3 目が覚めたら
「えっ……?」
気が付くと、視線の先には見覚えのある風景が広がっていた。
白とピンクを基調にした少々子供っぽい調度品が並ぶ空間。
右を向くと、窓に備え付けてあるレースのカーテンがゆらゆらと揺れていた。その端に縫い付けられた主張の激しいフリルは改めて見るとなんて稚拙で悪趣味なのだろうと感じるが、子供の頃はとっても可愛い世界で一番素敵なカーテンだと思っていたっけ。
「あの頃は幸せだったわね……」と、わたくしは苦笑いをした。
「お嬢様、寝ぼけているんですかぁ? そんなお姉さんみたいなことを言っちゃって~」
「ふぇ……!?」
左に目を向けると、そこにはわたくしの専属の侍女のミリーがくすくすと笑っている姿があった。
「ミリーっ!!」
わたくしは飛び上がって彼女に抱きつく。
「もう、さっきから一体どうしちゃったんですか? 怖い夢でも見たんでしょうか?」
ミリーはわたくしをしっかりと抱きしめてよしよしと頭を撫でてくれた。
暖かい。凄く安心する。
思えばミリーはいつもわたくしの側にいてくれたわね。嬉しいときも悲しいときも……そしてモーガン男爵令嬢に悋気で怒り狂っているときも。
それに、わたくしが公爵令嬢というつまらないプライドに胡座をかいて高慢な態度を取っても文句一つ言わずにわたくしに仕えてくれたわ。
「お嬢様、もうお昼ですよ。そろそろ起きて旦那様へ挨拶に行かないと」
その言葉にわたくしははっと我に返って、顔を上げた。
今、旦那様って言ったわよね? ということは――、
「お父様は生きているの? 処刑されたのではなかったの?」
「えぇっ!?」
ミリーは目を丸くして、
「なに言ってるんですかぁっ! きっと悪い夢を見たのですね。旦那様はご健在ですよ? さっきだって、可愛い娘の挨拶はまだかって――」
「お父様っ!!」
次の瞬間、わたくしは裸足のまま勢いよく部屋から飛び出した。
「お、お嬢様!? どこへ行かれるのですかぁっ!?」
ミリーが慌てて追いかけて来るが、わたくしは構わずに全力で廊下を走った。まだ寝癖のついたままの髪も寝間着姿もどうでもよかった。
早く、お父様に会いたい。会って無事を確かめたい!
「お父様っ!!」
わたくしは書斎を乱暴に開けると、目を見張ってこちらを見ているお父様に向かって飛び込むように抱きついた。
「生きててよかったですわ、お父様! 処刑されていなくて本当によかった……!」
嬉しさのあまり、堰を切ったように涙が溢れ出す。
「おいおい、どうしたんだロッティー? 私が処刑だなんて」と、お父様はわたくしの背中をぽんぽんと軽く叩いた。
「お嬢様はどうやら悪い夢を見たみたいで……」
やっと追いついたミリーが息を切らせながら言った。
「そうかそうか」と、お父様は目を細める。「それでこんなに乱れた格好で私のもとへ駆けつけて来たのか。大丈夫だよ、ロッティー。お父様は処刑なんてされないよ」
「だ、だってぇ……」
わたくしは言葉に詰まる。
まるで夢を見ているようだわ。
さっきまで絶望で喜怒哀楽も感じなくなっていたのに、ミリーやお父様と触れ合って、こんなに嬉しさが込み上げてくるなんて。
これは現実なのかしら?
「まぁっ!? シャーロット! なんて醜態なのかしら? レディーが人前でなんて大泣きするなんて、はしたない! それにその姿はなんですか! それでも公爵令嬢なのですか?」
もう何度も聞いた懐かしいお小言の声にわたくしは振り向いた。
扉の前にはお母様が険しい顔をしてわたくしを見下ろしていた。
「お母様っ!!」
わたくしはお父様の腕の中をするりと抜けて今度はお母様に向かって激突するように抱きついた。
「お母様もご無事でよかった……!」
「あらあらあら。どうしたのかしら、この子は」
お母様もわたくしを抱き返してくれる。花のようないい香りがした。
「なにやら我々が処刑される夢を見たらしいんだ」
「それでこんなに甘えんぼさんになったのね」と、お母様はいつもより優しい声で言った。
「お母様ぁ……」
わたくしの頬に再び滂沱の涙が流れる。すると、お母様がハンカチで優しく拭ってくれた。
「ロッティー、父も母も大丈夫ですよ? さぁ、お母様と一緒に支度をしましょう」
「はい、お母様」
わたくしはお母様に手を引かれて自室へ向かった。
その後も身支度にお母様が付きっきりでわたくしの世話をしてくれて、こんなことは一度もなかったからくすぐったい気分だったわ。
お母様は口では「公爵令嬢たるもの~」と言っていたけど、いつもより優しくてわたくしもついつい甘えてしまった。
この日はお父様もお母様もミリーもわたくしにとっても優しくしてくれて、ずっと夢見心地な気分だったわ。
もしかすると、わたくしたちが冤罪で処刑されてしまったから神様が憐んで良い夢を見させてくれているのかしら?
たとえそうであっても悪い気はしないわね。
いつ覚めるか分からないけど、どうせ夢ならここでは失ったものを取り戻すの。死んでから気付いた家族や周りの人たちの思いやりに目一杯の恩返しをしたいと思うわ。それがわたくしなりの贖罪よ。
ただ一つ気になるのは、わたくしは子供の姿なのよね。お父様たちも若々しいし……神様ったらわたくしが一番幸せな頃に時計の針を合わせてくれたのかしら?
――そんな風に考えていたとき、わたくしの前に二度目の厳しい現実が降りかかってきたのだった。
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