第55話 母夫人の手紙(7)

 シリアが街に出て何かしているということは、イルドを使って調べさせていましたので知っていました。

 ですが旦那様はそれに気付いていませんでした。

 旦那様はシリアが皇女殿下と仲が良いことも、施療院のことも何もご存じでなかったのです。

 その上で、皇女殿下に毒を盛るという馬鹿なことをしでかしました。

 そう、それは私が初めて旦那様に感じたことです。

 私にとって旦那様は十三の歳からの夫であり保護者でした。

 逆らうことなど考えたこともありませんでした。

 あのひとの言うことは正しいのだと考えてもいました。

 ですが、シリアへの負い目から調べさせていたことから、だんだん見えてきたことがありました。

 そして旦那様のしていたことは間違っている、と気付きました。

 ただ止める方法は判りませんでした。

 その一方で、いつかは公になってしまうだろう、という予感はありました。

 さてその際に、どうしたらいいだろう。

 私は良くも無い頭で考えました。

 マリア、貴女は私に似ず、とても賢い子です。

 シリアが旦那様の代わりに捕まってから走り回っていたことも知っています。

 マンダリンのところで色んなことを学んでいたことも知っています。

 そして一方で、貴族の子女らしい教育を、あえて最低限にしか与えませんでした。

 読み書き計算はマンダリンのところで貴女は充分習っていました。

 旦那様にはそれをいいことに、私にさせた様な詰め込み淑女教育とやらは向いていないのではないか、と進言しました。

 結婚相手にしても、あの子の美しさと、植物に対する知識や、厨房の皆をとりこにする人好きされる性質に合うところがいい、と進言しました。

 それだけは母親として譲れない、と。

 エリア様とも話しました。

 マリア、貴女は貴族に向いていない。

 貴族の中で生きない方が幸せになれる。

 庶民の中で逞しく生きていく知恵やらはマンダリンが教えてくれた。

 そしてシリアが外の世界とつないでくれた。

 それでは私はどうすればいいのか。


 そう考えていた折の、事件が明白になった件です。


 私は旦那様に愛想が尽きました。

 旦那様はシリアを身代わりに差し出しました。

 実際知識を持ち、毒を精製できる魔女の系譜の持ち主なのです。

 そして庶子であることも彼女の不利な点です。

 ですが。

 このままシリアが処刑されることになったなら、次の「毒の役目」はマリア、貴女に行きかねない。

 私はそう思いました。

 そして問いただしました。

 旦那様は毒の役目の件については言いませんでした。

 ですが、貴女がマンダリンから何やら学んでいたことはご存じでした。

 そして、この事件で縁談の来手が無くなるかも、と鎌を掛けた時のことです。

 旦那様はこう言いました。


「できればあれは私の手元に置いておきたい。お前によく似て美しく育ったしな」


 どういう意味か、と私は問いかけました。

 すると旦那様は直接私の問いには答えず、こう言いました。


「お前も老けたな」


と。

 私はまだぎりぎり二十代です。

 少なくとも、社交界ではまだそう言われる歳ではありません。

 旦那様が送り出した社交界が、それを教えてくれました。

 そして気付きました。

 旦那様が私を求めた歳は、と。

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