第二章 航過:10

 わたしを含め武装行儀見習いのみんなは、クララさんの御指南で日毎粉骨砕身苦学力行だ。

砲撃クラブで大砲や鉄砲を撃ったり。

ラスカットを使ってチャンバラみたいな白兵戦のお稽古をしている。

考えてみるまでも無くそれは人殺しの練習だし立派に戦闘の訓練だ。

弾に当たっても刃物で切られても人は死ぬんだよ?

アキちゃんのごっこ遊びとは次元が違う話だ。

よくよく考えてみるまでもなくね。

 

 こうして死霊みたいになったお姉様方を目の当たりにするまでのこと。

わたしはうかつにも戦争なんて自分とは無関係な遠い世界の椿事としか思っていなかった。

 ディアナだけはこの期に及んでもボッチな御独り様のまんま手すりにかじり付いている。

第七音羽丸に漂うリアルな戦争の残り香になんか気付きもしない。

帆走するリアルなフリゲート艦が目前に迫ってるのだから無理もない。

ディアナは破壊と殺戮の淑女と言う眼福をただひたすらに堪能し続けている。

彼女はある意味大物だった。


 「五年くらい前の話よ。

当時第七音羽丸はまだ現役であたしたちも軍籍にあったわ。

第七音羽丸はピグレット号という艦名で艦隊任務についていたの。

そのことはみんなも知っているよね?

当時だって今と変わらず一応は平時だからね。

海上艦も航空艦ももっぱら兵員の訓練を兼ねた哨戒任務に従事していたわ。

任務の実際は現在の艦隊でも同じでしょうね。

東側との小競り合いはまだそれなりにあったけど了見と意気地のプレゼン程度。

砲撃戦までやらかす人死にが出そうな海戦なんてのはもう過去のことになってた」

クララさんの心はどこか遠くを彷徨っている。

目の焦点が無限遠に合っている。

心ここに在らずってやつだ。

「会敵と同時に戦闘準備。

彼我の距離をつめて近接砲撃の間合いでお互いに罵り合うの。

それが海でも空でもお決まりの作法だったわ。

後部甲板で使ってるでっかいメガホン。

あれはその頃の主砲」

下っ端みんなの顔に大きなクエスチョンマークが浮かんだ。

「それってどういうことですか?」

誰かがハーイ先生と手を上げる。

クララさんが目をパチクリして心が戻ったのが分かる。

「大砲を撃つ代わりに鳴り物で挑発しながらメガホンを使って互いに“バカ”とか“間抜け”とか後は下品な・・・。

ほらよくアキが口走っているアレね。

ああいう類の下品で卑猥な嘲り言葉なんかを並べ立ててね。

まぁ、たとえて言えば悪口雑言を罵声という砲弾に充填して撃ちあっていたわけ」

「お褒めに預かり光栄でありますコマンダン」

アキコさんが掌を正面に向ける古代地球のフランス式敬礼をしながらはにかんだ。


『あんたは砂漠のエトランジェかい。

それにそこは照れるところじゃないだろ!』


地球の昔話に出てくるキャラを思い出い出しながら心の中ですかさずツッコミを入れてみる。

どうやら今のアキコさんはゴッコ遊びで大のお気に入りだった古代のフランス外人部隊兵士に成り切っているみたい。

だけどクララさんはアキコさんを完全にスルーして先を続ける。

「あのときは最初からちょっと様子が違ったわ。

実はねピグレット号は艦長や副長。

その他のコアスタッフや兵員の大半が入れ変わったばかりだったの。

古くからの士官は船匠のミズ・ロッシュだけ。

新しいクルーが操艦する外洋の上空勤務は初めてだったし。

みんな結構いっぱいいっぱいの航空だったのよ」

「エッ、いわゆる慣熟航空ってやつですか。

お姉様方まだウイウイだったんですね」

「アリー!

てめー、今すぐそのこなまいきな口を閉じないなら。

裸にひんむいてヤードから逆さに吊す。

カピタンがお話中なんだ。

すっこんでな!」

アキコさんがコロッとエトランジェ以外の何者かにメタモルする。

その時アキコさんが何に成り切っていたのかはよく分からなかった。

だけどラスカットを喉元に突き付けられたわたしが。

ご指摘のあった生意気な口を速攻で閉じたのは言うまでもないよ?

無表情だったクララさんの顔に少し色が戻る。

フッと苦笑しながら肩の力を抜くのが分かった。

「アリーの言うのとはちょっと違うかもしれないけどね。

マア、気持ちだけは初々しかったかな。

艦長以下士官、准士官、下士官、水兵まで。

ミズ・ロシュを除けば全員がピグレット号に転勤してきて初めての航空だったのよ。

でも不思議と真っさらの新兵は皆無なの。

みんなそれなりのキャリア持ち。

お世辞にも水兵として初々しいなんて言えなかったわ。

それでもピグレット号にはまだ不慣れだったし。

新しい同僚とハンモックを並べて休む仲になったからといってね。

すぐに気心が知れる訳でもないでしょう?」

船にはベッドも畳もお布団もない。

寝るときはハンモックを吊ってもぐりこむのだ。

「不安と緊張はそれなり。

ちょっと落ち着いて周りを見回してみればなぜ?

若手の女子しかいない。

男性の乗り組みが無いのも不思議だった。

副長も甲板長も女子だし。

なんか変な艦だなと思っていたら艦長がガチムチで長身の美形だし」


 ブラウニング船長と初めて会った時にはわたしもちょっと驚いた。

第七音羽丸が村に来る前。

多分ブラウニング船長がまだ軍人だった頃。

彼は一人でケイコばあちゃんを訪ねてきたことがあるのだ。

わたしは彼の態度や物腰を見てすごく育ちの良さそうな人だなと思った。

 古代地球のロイヤルネービーでは海軍士官に貴族が多かったと言うけどね。

わたしはブラウニング船長にそんな貴族の船乗りを妄想したものだ。

わたしは初等学校の生徒だった。

 

 ケイコばあちゃん相手にイケメンマッチョな海の男が淑女みたいに上品な言葉を操るんだよ?

マジ新鮮だった。

わたしはそれまでブラウニング船長ほどきれいな言葉使いができる女の人に会ったことがなかった。

音羽村なんて所詮鄙びた農村ってことね。

 わたしはその頃村で一番上品でオシャレなお姉さんはアキちゃんだと思っていた。

その憧れのアキちゃんですらブラウニング船長と比べれば随分田舎臭く感じたものだ。

とは言っても気品に溢れる船長はケイコばあちゃんの前だけの話。

船の上ではなんだか不良な女の人?

獏連女?

すれっからし?

あばずれ?

ヤンキー?

そんな感じの人になる。

 

 やがて第七音羽丸が村営の隕石スイーパーとして就航した。

ブラウニング船長は帰港する度にケイコばあちゃんに会いに来る様になる。

海外の珍しいお土産を持って来宅する船長をわたしはすぐ大好きになった。

 けれどまさか自分が武装行儀見習いの奉公に出されてさ。

ブラウニング船長に「イエスマム!」なんてかしこまる日が来るだなんて夢にも思わなかったよ。

おまけに彼。

いや彼女が甲板の上ではちっとも上品じゃなかったのにはもっとびっくりだ。

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