断罪された悪役令嬢と断罪した王子は時を巡って運命を変える
あまぞらりゅう
1 悪役令嬢は王太子に嵌められる
――顔をしっかり上げなさい!
ふと、お母様の言葉が頭によぎった。
幼い頃から何度も言われた台詞。
公爵令嬢なのだから、堂々としていなさい。公爵令嬢なのだから、凛とした姿を見せなさい。公爵令嬢なのだから、清く正しく美しくありなさい――……。
わたくしは耳にたこができるくらいに言われたその数々の言葉を心の中で反芻する。
華やかなパーティ会場は今や葬式のように静まり返り、同年代の若い貴族たちの好奇の目がわたくしに向けられた。
侮蔑や嘲笑の声が聞こえる。その重圧に一瞬だけ怯みそうになるが、一呼吸して打ち消す。
そうよ、わたくしは公爵令嬢なのだから顔をしっかり上げるのよ!
たとえ目の前で王太子から理不尽に婚約破棄を宣言されても、その婚約者に嫌らしく腕を絡ませてニヤニヤと笑っている男爵令嬢を前にしても……決して惨めな姿を見せてはいけないわ!
わたくしは今にも泣きそうになるのを唇を噛みしめて我慢する。そして、眼前の二人をきっと睨み付けた。
「聞いているのか、シャーロット!」
「……そんなに大声を出さなくても聞こえておりますわよ」
「私はお前のような傲慢な女とは婚約破棄をして、この心優しいロージー嬢と婚約をする!」と、高々に宣言をして王太子はロージー男爵令嬢の腰を抱いた。「彼女こそ王太子妃に相応しい!」
わたくしは思わず顔をしかめそうになるが、ぐっと堪えた。彼らなんかに公爵令嬢の貴重な涙を見せてはいけないわ。
「……左様でございますか。承知しましたわ。では、わたくしはこれで失礼致します」
わたくしはぴんと背筋を伸ばして、王太子妃教育の集大成を見せつけるかのように、男爵令嬢ごときに真似できないような堂々とした淑女の礼をして踵を返した。
「待つのだ、シャーロット!」
にわかに王太子がわたくしを呼び止めた。
もう話は終わったじゃないか、とわたくしは眉をひそめる。もっとも、周りに悟られないように微かにだが。
「まだなにか?」
「まだなにか、だと? お前は私のロージーに行った数々の悪行をしらばくれるのか?」
「悪行?」
わたくしは首を傾げる。
「そうだっ! お前は学園内で彼女に嫌がらせを度々行い……更には彼女を暗殺しようとした!!」
「なっ……!?」
わたくしは開いた口が塞がらなかった。
嫌がらせに、暗殺ですって?
たしかにロージー・モーガン男爵令嬢の貴族らしくない振る舞いに何度か苦言を呈したことはあるけど、嫌がらせなんてやっていない。
あまつさえ暗殺だなんて! ありえないわ!
「そっ……そのようなことは身に覚えがありませんわ」
「ふんっ、とぼけても無駄だ。既に調べはついている。そして、ヨーク公爵家の不正もな!」
「不正ですって!?」
「とぼけるな! お前たちヨーク公爵家は王太子の婚約者という立場を振りかざして随分いい思いをしたそうだな。それも償ってもらうぞ」
「そんなっ……お父様がそんなことをするはずがないわっ!」
わたくしは総毛立った。話が飛躍しすぎて頭の中は大混乱だ。いくら冷静になろうと試みても、もう両手の震えを押さえることもできなかった。
嘘よっ……誰よりも公爵家という身分に誇りを持っている厳格なお父様が不正なんてするはずがないわ!
「申し開きは牢屋で役人に言うのだな。おい、この女を連れて行――」
「待ってください!!」
そのとき、若い男の声が響いた。
ヘンリー第二王子だ。彼は兄であるエドワード王太子の腕を掴んで必死で訴えかける。
「兄上、これはあまりに横暴なのではありませんか? 一方的すぎます!」
「なんだ、ヘンリー? お前はこの汚らわしい女の肩を持つのか?」
「シャーロット嬢は汚らわしくなんかありません! それに証拠と言ってもモーガン男爵令嬢側の人間が調べただけではありませんか? きちんと公平に精査してください!」
「心の美しいロージーが嘘をつくわけないだろう? お前もこの女に騙されているのか? まぁ、男なら誰にでも身体を赦すような女だからな。お前ごときを手玉に取るのは安易だろう」
「彼女の名誉を傷付けるような発言はやめてくださいっ!!」
ヘンリー第二王子の叫び声が広場じゅうに響き渡り、その迫力に気圧されて辺りはしんと静まり返った。
少しの沈黙のあと王太子はうんざりしたようにため息をついて、
「早くこの女を地下牢へ連れて行け。愚弟は自室にて謹慎させるように」
鍛え抜かれた屈強な騎士たちがわたくしと第二王子を捕らえた。
わたくしはもう何がなんだか分からなくて魂が抜けたように茫然自失となり、彼らにずるずると引きずられながら連行される。
第二王子は必死で抵抗していたが本職の騎士にはかなうはずがなく、喚き声だけが虚しく宙に響いた。
「ならば、せめて……せめて王族用の牢にしてくださいっ! 仮にも兄上の婚約者でしょうっ!?」
「この女とは婚約破棄をした。私とはもう関わりのない女だ」
「そんなっ……!」
あぁ、本当に彼とは終わったんだな……と、わたくしは今更ながらに実感した。
それからのことは実はあまりよく覚えていない。
取調べという名の無慈悲な拷問が続いて、最後のほうはもう感情も残ってなくて人形のようにただただ偽りの罪を肯定するだけだった。
お父様が処刑されたと聞いたのはわたくしの処刑日の前日だった。
その頃は既にすべてがどうでもいいと思っていた。大好きだったお父様の死を耳にしても「はい、そうですか」という無機質な感想しか出なかった。
処刑台の上では憎悪の宿った数多の瞳の記憶しかない。貴族や平民たちの目、目、目……それだけだ。
ただ必死でなにかを叫ぶ第二王子の顔が見えたような気がしたけど、もう分からない。
分からないけど、ありがとう、と自然と声が出た。
それが、わたくしの最期の記憶。
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