第二章 航過:6
「なんかダメンズに引っ掛っかり稼ぐお金は片っ端から持っていかれる。
上手い事言われてポーっとしてれば。
しまいにゃ女衒に売り飛ばされることも分かってる。
破滅は見えてるけれども駄目な彼にあえて騙されて更に貢いじゃう。
そんな切ない年増女の八つ当たりって感じですね」
みんなが黙り込んでいるので『わたしが合いの手を入れなきゃ』と思った。
だけどそれは少し空気の読み過ぎだったかもしれない。
一人語りはつらいものがある。
クララさんはわたしの合いの手で少しは話し易くなったはずだ。
「あんたねぇ、おなじ女としてその例えはないわぁ。
理不尽な上司にへつらう事しかできない木っ端役人が同僚やバイトに八つ当たりしてる。
くらいにしときなさい。
ぶっちゃけ暫定統治機構の酔っ払いがくだをまく酒場なんかでさ。
『お前らだけ楽していい目を見やがって』
なんて、あたしたちが吊るし上げを食ったのならね。
こっちにちょっとは引け目があるからいきなり殴りつけることができないのは確かよ?
先にちょこっと手を出させてその後でボコるしかないわね」
さすが武闘派のクララさん。
見敵必戦の砲術長は血の気が多い。
「だけどさ、そうだからと言って。
この恨み晴らさでおくべきかなんてさ。
戦争をおっぱじめていきなりジェノサイドですか?
女子供まで皆殺しですか?
坊主憎けりゃ袈裟まで憎しと言ったってですよ。
いくらなんでも調子に乗りすぎてやしませんか?
『てめえぶっ殺してやる』
そんなのがスローガンにしたって、あんたら明らかに常軌を逸してますよと」
クララさん、立て板に水の名調子だった。
思わず『高麗屋!』って掛け声が出そうになる。
お株を奪われたアキコさんがポカンと丸く口を開けている。
アキコさん相変わらず白くて綺麗な歯並び。
大向こうのみんなもアキコさんと同じ。
ポカンと口を開いてただコクコク頷いているだけだ。
半径五メートル以内の衆人注目。
インディアナポリス号は艦上で作業をしている人が見えるほど近付いてきたけどね。
主役は甲板という板の上で見得を切るクララさんに交代という感じだよ?
「まあ、そんなこんなで戦争が終わってもさ。
元老院暫定統治機構が支配する東側と都市連合が仕切る西側の間には大きなわだかまりが残っちゃったの。
このわだかまりは世代が何回か代替わりしないととても解けそうにもないわね。
百年ばかり語り継がれれば、それはそれはえぐい昔話になりそうな?
西も東もそんな恨み辛みの記憶が積み重なってしまったからね。
双方共にルサンチマンがミルフィーユよっ!」
ルサンチマンのミルフィーユは甘味の風上におけぬほどまずそうだった。
甘いと言うよりはさぞやしょっぱくて辛くて苦いだろう。
「そもそも、東側と西側には言葉や民族や文化で線引きできる差異なんてまったく無いんだからさ。
たまたま偶然。
大災厄の時にどこで仕事していたかという違いだけでだよ。
王制やら共和制やらの国家をでっち上げるなんて無理スジ通るはずないでしょ?」
ケイコばあちゃんもクララさんと似たようなことを言っていた。
ケイコばあちゃんもその昔は船乗りだったって言うからね。
世界を広く見て回る船乗りの業界には、軍民を通じた業界なりの常識があるんだろうさ。
「ですよねー。
クララさんの仰る通り。
千年近く住むとこが違っちゃっても言葉は同じだし習俗も変わらないし。
何とか王国とか何と共和国なんて何処にもないですもんね。
良く良く考えて見れば大災厄のせいで大陸の西と東で行き来が出来なくなっちゃった。
ってのがまずかったんですよね?」
ヨイショの一言が調子よくわたしの口をつく。
「あんたの言う通り。
大陸のど真ん中に陸路では越えられない山脈や砂漠さえなければね。
そもそも東西の対立なんてありえなかったはずよ。
だけどご先祖様たちが船を知らなかったなんて驚き。
超の付く科学文明が聞いてあきれるわ。
もし最初から船があったのならばそうよ。
数百年間にもわたる東西断絶なんて間抜けなことにはならなかったと思うわ」
クララさんの表情から険しさが消えて少しいつもの感じに戻る。
「船っていう乗り物を再発見して、やっとこさ海に乗り出すまでに何百年もかかっちゃったんですよね。
するってーと、本当の本当は誰のせいでも無かった訳ですよ」
場を和ませよう軽薄かましてポンって掌を拳で打ってみる。
クララさんは『馬鹿かこいつは』って目をしてわたしを見ると脱線した話を元に戻した。
「だけどさ、あたしたちのサイドだって大変だったのは変わらない。
たまたま西側にいたから有難いことに。
食糧については大災厄以前の農業政策の流れで多少は楽してやってこれました。
その程度のことでしょ。
多次元リンクとライブラリーを失って農業プラントは全部駄目になっちゃったのだから。
農作物と言ったってプラントから地面に移せた露地物だけってありさまだったからね。
フルーツブナみたいなメンテフリーな果実の実験林のあった場所なんて数えるくらいよ?
色々と大変だったのはこっちも同じってみんな思ってるからさ。
だからこそ余計にやっかいなんだよ。
この問題は」
どっちもどっちなんだからまったくねと言って、クララさんは何度目かのため息をつく。
「基本。
それぞれが同じくらい自己中な兄弟間のいがみ合いみたいなものだからね。
喧嘩上等やられたらやり返すっていうことで始末が付いちゃう。
兄弟の間に外交なんて概念はおかしいでしょ。
親でも居れば双方に拳骨食らわせて小一時間も説教すればよいのだろうけどさ。
あいにく地球もライブラリーも行方不明か墓の下ってことで役に立たない。
お互い下手に外交問題とか言い出すと後々自分の手を縛ることになるからね。
インディアナポリス号の就役は渡りに船?
捲土重来?
うちの海軍にしてみれば名分さえ立てば、今度はこっちからトツってやる。
なんて気分があったのは確かだわ」
脱線していたお話がやっとこインディアナポリス号を襲撃した話あたりに戻ってきたよ。
「結局、根底はクララさんがおっしゃる通り。
どっちもどっちって言う事ですか」
「まあ、先の大戦についてはね。
先に手を出したのはあっちだしオーバーキルも許し難いけどね。
公平に考えればどっちもどっちと言うのが本当の所じゃないの?
大人の人達に聞かれたら怒られちゃうかもしれないし。
感情的にはあたしもぜんぜん納得できないけどさ」
クララさんは苦々し気に口を歪める。
確かに感情は追いつかない。
ひとりっこのわたしには兄弟うんぬんの例えは今一つピンとこない。
けれど、個人同士の暴力を思い浮かべてみればどうだろう。
抵抗できない弱者を一方的にタコ殴りってのは、わたしだっておいそれとは納得できそうにない。
まあね。
少しは自分にも悪いところがあったかなって思っていてもだよ。
前口上も無しにいきなりぼこぼこにされたらどうよ?
その後例え逆転勝ちできたってすぐに仲直りなんかできやしない。
多分いつかチャンスがあれば十倍返しにしてやるって心密かに誓いを立てちゃうだろう。
「確かに。
村長さん辺りの大人にどっちもどっちなんてこと言ったら半日は説教くらいますね」
クララさん、それそれってわたしに指を振ってみせた。
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