いやすいだろうから、ヨーク家に向かう可能性が高い。


 絶対にあのクソ女を捕まえて殺すのだ。



 絶対に。


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