55 第一王子の独白④

「……………………」



 俺は目を剥いて、硬直した。

 一瞬、彼らがなにを言っているのか理解不能だった。


 俺はこの国の王太子だぞ?

 しかも、まさに今日これから戴冠式を迎える予定の……。


「……なにを言っている。無礼だぞ。速やかに退室するように……いや、お前たち全員反逆罪で処刑してや――」

 


「反逆罪はあんたよ、エドワード・グレトラント」


 扉の向こうから聞き覚えのある声が響いた。鈴を転がしたような可愛らしい声。あの声は紛うことなき俺の愛するロージーの声だ。

 だが、それはいつもの花の蜜のような甘ったるい声音ではなく、氷のような冷たい語気を帯びていたのだ。


「ロー……ジー……?」


 俺はおそるおそる彼女の名前を呼ぶ。それに応えるかのように、彼女はゆっくりと部屋の中に入って来た。


「ロ――っっ!?」


 目を疑った。

 ロージーと腕を組んで共に歩いて来たのは……アーサー・ドゥ・ルイス公爵令息だったのだ。


「…………」


 俺は息を呑む。

 なにが起こっているのか分からなかった。


 何故、ロージーがアーサーと一緒にいる?

 何故、ロージーはアーサーとあんなに仲睦まじい雰囲気なのだ?


「捕らえよ」


 アーサーの声が静かに鳴り響いた。

 次の瞬間、複数の騎士たちが俺の身体を押さえ付けて雁字搦めになる。彼らは王太子の俺に向かって容赦なく力で捻じ伏せた。関節が軋んで、思わず声が出た。


「なっ……どういうことだっ!? 俺は王太子だぞっ! 今すぐこの汚い手を離せ!」


 俺はもがきながら必死で叫ぶが、騎士たちは頑として動かなかった。


 アーサーと目が合う。彼は勝ち誇ったようにニヤリと笑いながら俺を眺める。そして、


「聞こえなかったのか? お前はこれから処刑されるんだよ」と、したり顔で言い放った。


 途端に俺はカッと頭に血が上る。あまりの怒りで気が触れそうになった。平静を保てなくて、視界が霞む。自分一人だけが目まぐるしく動く世界から取り残されているようで、訳が分からずに、ただ悔しくて悔しくて悔しくて、身体中の血が沸騰して飛び出しそうだった。


 


 アーサー・ドゥ・ルイス公爵令息。俺はシャーロットと並んで、昔からコイツが大嫌いだった。

 俺と同い年で、王位継承権を持つ……王弟派の旗頭。


 幼い頃からなにかとコイツと比較されて育って、父上からよく叱責されたのを今でも鮮明に覚えている。

「お前はアーサーより血が悪いのだから、能力では絶対にあいつに負けるな」

「お前はアーサーより血が悪いのだから、絶対にあいつの未来の伴侶より血筋の良い令嬢を妻に迎えろ」

「お前はアーサーより血が悪いのだから……」

「血が悪い」「血が悪い」

 ――と、何度この言葉を聞いたことだろうか。

 父上は着実に力を付けている王弟派を酷く警戒していた。彼らを駆逐して現王家の地位を盤石にしようと常に苦慮していた。


 そんな中で、自然と俺もアーサーを意識するようになった。

 コイツは初めて会ったときから俺のことを下に見ていて、血筋のことで皮肉を言ってきたり、俺自身のこともあからさまに小馬鹿にしてきたり……不快な思い出しかなかった。

 父上が常に俺たちを比べるものだから、余計に腹が立って仕方がなかった。


 アーサーもシャーロットも、自身の家門に異常なまでの矜持を持っていて、身分の低い者はまるで価値のないかのように相手にしない。それは間違っていると思った。人の真価は身分では測れないのだ。

 俺は国王になったら、そういった愚かな考えの持ち主を全て排除しようと思っていた。


 ドゥ・ルイス家も、ヨーク家も、全部、全部――……。


  


「あんたは――」


 ロージーの声ではっと我に返る。彼女はいつもの女神みたいな優しい視線ではなくて、蔑みが内包された冷たい双眸を突き刺すように俺に向けていた。


「あんたは、これから処刑されるのよ。戴冠式を目前にして残念だったわね。ま、端っからあんたみたいなのが国王になるなんてあり得ないけど」


「なにを……なにを言っているんだ、ロージー。俺たちは戴冠式が終わったら婚姻の義を行うのではなかったのか……?」と、俺は震える小さな声で問う。


「あっは」ロージーはおかしそうにケラケラと笑った。「バッカじゃないの? あんたなんか最初から相手にしていないわ。あたしが愛しているのはアーサー様だけよ。あんた、出会ったときからずっとあたしに騙されていたのよ。気付かなかったの? 本当に惨めな男だこと……ふふつ」


「そういうことだ。残念だったな、エドワード」


 ロージーはアーサーに甘えるようにぎゅっと抱きついた。彼女はとろけるような瞳でアーサーを見つめて、しっとりと指先を絡める。アーサーは彼女に口づけをする。二人は舌を交わい、唾液の縺れ合う音が聞こえた。


 それは地獄のような光景だった。

 頭の中に轟々と不協和音のようなけたたましい音が鳴り響く。キンと耳が突き刺さるように激しく痛みだした。グラグラと視界が揺れて、急激に寒気がして、過呼吸になる。


 嘘だ。見たくない。嫌だ。その手を離してくれ。唇も。お願いだから。これまでみたいに俺だけを見てくれ。もう止めろ。何故だ。なんで……アーサーなんかに…………なんで――――……………………。



 目の前が真っ暗になった。


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