31 第二王子の独白②
まさかとは思ったが、本当に驚いた。
兄上も前の記憶を持っていたなんて……!
意識がブツリと途絶えて気が付いたら僕は11歳で、過去に戻ったと自覚したときに今度こそロッティーを守ると誓った。
僕は過去の人生から逸脱しないように過ごしつつ……分かることを分からない振りをするのは大変だった……特に兄上の動向に注視していた。
だが、兄上はびっくりするくらい過去と変わっていなかった。
相変わらず優秀でなんでもできて、頼りがいのある兄だった。僕との仲も良好でよく遊んでくれたし、いろいろと気にかけてくれた。男爵令嬢と出会って変わってしまった兄上がもとに戻ってきてくれたようで、嬉しくてちょっと泣けてきた。
だから、兄上の記憶は戻っていないと思っていたんだ。
そう確信したとき、僕は行動に出た。こういうことは先手必勝だ。
無念にもロッティーとの婚約は果たせなかったが、僕が彼女を将来の伴侶にしたい気持ちを家族に打ち明けたとき、兄上は父上や母上と同じように驚きの様相をしただけで、特になにも言及してこなかった。
兄上とロッティーとのお茶会に僕も参加したいと懇願したときも「仕方ないな」と苦笑いするだけだった。
そのお茶会から、少しずつ前の記憶と状況が変わっていった。
一番驚いたのが、ロッティーが兄上に一目惚れしないどころか逆に婚約を辞退しようとしたこと……そして、兄上のほうが彼女との婚約を望んでいることだった。たしかにあのお茶会でのロッティーはとっても可愛くて、兄上が彼女を気に入るのも頷ける。
だが、仮にその時にもう兄上の記憶も戻っていたとしたら、後々モーガン男爵令嬢という最愛の人に出会うことを知っているわけで、なのになぜわざわざ嫌悪していたロッティーと婚約を結ぶのか……僕にはさっぱり理解できなかった。
学園で男爵令嬢と知り合う前までの他の令嬢避けか?
兄上は王子という身分に加えて見た目も良い。婚約者が決まっていないとなると、多くの令嬢が群がるだろう。ヨーク公爵令嬢はそれらの格好の虫除けになる。同年代で彼女と正々堂々と渡り合えるのはバイロン侯爵令嬢くらいだ。
……それとも、なにか他に目的があるのだろうか?
いずれにせよ、今回もロッティーを絶望のどん底に突き落とそうとするのなら、僕が兄上と対峙するまでだ。
この前、馬車の中でロッティーから聞かれたことに僕は嘘をついた。
……いや、正しくは分からなかったんだ。
ロッティーが処刑される少し前に母上は事故で死んだ。3階のバルコニーから落ちたんだ。僕は事故ではないと思っている。
父上は、その数日後に毒を盛られて意識不明となって、そのまま……。
そして僕はというと、突如寝室に闖入してきた10人ほどの暗殺者たちに抵抗する間もなく殺されてしまった。笑えるくらい呆気ない最期だった。愛する人を守れずに、間抜けにも顔も知らない暗殺者に命を取られるなんて!
だから、兄上と男爵令嬢があのまま結婚まで漕ぎ着けたのか、この国がどうなったのか……正確には分からなかった。
兄上以外の王族が殺されたんだ。国は国王派と王弟派の対立が深刻になって、おそらく内戦が勃発しただろう。
兄上と男爵令嬢も無事ではなかったのかもしれないし、ドゥ・ルイスが王位に就いたのかもしれないし、あるいは奮起した国王派が巻き返したのかもしれない。はたまたエドワード国王とロージー妃が中興の祖として国を立て直したのか……いや、あの二人に限ってこれはないか。
先に死んだ僕にはまったく分からない。
そんなこと悲しいこと、ロッティーには口が裂けても言えないよ……。
――コン、コン。
ノックの音がした。僕は「どうぞ」と自室に招き入れる。音の主は兄上だった。
「ハリー、今いいか? 借りていた本を返そうと思って」
「あぁ、そこに置いといて」と、僕は机を指す。兄上は「この本、面白かったよ。ありがとう」と、静かに本を置いた。
「……………………」
僕はじっと兄上を見た。
まったく、なにを考えているんだ。ずっと涼しい顔をして僕を欺いてきて。……いや、僕も過去の記憶のことを隠していたからお互いさまだろうか。
兄上は僕を見てふっと笑みを漏らして、
「……なんだ、シャーロットから聞いたのか?」
「なっ……!?」
僕は不意の言葉に目を見開いて、仰け反った。
「分かりやすいんだよ、お前は」と、兄上はくつくつと笑う。
「笑いごとじゃないだろ!」僕はきっと兄上を睨み付けた。「ロッティーをどうするつもりだ!? 彼女は前の人生で兄上のせいでボロボロになって、最期は処刑されたんだぞっ!?」
「そう怒鳴るなよ。あの女が今回は大人しくしているのならなにもしないさ」
「じゃあ、なんでロッティーと婚約を希望するんだよ!? 男爵令嬢と結婚するつもりなら彼女を解放してやってくれ!!」
「それで、どうするんだ?」
「はぁっ!?」
「……仮に開放したらドゥ・ルイス家にすぐさまシャーロットを取られるぞ」
「えっ……?」
「あの一族は手段を選ばないからな。お前なんかすぐにやられるだろう。お前もあの女も抜けているところがあるからな。気が付いたときにはシャーロット・ドゥ・ルイスだ」と、兄上は鼻で笑う。
僕は困惑して押し黙った。
たしかにドゥ・ルイス家は厄介だ。今でも虎視眈々と王位を狙ってきていて、最近はその勢力も拡大しつつある。その旗頭であるアーサー公爵令息にロッティーが嫁ぐとなると、派閥の勢力図も一気に変わるだろう。グレトラント家の王位も揺らぐかもしれない。
「じゃあ、兄上は国王派のためにロッティーと婚約したいってこと? 男爵令嬢が現れたあとはどうするの?」
僕が尋ねると兄上はしばし沈黙して、
「……お前は今回は協力してくれないんだ?」と、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「は?」僕はにわかに頭に血がのぼった。「僕がそんなことするはずないだろうっ!!」
「ふっ……そうか」兄上は軽く息を吐いて「お前にも忠告しておこう。俺の邪魔をするな。おかしな真似をしたらお前もあの女も一緒に国外追放にするぞ」
「はっ、上等だよ! 兄上こそロッティーになにかしたら今度は僕が処刑台に送ってやるからな!」
「それは楽しみだな」と、兄上は部屋を出て行った。
なにを考えているんだ、兄上は。
ロッティーをドゥ・ルイス家に取られたら不味いのは分かるけど、それにしても彼女をまたぞろ縛り付けるなんてあんまりだ。
僕は……今回も彼女を救うことができないのか……?
いや、悲嘆に暮れている暇はない。
早くなんとかしなければ。
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