48 男爵令嬢の独白②
あの女を貶めるのは簡単だった。
馬鹿な嫉妬心のせいで評判はもう最悪だったし、第一王子からの心象も下の下の下だったから、あたしがあの女からの被害をちょっと大袈裟に言っただけで皆まるまる信じてくれて、多くの人間があの女から離れて行ったわ。
これまであの女を令嬢の手本だと絶賛していた貴族たちが掌返しをする様子は、おかしくって仕方がなかった。
唯一、第二王子だけはあの女の味方をしていたようだったけど、所詮はスペアの第二王子なんて小物よね。なんの影響力もないし、あたしの敵にもならなかったわ。
……これで彼の目も覚めるはずだと思ったんだけど、そんなことは全くなかった。
彼は変わらずにあの女と親しく会話をしている。
そこに軽蔑や憎悪といった感情なんてこれっぽちも宿っていなかったし、むしろ愛情が深くなっているようにさえ感じた。
なんで?
なんで、あんな女がいいの?
あんな傲慢な女のどこがいいの?
あたしのほうが可愛いし、愛嬌もあるし、それに世間知らずの箱庭令嬢より世の中のことをよく知っている。
たしかに血筋……と、成績は負けるかもしれないけど……それ以外は全部あたしのほうが勝っているのに。あたしのほうが絶対にイイ女なのに。
だから、あたしは考えたの。
あの女がいなくなれば、彼の心はあたしに戻ってくるはずだ、って。
そうよ、これは彼の気まぐれな好奇心なんだわ。
第一王子の婚約者であるあの女のことがちょっと気になるだけ。だって本来なら、あの女は王子である彼の婚約者になっていたはずの令嬢なんだから。
だから、もしかしたら自分の婚約者だったかもしれないあの女に少しだけ興味を持っているだけなんだわ。
婚約者があんなヒステリックで偉そうな女だったら誰だって嫌なはず。だから彼もその最悪な性格を正そうと、あの女に近寄っていただけなんだわ。
だって未来のお妃があんなのだと彼も困るものね。あんな馬鹿な王妃だと国も困るだろうし。
ま、本当のお妃様はあたしなんだけど。
でも、このままだと「魔が差した」って事態も起こるかもしれない。
もし万が一そんなことになってヨーク公爵家がしゃしゃり出て来たら、男爵家のあたしの家門だと太刀打ちできないわ。いくら彼でも「責任を取れ」ってヨーク家に責められたら逃げ切れないかもしれないし。
だって、ヨーク公爵家も他の国のお姫様をお嫁さんにしているような凄い家系なんでしょう?
彼が言っていたわ、今の王家よりヨーク家のほうが家柄が上だって。そして国内では唯一ドゥ・ルイス家に釣り合う家門だって。
だから、あたしは決めたの。
大事になる前にあの女を始末しよう、って。
そうしたら彼の心もあたしのところに戻って来てくれるはずだから。
第一王子を唆すのはちょろかったわ。
この頃にはもうあたしのことを妄信していたし、あの女の有る事無い事を吹き込んで、更に令息や王弟派の貴族たちが用意した嘘の証拠を突き付けたの。
ヨーク家自体の偽の罪状を王弟派たちがあらかじめ準備してくれていたし、王宮も彼のおかげでいつの間にか王弟派が牛耳っていたから、あの女を処刑に持ち込むのは楽ちんだったわ。
ただ、問題は彼を怒らせる可能性があるということね。
あの女は彼の指示で本来なら修道院送りの予定だったの。それを無視して勝手に処刑をしたらきっとすっごく怒るに決まってる。
だから彼がもう一つの故郷でもある隣国へ行っている間にパパッと済ませちゃおうって考えたの。実行犯は第一王子にしておけばいいわ。どうせ彼もあの女の処刑を望んでいるし、罪は全部押し付けちゃえ!
計画通りに、処刑は彼が旅立った次の日に行われたわ。
あの女はずっと太陽の届かない地下牢に閉じ込められていたから乞食みたいにボロボロで、公爵令嬢だった頃の華々しい姿は見る影もなくなってて、すっごくおかしかった。ガリガリのブスでとっても笑えたわぁ。惨めね。
処刑直前に第二王子が邪魔しに来たけど、まぁあんな小物なんてどうとでもなるわよね。衛兵に捕らえさせて自室に軟禁してあげたわ。
でもコイツもどうせ後で殺される予定だし、あの女と仲良く首を並べさせるのも良かったかなぁ……って、ちょっと後悔。
彼が帰ってきたときは怒られるかヒヤヒヤしたけど、あの女が消えて目が覚めたみたいで特にお咎めはなかったわ。
むしろ、よしよしって頭を撫でてくれたの。「これで第一王子を処刑する大義名分ができた」って。
それから彼が邪魔な第一王子をはじめとする王族と国王派の貴族たちを処刑や暗殺をして――……あれ? その後はよく覚えていないけど、気が付いたらあたしは彼と出会う前に時間が巻き戻っていたの。
とっても悔しかったわ。
だって、彼が晴れて王様になって、あたしがお妃様になった姿をすっぽりと忘れちゃっているんだもの。なんでこんな大事な記憶が抜けちゃっているわけ? 一番大切なところなのに!
だから今回はちゃんとお妃様になるまで頑張らなきゃ、ってあたしは決意したの。
今度こそ、彼と添い遂げてみせる……!
彼との二度目の運命の出会いもとってもロマンチックだったわ。
彼は相変わらず素敵で優しくて、今回も……いえ、前回よりも大好きになっちゃった。
彼からの頼まれごとは二回目だから、すんなりと仕事ができたわ。
しかも第一王子ったら前回より早くあたしに夢中になっちゃって、あたしの男を誘惑する腕っぷりも上がったわね。他の国王派の令息たちもあたしに首ったけなのよ。
自分で言うのもなんだけど、あたしってイイ女だから?
予想外だったのは、あの女が今回は第二王子とくっついちゃったってことね。あれにはビックリさせられたわ。
第二王子は今度こそ恋が叶って良かったわね。前の人生からの執念ってやつかしら。あの王子は粘着質なかんじだったものね。ああいうマザコン気質の男ってネチネチしてて最悪よね。
ま、アレらの恋路なんて正直どうでもいいし、二人でどうぞお幸せに……って言いたいところだけど、あたしはそう呑気に祝ってあげられない事情があった。
……今回も、彼の視線はあの女に釘付けだったの。
なんで? どうして?
彼はあたしの運命の人なのに。
こんなの、間違っている。
だから、彼のさまよう心を早くあたしが救ってあげなきゃいけないんだわ。
あたしは急いだ。早く彼をあの女の幻想から目覚めさせなきゃ、って。
運のいいことに今回は第一王子が前にも増してあたしに夢中だったから、上手く唆して王子の誕生パーティーの日にあたしとの婚約宣言とあの女の断罪をやってもらうことにしたわ。
彼もすっごく乗り気で、あの女とヨーク家の嘘の証拠を用意して罪をでっち上げてくれるって約束してくれた。
全ては上手く行くはずだった。
今回は早く邪魔者を排除して、早く彼と結ばれる予定だった。
王様と、お妃様として……。
◇◇◇
「いたぁいっ!」
あたしはまるで荷物のように乱暴に牢屋に投げ込まれた。
薄暗くてじめじめした地下牢――前回はあの女が投獄された牢屋だ。ムワッとした悪臭と隅に蠢く黒いものがぞわぞわと鳥肌を誘う、酷く不快で吐き気のするような場所だった。
「なんでこんなことをするの! ここから出しなさい! あたしは第一王子の婚約者なのよ!」
「黙れ、薄汚い娼婦が。第一王子殿下の婚約者はヨーク公爵令嬢だ。お前は処刑の日までここで大人しくしてな」
「ふざけないでっ!! あたしは未来の王妃様なのよっ!!」
あたしが声高に抗議をしても、門番は決してこっちを振り返らなかった。
ぎりりと唇を噛む。悔しい。こんなところで終わりたくない。
あたしは、この国の国母になる令嬢なのよ!
ロージー・ドゥ・ルイス・グレトランドになる女なんだから!
あの二人の虫唾が走るむかつく顔が嫌でも頭にこびりついて離れなかった。
第一王子はあたしに騙された振りをして、水面下ではあたしを陥れるように準備をしていたのだ。しかも、あの女と一緒になって……。
唇から血が滲んだ。これがどんなに屈辱的か。あいつらは表面上は無関係を装って、裏では結託してあたしを辱めた。貶めた。侮辱した。
あたしと彼の恋を邪魔する二人。
絶対に許さない……。
あたしはおもむろに立ち上がる。懐から彼にもらった毒薬の小瓶を取り出した。
エドワード・グレトラント、シャーロット・ヨーク……、
二人とも、あたしがこの手で殺してやる……!
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