第9話 魔術 ~Aurelis~
ねねが森へやってきて三日目の朝がやって来ました。時刻は午前十時過ぎ、シルイと朝食を食べた後です。
ちなみに今日は和食ではありませんでした。味噌や魚がノスタルジオにはなく、揃えるのが難しいそうです。
「それじゃあ今日こそ、ねねさんにしっかり魔法を教えますね」
お皿の片づけを終えたシルイが、机の上にこの間のクッキーを置いて説明を始めました。シルイにとってクッキーの存在はやはり必要不可欠なようです。
昨日シルイが買ってきたものに加えて、いろいろな見たことがないものを並べていきます。金属製で凝った装飾の施された箱や、大きなクリスタルの塊など様々です。
「今日は簡単な魔法……。そうですね、氷の塊を飛ばす魔法を習得しましょう」
「氷の塊……」
とりあえず復唱したねねに、シルイはにこりとほほ笑みます。そして「見ててください」と一言呟き片手を胸の位置まで持ってきました。
「
シルイが魔術語と思わしき単語を二つ唱えると、手のひら数センチ上に小さな氷の塊が生成されました。直径五センチほどの小さくいびつな氷の塊です。それを浮かべたままきょろきょろとシルイが周囲を確認し、手近な壁へ手のひらを向けます。
「
最後に一言呟くと、小さな氷の塊はシルイの手のひらを離れ高速で壁に向かって飛んでいきました。氷の砕ける音と、壁材にしている木材の破片が少し飛び散り、着弾点からは小さく煙さえ上がっているように見えます。
「これが魔法です。これくらいならすぐできるようになりますからね」
シルイがねねの方へ振り返りにこりとほほ笑みます。ねねは予想外の勢いに少し腰が抜けかけていました。
一度シルイは机に戻り、先ほどの鉄製の箱を持ってきました。
「これは魔力紋に魔法の形を刻み付けるものです。順を追って説明しますね」
ねねの前へ箱を置き、次に鳥の羽を一枚、氷のかけら一つ、そして小さな何かの生き物の骨をその箱の上へ置きました。
ねねは気になって羽や骨をつんつんとつつきます。
「この三つは?」
「カラスの羽、氷のかけら、それと人間の指の骨です」
「ひっ……!?」
人の骨と聞いて、勢いよくねねが机から身を離しました。衝撃でぽろりと骨が地面へ落ち少しねねの方へ転がってくるのでさらに机から距離をとります。
「なんでそんなものあるんですかっ……!?」
「な、なんでって……魔法によく使われるものだからでしょうか……」
日本では実物の人骨を見る機会など滅多にないわけですから、ねねが驚くのも当然です。それに対しシルイは何食わぬ顔できょとんとしています。これがカルチャーショックかと思いつつ、ねねはおびえながら机へと戻っていきました。
「物質は全て魔力の塊で構成されています。例えば羽なら『生き物』の魔力と『飛ぶもの』の魔力、あとは色をつかさどる魔力など様々な要素が組み合わせって出来ているわけです」
骨を拾い上げて机へ戻し、カラスの羽を手のひらで弄びながらシルイが説明します。ねねが今まで日本で教わってきた常識と色々なことが違っていてねねの理解を軽々超えていきます。疑問を追求していけばきりがないので、とりあえず飲み込むことにしました。
「そこから魔術に必要な魔力の形を抽出し、魔力紋にその形を焼き付けて魔術を行使する、ということです。それをするのがこの魔導器具ですね」
ぽんぽんとシルイが鉄の箱を軽くたたくので、ねねは少し顔を寄せて観察してみます。
全てが鉄製なわけではなく、ところどころ大理石や木材のようなものも使われています。表面には宝石がちりばめられ、少し豪華そうな見た目です。側面のうち一面だけに穴が開いていて、大人の手くらいなら入りそうです。ねね的な感想は豪華なプリンターといった感じでした。
「この中に手を入れて魔力紋に魔力の形を焼き付けるんです。魔術は基本『どこから』『何を』『どうするか』の三要素で成り立っていて、今回は氷を生成するために氷、手のひらを指定するために骨、それを飛ばすために羽からそれを用意します」
シルイがどうぞと箱を差し出してくるので、ねねは恐る恐るその中に手をいれます。小さなねねの手ではスカスカに感じられました。
どうすればいいか分からず手を入れたままおろおろしていると、シルイが箱の上へ骨と氷と羽を置きました。そして軽く指で箱をつつくと、箱の上にあった三つが溶けるようにして箱の中に吸収されていきます。氷はともかく、羽や骨が溶けていく様は少し不気味です。
じっとねねが箱の様子を眺めていると、手のひらから腕にかけてじんわりと温かい何かが上がっていくような感覚を覚えました。それはそのまま腕を上がっていくと胸の少し下あたりでとどまって、少しチクチクと刺激を与えてきます。くすぐったい程度ですが、あまり心地よいわけではありません。
「……あの、この後どうしたら」
「これで終わりです。あとはひたすら体を慣らすだけですね」
ねねの胸の違和感も収まったので、ゆっくりと手を引き抜きます。特段手のひらにも何か変化があるわけでもありませんし、何か変化が実感できるようなものは何もありません。
「次は詠唱についての説明をしますね」
箱をどかし、研究紙を一枚机へ広げました。そこに「
「このメヌスというのが手を指定する魔術語、グレコアスというのが氷を表すもの、ヴィレラが飛ばすという意味です。手のひらから、氷を、飛ばすとそういう意味ですね。慣れれば口に出して詠唱する必要はありませんが、最初のうちは詠唱したほうがやりやすいと思います」
口での説明を簡潔にまとめた内容を研究紙にも書いていきます。もちろん英語、もとい五界語で書かれているので少し読みにくいです。
「それから魔術に名前を付けてそれを詠唱する方法もあります。詠唱が簡略化されるメリットがありますが、特定効果の魔法しか使えないデメリットもありますね。せっかくですし名前も付けてみましょうか」
研究紙とペンをねねの方へ向けます。名前を書けとそういうことでしょうか。いきなり言われてもなかなか出てこないもので、ねねは数分紙とにらめっこしていました。
「じゃあ、スニェークにします」
「外の言葉ですね。いい名前だと思います」
結局数分悩んだ末、ねねはそう名前を付けました。ロシア語で雪を意味する言葉です。
「それじゃあ早速使ってみましょう。まずは一つずつ指定して詠唱してみましょうか」
研究紙を見やすいようにシルイが持ち上げます。先ほど書かれた三つの魔術語と、フリガナと思わしき五界語が書かれています。
「ええと……メヌス……」
一言呟くと、胸の奥から先ほど感じた温かい何かが手のひらへ集まっていきます。
「グレコアス……」
くすぐったさを覚えながら次を唱えると、その温かいものが少しずつ手のひらから抜けていく感覚を感じながら、ねねの手のひらの上に小さな氷の球が出来上がっていきます。
「あ、ねねさん。撃つときは壁に向けて……」
「ヴィレラ」
シルイが言い切る前にねねは最後の言葉を口にします。上に向けていた手のひらから高速で氷の球が射出され、天井を突き破ってしまいました。ぱらぱらと木片が落ちてきて、二人そろってゆっくり天井へ目を向けます。しっかりと天井に小さな穴ができていました。
「……その、手のひらからまっすぐ飛んでいくので……」
「ご、ごめんなさい……!」
ぺこぺこと頭を下げて謝るねねに、シルイはくすりと苦笑します。
「私の説明が遅かっただけですから、気にしないでください。次からは壁に撃ってくださいね」
ぽんとシルイに頭を撫でられ、ねねは小さくうなずきます。
「さ、次は名前で詠唱してみましょう。頭の中でさっきの三つとつけた名前を結び付けて詠唱してみてください」
シルイに言われた通り、頭の中でしっかり魔法と名前を紐づけながら手を壁に向けます。紐づけている間にぼんやりと、先ほどと同じ暖かいものを胸の中に感じました。まだ手のひらには集まらず、胸の中で暖かいものはとどまっています。
「スニェーク」
そしてねねがつぶやいた瞬間、急速に暖かいものが手に移動していき、氷の生成、射出をほぼ同時に行いました。先ほどと違いって急激に腕の中を何かが通っていったので、ねねの腕は少ししびれてしまいました。
手から射出された氷の球は壁へぶつかって粉々に砕け散ります。
体の体温が少し下がったような感覚と、ほんのちょっとだけ疲労感のようなものを感じました。
「これが魔術です。やってみたら意外と簡単なものでしょう?」
「は、はい……」
手のしびれを何とかしようと腕を振りながら、ねねはシルイの話を聞きます。
「運動と同じで使えば使うだけ体もなれますから、これからゆっくり練習して強い魔術師を目指しましょうね」
「はい……」
その後、あまり一日のうちに魔法を使いすぎると魔力切れを起こすこと。
何度も同じ魔法を使えば使うほどその魔法の精度が上がること。
そして氷の大きさや射出速度などは込める魔力によって変動することを教わり、その日の魔術勉強は終わりました。
説明も終わり、ねねは魔法の練習をしようと部屋へ戻ろうとします。
「……お部屋で練習してもいいですけど、あんまり壁をぼこぼこにしちゃだめですよ」
「わかりました」
シルイにそうくぎを刺され、ねねは逸る心を抑えてそう返事をしながら部屋へ戻っていきました。
結局その数分後、自室で巨大な氷を射出して部屋の天井に大穴を空け、シルイにちょっと怒られたねねなのでした。
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